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なぜビッグモーター「LINEパワハラ」は常態化してしまったのか?

保険金の不正請求問題に端を発し次々と明らかになるビッグモーター内外の問題。不都合な事実が露見するのを怖れてか、アカウント削除が指示されたLINEには、前副社長からの苛烈なパワハラメッセージが残されていました。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』で、著者の引地達也さんは、LINEを使ったパワハラが常態化した理由について、コミュニケーションツールとして最も重要な「双方向性」が失われたからと指摘。自身が運営に関わる福祉サービスでも多用するツールだからこそ、教訓にしなければならないと伝えています。

生成AI時代だから注意したい社内の「支配」コミュニケーション

コミュニケーションアプリ「LINE」(ライン)は私たちの日常や社会の一部となった。知り合った瞬間からラインの交換、というやりとりもデジタルネイティブの間では抵抗感はないらしい。

仕事上の間柄では、名刺交換で双方の情報交換を済ませてきたが、その上でラインのやりとりすることで、その静かな固定化された交換が動きを伴うコミュニケーションを促し、一歩進んだやりとりを保障することにもなる。お互いの親密性を確認し、ビジネスの発展を目指そうとの「目的」が明確化することはこのコミュニケーションツールの大きな効用だろう。

しかしながら、この2つの要素「進んだやりとり」「目的の明確化」に、横暴な権力が加わった時、この便利なコミュニケーションツールは凶器に変貌する。これは現在、保険金不正請求問題からはじまり多方面で問題化している中古車販売大手「ビッグモーター」の社会コミュニケーションでのラインでの使い方から再認識することになった。

気軽に使えるツールは上司から部下への叱責を異常な表現も厭わないという麻痺状態を招くことも示している。報道によると、「外部に流出した」ラインには経営幹部から現場の管理職に「嘘で誤魔化す、ルール守らない、数字でない」との叱責や、何の前置きもなく「教育教育死刑死刑」と羅列される時もあったという。そのラインには受け取った者が1分以内にお詫びの言葉を返信していた。

上意下達の伝達にこのようなやりとりが日常的に行われていたのであれば、恐怖政治の常態化であり、メッセージを受けた側の心が壊れないかという心配が先走る。

ラインでのコミュニケーションが迅速さという利点を活かしながら、双方向性のやりとりを一方の力で排除してしまうと、硬直化した使い方になる。それに慣れてしまうと魔術のように言いたいことだけを伝え、誰もが聞いたものだと錯覚してしまうことになる。

ラインは秘密性という側面からは脆弱で、結果的に流出してしまったのは、社会のやりとりであるという認識から、私の命令という錯覚に陥ってしまったためだと思われる。仕事上の指示、一緒に働く仲間、という当たり前の認識を持てば、簡易的なラインでのやりとりは限定的になるはずで、メールや口頭での伝達を混ぜ合わせながら、相手を意識した適切なコミュニケーションを行うのが、今のところ人間が集まる組織の基本であろう。

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私が代表として運営している福祉サービス事業所でも現場が数か所にわたって活動しているから、利用者の状況や対応をラインでやりとりするのが、最も対応が迅速になるとの理由で多用している。

これは急性期の患者を受け入れる大規模な精神科病院や行動障がいのある方々への対応をする福祉サービスの現場から学んだことで、情報共有の重要性を認識しながら、その方法を最適化する中で得た知見だった。

神奈川県相模原市の障がい者の入所施設での殺傷事件では、緊急時の対応にSNSが使えたらどのような変化があっただろうか、1人でも救えた命があっただろうかと、と夢想してしまう。

その効果を最大限に考えると、ラインは双方向性を保障していることが最重要であることに気付く。迅速な情報共有がその人を救うことに役立てるものであり、それがコミュニケーションの進化として私たちが学び、活用しなければいけないのであろう。

ビッグモーター問題は独裁的な言葉の使い方に注意すべきだとの教訓も示している。支配や叱責を公開の場で行う「見せしめ」は、権力がマスメディアを操り、それを支配の道具にした悲しい歴史を思い出す。

メディアでの一方的な言説を人々が信じ、虐殺などの異常行動に煽られた事例は少なくない。同時に現代は生成AIが私たちの言葉を学習する時代である。ラインでの「死刑」などという乱暴な言葉は、学習されて生成AIの言語として取り入れられ、私たちの日常に溶け込んで使われていくことになる。

生成AIは私たちの言葉や文化の写し鏡のように完璧に学習していく「頭脳」を持っている。だから、仕事の場面でも常に相手がいることを意識して、丁寧に言葉を考え、発出していきたい。テクノロジーが発展しているからこそ、私たちは考え、伝えなければならないのである。強権的な社内風土が作る言葉がやがては私たちを苦しめてしまわないように。

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image by: Shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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【著者】 引地達也 【月額】 ¥110/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 水曜日 発行予定

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