イスラエル閣僚の「核使用も選択肢」発言に世界中から批判の声があがる中、連日パレスチナのガザ地区からの衝撃的な映像が報道されています。罪のない無辜の市民が犠牲となる惨状に世界の人々が心を痛めていますが、この地に、そして世界の紛争地に安息が訪れる日は来るのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ガザ危機における「調停・仲介の担い手が見つからなくなったという異常な状況」を解説。さらにイスラエルによるガザへの本格的な地上侵攻が行われた場合、世界はどのような状況に陥りうるのかについて考察しています。
第3次世界大戦は不可避か。イスラエルとハマスが火をつけた終わりなき戦争の導火線
【平和とはどのような状態なのか】
25年にわたって様々な立場から紛争の調停に携わってきた身として、いつも問いかけ、尋ねられる質問です。
私なりの解釈は【平和とは紛争がないということではなく、武力によらない手段で紛争を処理すること】です。
元ネタはロナルド・レーガン米大統領の考え方なのですが、様々な紛争を生で見て、実際に関わってくる中で、私自身、もっともしっくりと来て、かつとても大事にしている考え方です。
同様のことを、私は故 緒方貞子国連難民高等弁務官からも問われ、言われました。
「戦争は残念ながら人間が生きている限り、決してなくなることはない。それは私たち人間にはエゴがあり、もっともっとという欲が存在するから。私たちにできるのは、戦争が起きる状況をいかに作らないか、どうしても起きてしまった場合に、いかにして被害を最小限にするかだと考えるの。島田さんのお仕事はそのためにあるのではないでしょうか?」
今でも何度も思い起こしているとても大切にしているモットーであり、教えであり、指針です。
私たちがここ2年ほどで眺めている世界は、武力によって相手の望みを打ち砕き、武力によって自らのエゴを実現しようとする“他人から奪う”メンタリティーに溢れています。
そして「どちらが正しく、どちらが間違っているか」をハッキリさせようとする二分論の世界です。これは相手の考えやニーズ、懸念を全く考慮することなく、自身の面子を守り、重大なミスを覆い隠すために、相手を攻撃することで、自らの立場を正当化する、大変卑怯な手法です。
ミャンマー国軍による民主派勢力の駆逐もそうですし、ロシアによるウクライナ侵攻も同様の側面を持つことは否定できません。
そして今、イスラエルとハマスの間で激化する戦いも同様です。
イスラエルがパレスチナに行ってきた“こと”についてはあえてここで詳説する気はありませんが、70年以上にわたり“ユダヤ人の国をついに建設する”ために、先住者の権利を力によって奪い取り、その後、その人たちの権利や存在を常に脅かしてきました。
そして56年もの間、ガザ地区にパレスチナ人を文字通り“屋根のない監獄に”閉じ込め、人質に取り、物理的・心理的に抑圧を加えてきました。
今回のハマスによる一斉攻撃を受け、イスラエル政府は報復措置に出ますが、その内容は一般市民のライフラインを奪い、病院や学校などのセーフゾーンを襲い、罪なき人々を容赦なく殺害するという、“自衛権の発動”では説明できない、国際人道法の観点からも明確に常軌を逸脱している内容になっています。
歴史的にプロ・イスラエルの欧州各国も、自らが唱え、他国に押し付け続けていた人権重視・擁護の観点から、今回ばかりはもろ手を挙げてイスラエル支持とはいかない状況に陥っています。
ここまでの書きぶりからは、私は強いアンチ・イスラエルのようにお感じになるかと思いますが、私はハマスが選択した手法も手段も全く支持できません。
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鵜呑みにすべきではないハマスが提供する悲劇に満ちた情報
ハマスが10月7日に武力による一斉攻撃に出て、外国人を含む200人強の人質を取るという暴挙は、決して支持しませんし、容認できるものではありませんが、ハマスもまた、パレスチナ人の利益を叫びつつも、同胞を盾にしながら目的を果たそうと躍起になっています。
長年にわたる抑圧がパレスチナの人々に反イスラエル感情を高めさせ、それがハマスの躍進を後押しし、イスラム同胞団(隣国エジプトで一時は政権まで担った)の拡大に繋がったことは否めないですし、本来は対立対象であるハマス(スンニ派)と隣国レバノンのヒズボラ(シーア派)が、イスラエルの破壊を共通目的として手を組み、これまで反イスラエル抗争を起こしてきています。
今、ハマスはイスラエルに立ち向かうこと、そしてガザで起きている惨状をつぶさに伝えることで、最近、パレスチナから関心が遠のきつつあった周辺アラブ国(サウジアラビア王国やUAEなど)の関心を再度高め、アラブ社会における反イスラエル包囲網を再構築すると同時に、世界に散らばるイスラム過激派と称されるグループの蜂起をも連鎖的に起こさせようとしています。
そのような狙い・目的を垣間見る中で感じるのは、ロシア・ウクライナ紛争での双方の情報戦と同じく、ハマスが提供する悲劇に満ちた情報も、100%鵜呑みにはできないし、すべきではないということです。
間違いなく一般市民は命を落とし、生きる術を失い、そして非常に多くの子供たちが無情に殺されているのは確かです。
ただし、これを“だれが行ったのか”については、真相は闇の中に葬られています。
しかし、個人的にはWho did it?を追求する責任の押し付け・非難ゲームに加担する気は毛頭なく、いかに罪なき一般市民を一人でも救うお手伝いができるかに関心があります。
同じような熱意に燃えていたUNの元同僚たちのうち、約60名がこの数週間のうちに命を落としました。UNRWAが提供していた学校や病院への容赦ない爆撃(誰が行ったのかはあえて問いません)、北部から南部へと人々が逃れる助けをしているところを狙われた蛮行は決して許容することはできません。
このような危険に曝され、残念ながら国際機関の職員や“紛争地における人々の最後の希望の砦”として献身的にお仕事される国境なき医師団の皆さんもガザから逃れざるを得ない状況になってしまいました。
これまでいろいろな紛争の現場を経験していますが、初めての状況です。
このような状況下で、ついには調停・仲介の担い手が見つからなくなったという異常な状況が生まれています。
以前、どちらサイドにも話し合いのチャンネルを築くことが出来る国は、エジプトとトルコ、そしてカタールとお話ししたかと思います。
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エジプトは、国際スタッフの退避のためにラファ検問所の門を開けて受け入れ、医療的な対応が必要なパレスチナ人に対する治療を行うことにしましたが、イスラエルとその背後のアメリカ政府とは協議する気はなく、かといって、自国への戦火の拡大を極端に恐れるため、「パレスチナ人、特にガザの市民との連帯」を明言するものの、ハマスへの肩入れも行っていません。
比較的中立的なイメージがまだありますが、エジプト大統領府の顧問や外務省の高官曰く「今、この紛争に直接的に介入するつもりはない。最重要課題はこれが拡大し、地域的な、そして世界的な戦争にならないため、まずはエジプトへの波及を最小限に止めることが大事だ。仲介役を買って出るつもりはないし、今、イスラエル政府は話し合う気がないことが明白だ」と述べ、距離を置く姿勢を崩しません。
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パレスチナ人の殲滅を目論むかのようなイスラエルの攻撃
トルコについては、エルドアン大統領がついにぶちぎれたのか「イスラエルの行動こそが真のジェノサイドだ」と公に非難し、「今のイスラエルと話し合う用意もなければ、イスラエルの行動を支持することもない」と述べ、最初は自ら名乗り出てみた調停役から自ら降りてしまいました(ここでエルドアン大統領の失言が飛び出すのですが、それは内容がきつすぎて報じられていませんし、私もとてもじゃないですが書くことはできません)。
カタールについては、全方位外交を実施することができる稀有な存在で、実際にハマスに取られた人質の解放の調停を行っていますが、範囲が「人質の解放と人道支援の拡大」に限られており、武力紛争の調停に乗り出すことはないと言われています。武力紛争の調停の場合、イスラエルとハマス、そして今回の場合はパレスチナ自治政府(ファタハ)の合意が必要とされますが、ハマスとファタハ側は態度を少し軟化させているものの、イスラエル側がカタールの介入を容認しない姿勢を取っています。
カタールはイスラム社会の中でも珍しくハマスの連絡事務所を国内に抱え、ハマスの政治的なリーダーをドーハに住まわせるなど、ハマスに物言える立場にあり、かつ直接的な調停・協議の場に使いやすいのですが、イスラエル側はカタールに対して「今は地域安定のためにハマスを掃討することに徹するのがイスラエルの使命であり、テロリストと話し合う余地はどこにもない」と伝え、調停を拒否したと聞きました。
通常であれば、これまで国連がその任を担うはずでした。
しかし、現在の国連安全保障理事会の完全なる分裂(disunity)と非難合戦、機能不全を見ていると、その調停役としての役割は担えないことは明白です。
日々増え続けるガザ市民の死者数を前に、緒方貞子国連難民高等弁務官の後輩であるグランディ国連難民高等弁務官は国連安全保障理事会の機能不全を非難し、
「あなた方15か国が下す決定、そして下すことを拒んだ結果は、今の世界のみならず、これから訪れる何世代もの人類に対して決定的な結果を与えることになる。
(The choices that the 15 of you make-or fail to make- will mark us all; and for generations to come.)
あなたがた理事国は目に余る武力行使や、理事会の分裂(disunity)、そして惨状を完全に無視することで、この歴史的に非常に複雑な戦争のジグソーを完成させるおつもりか?
(Will you continue to allow this jigsaw of war to be completed by aggressive acts, by your disunity, or by sheer neglect?)
それとも勇敢に世界を深淵から救い出すために必要な行動をリードするのか?
(Or will you take the courageous and necessary steps back from the abyss?)」
と15か国の理事国と、当事者たるイスラエル政府とパレスチナ自治政府の代表に問いを突き付けました。
この発言は、イスラエル・ハマス問題だけに留まらず、ミャンマー、スーダン、アフガニスタン、シリア、ウクライナ…など世界ですでに1億1,400万人規模にまで膨らんだ難民・国内避難民の窮状全体を指したものですが、発言の中に何度も出てくるように、ガザでの悲劇的状況を受けて、世界に突き付けた問いであると解釈します。
この発言に対してどのような反応があったのか、それともなかったのかは中にいないと分からないのですが、ご存じの通り、これまでのところ、悲劇を止める術は国連安全保障理事会からは出されていません。
多くの元同僚やアラブ諸国の政府の友人などと話していると、今回のイスラエルの入れ込みようは尋常ではなく、子供にまで容赦なく攻撃を加えて殺害する様は“ガザからパレスチナ人を永遠に追い出す”というレベルにとどまらず、もしかしたら、“パレスチナ人を根絶やしにするところ”まで行きかねない状況に映るようです。
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アラブ諸国で着々と進む対イスラエル戦争の準備
アラブ諸国はイスラエルとハマスに自制を呼びかけ、これ以上の被害の拡大と戦争の拡大を防ぐために水面下でコンタクトしているとのことですが、イスラエルがそのような声に耳を貸さず、本格的にガザに地上侵攻した場合には、アラブ全体の連帯を示し、イスラエルに対する戦いも辞さないというレベルにまで、すでに準備が進められているようです。
今日からまたアメリカのブリンケン国務長官がイスラエルと中東を訪れる予定のようですが、アメリカ政府もアラブ諸国において高まる反イスラエル機運と戦争への介入・参戦の兆しを非常に懸念しており、何とか思いとどまるように要請するのが目的と聞きました。
仮にこの戦火が周辺諸国まで拡大し、そこにヒズボラ、イスラム同胞団、そしてイラン革命防衛隊などが参戦する事態になった場合、アメリカは自国の安全保障戦略を根本から見直し、再びアメリカ軍のプレゼンスとコミットメントを中東で高めざるを得ないという底なし沼に引きずり込まれかねない恐れがあります。
頑なにイスラエル支援・支持を貫くアメリカ相手に、中東諸国はこれまでにないほど反感を抱き、アメリカ軍のプレゼンスを許さない状況に発展することになると、もう手の施しようのない状況が待っていることになるでしょう。
拡大の一途を辿る悲劇の連鎖を横目に、喜ぶ人物がいるとしたら、それはロシアのプーチン大統領でしょう。
長年の盟友であったネタニエフ首相を切り、世界の目が中東に集中する間に、一気に対ウクライナ戦に決着をつける動きに出やすくなる環境を作ることになっているとも思われます。
実際にそのような計画があったのかどうかは知る術がありませんが、実際にはウクライナの反転攻勢は停滞し、次第にロシア軍に押し返されているという情報が入ってきています。
欧米から供給された最新鋭の戦車や弾道ミサイルも次第にロシアに“対応”され始めており、武器・兵士の量で圧倒するロシアに次第に有利な状況を作り出していると見ています。
ロシア軍はまだ最新鋭の戦闘機もミサイルも使っていませんし、主を失ったワグネルの戦闘員もチェチェンの戦闘員と共に前線でウクライナの攻略に当たる状況は変わらないどころか、強化されており、態勢の立て直しがすすめられているようです。
ウクライナにとって楽観的なニュースも多い中、様々な分析を見てみると、早ければ年末にはウクライナの兵器のキャパシティーはほぼゼロに陥り、長い冬に入ると、ロシアによるミサイル攻撃の集中砲火が行われた場合に対応する手段を持たないという状況になる可能性が指摘できます。
アメリカに比べ、地続きの欧州各国による支援を期待するところですが、ドイツのショルツ首相はすでに向こう見ずな対ウクライナ支援を非難されているうえ、最近、ドイツが誇るレオパルト2戦車がロシア軍に破壊される事例が報じられるにつれ、レオパルト2の信頼性に傷がつきかねないことへの懸念から、これ以上の支援は控えるべきとの声が国内で高まっていることに、かなり苛立っているため、あまり期待ができません。
フランスや英国は、ウクライナを扱うニュースが格段に減り、それを反映するかのように支援も停止または停滞しています。特に英国ではイスラエル問題への政治的なシフトが行われているようで、ウクライナ支援がストップする状況にあるという情報もあります。
アメリカは、バイデン大統領は「イスラエルとウクライナの2面支援は可能」と強気な発言を繰り返しますが、実情は、対ウクライナ支援の増額どころか、継続も議会で承認される見込みは低いとされ、このままだとイスラエル支援に引っ張られる形でウクライナ支援が尻すぼみする状況は避けられない状況です。
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世界が経験する大混乱と終わりなき戦争への突入
ウクライナは国内での武器製造を急いでいるようですが、ロシアからの本格的な攻撃に対抗するまでに間に合うことはあまり期待できないと思われるため、このままであれば、絶望的な状況に陥り、これがコーカサス地方・ユーラシア大陸のパワーバランスを一気に変えかねないドミノ現象が起きる可能性が出てきます。そしてここでもまた新しい紛争が始まるかもしれません(そう、アゼルバイジャンがアルメニアに本格的に侵攻する可能性です)。
現在、ロシア・ウクライナ戦争、ミャンマーの内戦、アフガニスタンの内戦、イエメンやスーダンの内戦、そしてあまり報じられないがnever endingなトルコとクルドの戦い、そしてイスラエルとハマスの戦いがon goingとされていますが、それらの紛争(多国間・multi-parties)・戦争(2国間)が互いに呼応し、そこにくすぶり始めている紛争の種に着火して、一気に戦火が世界に広がる可能性が高まります。
イスラエルがガザに本格的に地上侵攻するか否かが一つのターニングポイントになりそうですが、イスラエルがそのラインを越えてしまった日には、世界は越えてはならない一線(Point of No Return)を踏み越え、私たちが想像できないほどの混乱の世界と終わりなき戦争に突入することになるかもしれません。
その準備がすでに至る所でスタートしています…。
以上、今週の国際情勢の裏側でした。
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