MAG2 NEWS MENU

些細な理由。大炎上した「スープストックトーキョー」の火が難なく“鎮火”した訳

今年4月、離乳食無料提供サービスのアナウンスが大炎上を呼んだスープストックトーキョー。しかし程なくして、ごくあっさりと鎮火に至ります。なぜこの炎上騒動は長引くことなく収まったのでしょうか。その理由を探るのは、マーケティング&ブランディングコンサルタントとして活躍する橋本之克さん。橋本さんは今回、行動経済学の観点から「炎上鎮火の原因」を考察しています。

プロフィール:橋本之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディング ディレクター 兼 昭和女子大学 現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店勤務などを経て2019年に独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。

大炎上スープストックトーキョーがうまく消火できた理由

スープストックトーキョーの炎上騒ぎ

「スープストックトーキョー」が、日経クロストレンド「マーケター・オブ・ザ・イヤー」大賞を受賞しました。2023年4月に起きた炎上騒動への対応が評価されてのものです。同社は当時、一部店舗で実施していた「離乳食無料提供サービス」の全店拡大を告知しました。すると子連れを快く思わない人からの意見がSNSにあふれたのです。スープストックトーキョーは1週間の沈黙後、「『世の中の体温をあげる』という企業理念に基づいてサービスを拡大する」という声明を発しました。その結果、この騒動は速やかに収束したのです。

炎上が鎮まった理由は、企業の対応や姿勢であったとされています。しかし対処療法的な対応が功を奏したと単純に考えて良いのでしょうか?鎮火の理由は顧客の深層心理を分析することで見えてくると思われます。

炎上と火消しのプロセス

通常、炎上は「ノイジー・マイノリティ」が発端です。少数の人々が不満を抱いた対象に対して、情報発信や発言を積極的に行います。それを見た多くの人々が「いいね」をする、知人に共有する、などにより拡散し炎上に至るのです。今回の件では、スープストックトーキョーに子供連れ客が増えることを嫌う既存顧客が不満を抱きました。便利な場所にあって一人でのんびりできるオアシスを失いたくないと思ったのでしょう。

しかし、スープストックトーキョーの新サービスは「子供を抱えて落ちつける場所を探す、行き場の無い若いママたちの救済」と考えることもできます。だから「ノイジー・マイノリティ」以外は、正面切って反対意見を述べなかったのではないでしょうか。子連れママの来店も理解できるのです。その一方で自分のオアシスを守りたいという気持ちもあります。そんな葛藤の中で行った「いいね」や「共有」などのささやかな行為が、結果的に炎上を後押しする結果になったのでしょう。

鎮火の原因は何か?

しかしある時から「離乳食無料提供サービス」に反対するSNS上の広がりが減少し、炎上は収まりました。それはなぜでしょう?

ひとつには、スープストックトーキョーの「世の中の体温を上げる」という企業理念に消費者が賛同したとする見方があります。この他に、過去にベジタリアン対応やハラル商品開発など、マイノリティのサポートで社会に貢献してきた経緯が影響したのだ、という主張もありました。

しかしこれらが、店内が騒がしくなり、居心地が悪くなるかもしれないと考える顧客を納得させる、十分な理由にはならないでしょう。せいぜい「この企業は自社利益のみを考えているのではないらしい」と考え、「あきらめて、様子を見よう」「とりあえず離乳食反対の書き込みに『いいね』するのはやめよう」と思う程度のことだったのではないでしょうか。しかしながら、「この程度」の「微妙な判断」が、炎上を鎮火したのではないかと私は考えます。

ささいな判断を左右する「理由に基づく選択」

行動経済学では「理由に基づく選択(Reason-based choice.)」が、人の判断に影響することが明らかにされています。これは、判断の際に「根拠となるシンプルな理由やストーリーがあれば、それが確固たるものでなく、場合によっては矛盾があっても気にならない」というものです。

行動経済学者のエルダー・シャフィールは、この心理を実験対象者への質問で証明しました。まず「離婚を控えた二人の親が、子供の親権を争っている」と仮定します。親の1人は年収、仕事する時間、子供との関係の強さ、健康状態など全てにおいて「平均的な親」です。もう1人は、収入は平均以上、子どもと緊密な関係を望んでいますが、仕事で出張が多く不在がちで、健康上の問題も少しある「特徴的な親」とします。

実験対象者を二つに分けて、一方に「二人のどちらに親権を与えるべきか」質問しました。すると後者を選ぶ率が高いという結果でした。もう一方には「二人のどちらには親権を与えるべきではないか」と逆の質問をします。すると、こちらも後者が高かったのです。

どちらの質問に対しても「特徴的な親」が適すると考えたわけです。こう答えた理由は、「特徴的な親」の方が、そちらを「選ぶ理由」を明確にしやすかったためと分析されています。

例えば親権を与える理由では「収入があれば、不在の間にシッターを雇うなど問題は無いので親権を与えて良い」と回答できます。与えない理由ならば「収入が高くても、長く子供と接することができないならば親権を与えるべきでない」と答えられます。

いずれにしても、人は「理由と呼べる何か」がある方を自分の判断としがちなのです。

「理由に基づく選択」が鎮火につながった?

炎上への加担は非常に容易で、「いいね」のワンクリック、「共有する」ボタンを押すなど、1秒もかかりません。こうした行為をするかどうかは、ほんのささいな心の動きで決まります。炎上が収まったのは「ノイジー・マイノリティ」以外の多くが、とりあえず加担をやめたためでしょう。

では、それはなぜでしょう?

彼らが、今ひとつ分かりにくい「世の中の体温を上げる」という言葉を、しっかりと理解したためでしょうか?あるいは、企業によるマイノリティの支援に強く共感したためでしょうか?

いや、一般の消費者はそこまで一企業について知ろうとは思わないものです。炎上の後押しをやめた理由は、この会社は何やら良いことをするらしいといった程度の緩い認識だったと考えられます。ささいな理由が炎上への加担をやめさせたわけです。これは「理由に基づく選択」の心理が働いた結果と言えるでしょう。

炎上を防ぐために必要な人間心理の理解

行動経済学は、人間が必ずしも論理的でなく合理的でもないことを証明しています。人間の判断には、不合理なものが多く含まれます。

「スープストックトーキョー」の理念や姿勢が炎上を抑えたとするのは、企業にとっての理想的な見方であって、鎮火理由としては不十分です。ただし「離乳食無料提供サービス」の背景を示すこと、自社利益のみを考えているわけではないと感じさせるのは、とても重要なことでした。その内容が「しっかりと理解されなくても」です。緩くてもなにか「理由」になりさえすれば良かったのです。

多くの企業が理念や姿勢を示します。それはもちろん重要なことです。ただし、それだけで炎上を抑えることができると考えるのは楽観的です。ささいなことで揺れ動く、人間の判断や深層心理を理解しておくことが重要なのでしょう。

引用:9割の買い物は不要である 行動経済学でわかる「得する人・損する人」
橋本之克秀 著/秀和システム

プロフィール:橋本之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディング ディレクター 兼 昭和女子大学 現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店勤務などを経て2019年に独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。

image by : yu_photo / Shutterstock.com

橋本之克

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け