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現役教師が能登半島地震で改めて気づく。現代に「忍耐」が必要な理由とは何か?

すぐに返事が返ってくる、すぐに注文したものが届く…それが当たり前になってしまった時代だからこそ、育てなければいけない能力が存在します。メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』の著者で現役小学校教師の松尾英明さんは今回、「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼ばれるその能力について語っています。

「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」を発揮する

能登半島地震の影響で、ずっと不安定な情勢が続いている。こういう時、何をどうしていいかわからない。現地に行っても邪魔になるだけと報道されている以上、我々一般人にとっては義援金ぐらいしかできることがない。東日本大震災の時もそうだったが、記事を一つ書くにも、妙に気後れしたり余計なことを考えてしまったりする。

どうにもできない状況に対し、耐え忍ぶ力がある。「ネガティブ・ケイパビリティ」という。

以前から聞いたことはあったが、次の書籍に詳しく書いてあったので読んでみた。

ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』帚木蓬生 著 朝日新聞出版

「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉は、イギリスの詩人ジョン・キーツの造語だという。(このキーツという詩人の人生自体、生涯を通してなかなか厳しいものだったようである。)日本語訳は確定していないが、この本には次のような言葉で説明がある。

「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」

あるいは

「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」

この定義に沿って考えれば、非常事態に限らず、人生そのものに必要な能力である。

あの地震が起きる前の元旦の朝、テレビでの正月番組は観ずに、たまたま次の映画を観ていた。(除夜の鐘を待たずに寝てしまうので、いつも通りの早起きなのである。)

ラーゲリより愛を込めて

ミセスの「Soranji」が主題歌の映画といえばわかる人がいるかもしれない。(ちなみに映画を観ると、この曲名と歌詞の意味がわかるという構造である。)

この映画における主人公をはじめすべての登場人物たちが発揮しているのが、まさにこのネガティブ・ケイパビリティである。捕虜収容所というどうしようもない絶望的状況であっても、生きることを選択する力。帰ってくるか、生きているかもわからない家族を、ただただ信じて待って生きる力。

そう考えると、このネガティブ・ケイパビリティとは、生命力そのものである。解決策が見えないままでも、絶望の中でも、見えない希望を拾い上げて生きていく力である。学校や教育の場面で多く見られる「早く」「速く」や「正解」「解決」とは真逆にある概念である。

学校教育は、生きる力を育む場である。しかしながら現実は、素早く正解を出す力が重宝され、重視されている。行き先に受験がある以上、止むを得ないことだが、本当の意味での生きていく力は、これとは真逆である。

混迷の時こそ、教育が大切である。生きる力を育むなら、逆もまた考えていけばよいのではないか。

能率よく、素早く正解に辿り着く能力。これらは、制限時間のある受験という世界で間違いなく必須の能力である。学校教育から受験がなくならない以上、ここを無視する訳にはいかないのが現実である。しかしこれと並行して、生きる力を育むこともできる。

素早く問題を解く力をつける訓練は、間違いなく必要であり、これを疑う余地はない。読み聞かせによる下地づくりにはじまり、素読や追い読み、正しく読む訓練も必要である。ただそれと同時に、じっくり待つことや、今は正解やゴールに辿り着かない、わからない状況も、認めていく姿勢が大切である。

発達には個人差があり、特に低学年の時期はそのバラつきが大きい。(幼児期は、生まれの1カ月の違い自体も割合的に大きい。)子どもができないと親は焦り教師も焦り、できないことを責めたくもなってしまうかもしれない。しかしながら、がんばってもどうにもならないという状況は往々にしてある。「そういうもんだ」と思って、見守り、じっくり待つことが大切である。

その時は、文字通り「忍耐」である。本人はもちろん、関わる大人にとっても、そうである。しかし、人生にはすぐに結果が出ないこと、どうしたらいいのかわからず答えがないものだらけである。そういうものを認めていく姿勢こそ、現在の教育に最も必要である。ネガティブ・ケイパビリティである。

親にもそれを伝える。あまり芳しくない出来や不適切な行動に対し、無責任に「大丈夫、できてますよ」とは言わない。それはその場しのぎの誤魔化し、嘘になる。

そうではなく「今はこれができていない」「しかし将来的にこういう見通し、可能性がある」ということを伝える。必要であれば、個別の支援や特別支援が必要なこともきちんと伝え、言いっぱなしではなく、そのための具体的道筋まで示す。誠実とはそういうことである。大切な相手に対してその場しのぎのお世辞やサービスでお茶を濁すのは、偽物の親切であり、背信行為である。

そもそも、単に同年齢の集団という乱暴な括りだけで、能力や発達が全くバラバラなのである。それができてなくても、いつかできるようになると信じる。とりあえずのOKを出す。今一緒にいて、不都合がなければいい。本人がそれを意地でも克服したかったら、それに付き合えばいい。どうせ好きなことには熱中するのだから、そこは放っておいてもそうなる。

焦らず、急がず、その状況に耐える。便利で速いサービスが当たり前になった現代にこそ、必要な教育であり、心構えである。

image by: Shutterstock.com

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【著者】 松尾英明 【発行周期】 2日に1回ずつ発行します。

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