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プーチンは戦争が続く限り権力を維持できる「核兵器」を本当に使うのか?独裁者に見当たらぬ停戦の理由

6月5日に行われた海外メディアとの対話では核兵器使用をほのめかし、翌週には軍による戦術核兵器訓練を拡大したとされるプーチン大統領。「核攻撃も辞さず」という姿勢をますます強めるロシアですが、ウクライナ戦争を停戦に導く手立てはないのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ロシアとウクライナ両国において「戦争を止めるトリガーとなりうるもの」について考察。その上で、停戦の実現自体が可能か否かを分析しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:終わらない戦争と広がる絶望-失われた欧米主導の国際秩序と中ロ・グローバルサウスの躍進

停戦の“トリガー”はあるのか。もはや世界に届かないゼレンスキーの声

「一生懸命に、あの手この手を尽くして仲介にあたっているが、もう万策尽きたかもしれない。今回の提案がまたどちらかから拒絶されたら、真剣に仲介の任を降りることを考えないといけない」

エジプトとカタールの担当官が心の内を吐露した内容です。その上で「ところであなたがこの案件の仲介を引き受けるなら、どうする?」と尋ねられました。

私からの回答は

「何ら依頼を受けていないので、これから言うことはあくまでも得ている情報と分析内容に基づいた話になるが、最初にイスラエル政府とハマスを当事者として同列に置き、外野からいろいろと言ってくる存在を調停のプロセスから一旦外す。本来ならそこで国連を中立な第3者として関与させるが、本件ではイスラエルがそれを拒むため、調停プロセスから国連も外さないといけないだろう。カタール政府とエジプト政府は、双方が拒まない限りは調停の輪に入れておき、back channelとして活躍してもらうようにするのが適切だと考える」

「アメリカやEU、その他の国々、そして国連については、ガザの復興が具体的に机上に上る段階になって支援国・組織として話し合いに加わってもらうべきだろう。その復興支援会議の音頭をエジプトとカタールが取るべきだと考える。または、復興支援会議の回しが上手な日本政府に頑張ってもらうのもいいかもしれない」

「何よりも今は、特殊事情のため、アメリカをはじめとするバックテーブルがあれこれ口を出しすぎるし、鮮明にサイドを取っている(中立ではない)ことから、仲介・調停のプロセスの害になっている。まずはその排除から始めるだろう」

という内容になりました。

賛否両論あるかもしれませんが、現時点では私はこのように見ています。

ではロシアとウクライナの戦争についてはどうでしょうか?

同じく延々と戦いが続き、戦況は膠着状態にありますが、もし解決のための障壁を一気に壊し、停戦に導くためのブレークスルーが起こるとしたら、何がトリガー(きっかけ)になるでしょうか?

まずウクライナ側から見てみたいと思います。

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冷めきってしまったゼレンスキー大統領への熱狂

大事なのは【ゼレンスキー大統領の立ち位置と役割をどうするか】です。

これまでの2年ちょっと、ゼレンスキー大統領はロシアによる不条理に対して真っ向から戦うウクライナ抵抗の顔という役割を演じてきたと言えます。

ロシアによる侵攻直後は、ウクライナへのシンパシーとロシアの行動を許すべきではないという声と心理のおかげで英雄のように扱われてきましたが、戦争が膠着状態に入り、かつ国内での汚職問題がクローズアップされ、かつ政府内の権力争いが表面化してくると、国際的な後押しとゼレンスキー大統領への熱狂は冷めたといえます。

そこにイスラエルとハマスの戦いが始まり、国際的な関心はどちらかというと、中東のこれからに向かうようになったのは、ウクライナとゼレンスキー大統領にとっては不幸だったと言わざるを得ないでしょう。

国際的な関心の低下と厭戦気分、そして支援疲れに加えて欧米諸国内の国内問題が噴出し、対ウクライナ支援は遅延し、かつ縮小される流れになってしまいました。

しかし、ゼレンスキー大統領の役割と露出は変わるどころか増え、戦時大統領が交戦中の自国をこんなに留守にしていいのか?という疑問が出るほど、世界各国を回り、支援の拡大と継続、そして迅速な実施を訴えかけてきました(今はイタリアのプーリアにきてG7サミットにお邪魔するようです)。

その影で腹心として飛び回り、ウクライナの外交をリードしていたクレバ外相の露出が減少しており、ゼレンスキー大統領が出ずっぱりの役者のように孤軍奮闘しているイメージがどんどん強くなっているのがこのところの状況です(あくまでも私の印象です)。

しかし、以前のような熱狂はゼレンスキー大統領には与えられず、先週号でも触れたように、アジア太平洋では場違い感満載なイメージを与えてしまい、しらけムードを拡大したように思われます。

【関連】プーチンが密かに狙う「ウクライナに親ロシア政権を誕生させたら終戦」という最悪シナリオ

その背景には【5月末で国民から負託された大統領としての信認と任期は終了しており、彼のパフォーマンスは国民の正当な審判を受けていない】という批判と懸念が存在します。

戦時中ゆえに非常事態宣言によって大統領選挙が無期延期されていますが、それはゼレンスキー大統領から一方的に国民に通告されたものであり、国民から要請されたものではないというのが、ロシア政府による皮肉は横に置いておくとしても、欧米諸国とその仲間たちを除く大多数の国々の認識のようです。

シャングリラ・ダイアローグ中の“ある首脳・閣僚”の発言では「彼はどのような法的基盤と権限に則って大統領として振舞っているのか」という疑問が呈されたのは、多くの国が抱くunspokenな問いのようです。

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軍との軋轢が広がっているという危険な情報も

ではどうすればいいのでしょうか?

1つ目は【戦時中で大変とはいえ、これだけ世界行脚をする時間があるなら、一度、ゼレンスキー大統領自ら国民に“自分がこのままウクライナの大統領に留まり、戦争を指揮していいのか”と尋ねる】という選択肢です。

本来ならば5月末までにきちんと選挙を行って、国民の信を問うべきところですが、戦時中という特殊事情に鑑みるとそれは無理だと考えます。

しかし、自身の国内外での統治のlegitimacy(正統性)を確認するために、そのような問いを国民に投げかけることはできるはずです。

ウクライナはICTも進んでいると言われていますので、何らかのオンラインプラットフォームを構築して、そのようなコミュニケーションを実施することは可能なのではないかと考えます。まあ私はその専門家ではないので詳しいことは分かりませんが。

2つ目は【世界行脚を再びクレバ外相に任せ、自身は国内に残り、Commander in Chiefとして対ロ抗戦を取り仕切ることでリーダーとしての矜持を示す】という選択肢でしょう。

皆さんもお気づきかと思いますが、ゼレンスキー大統領がオンラインで世界に語り掛けている時の方が、彼の声は他国に届いていたように思います。

戦況が思わしくなくなり、藁にも縋るつもりで飛び回っていろいろな対ロ策を練り、NATO加盟やEU加盟の追求、中国への働きかけ、グローバルサウスへの訴えかけの実施やG7首脳会議への押しかけなどを試してみるものの、正直うまくいっていないように感じます。

国民からも人気があり、現場の指揮を一人で執ってきたザルジーニ前統合参謀本部議長を駐英大使に押しやり、旧ソ連型オールドスクールのシルスキー氏を後任に充てていますが、それからの戦果は乏しいだけでなく、軍との軋轢が広がっているという危険な情報も寄せられています。

ウクライナ国内での対ゼレンスキー不満分子が拡大しているという状況に直面していると言われている中、急に亡命をするのでない限りは、キーウにしっかりと留まり、軍最高司令官としての役割を直接担うべきではないかと考えます。

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多くの国の支援を退かせるウクライナの前のめりな姿勢

3つ目は、これまでの話にも通じますが、【なんでも自分でしようとしないこと】です。

6月15日から16日にかけて、スイス・ビュルゲンシュトックでウクライナ平和サミットが開催されますが、主催国はスイスであるにもかかわらず、ウクライナ政府が取り仕切る姿勢を示し、スイス議会からも批判を浴びているようで、開催前から雲行きが怪しいとの情報があります。

1月に行われたゼレンスキー大統領のスイス訪問時に、スイス政府主催で開催することに合意されていましたが、招待国のリストや招待状の内容、会議の在り方などにもウクライナ政府が悉く口を出し、スイスの面目を潰しているという非難もあります。

特にスイス政府が「平和会議を行うのであれば、ロシアも中国も参加するようにアレンジする必要がある」と方針を示したにもかかわらず、「ロシアが来ることは許さない」とウクライナ側が強く主張し、ロシアには招待状さえも出されず、それを受けて中国も欠席する旨伝え、BRICSの国々はインドを除いてすべて欠席することを表明し、さらにはグローバルサウスの国々もことごとく欠席する模様という状況に、当該会議のlegitimacy(正統性)が問われる始末になっています。

代わりに7月に中国主催でウクライナ問題を含む広範な国際情勢への対応を話し合う会合が開催される予定ですが、こちらにはすでに100カ国を超える国々が参加を表明していますが、invitationはすべての国連加盟国に送付されていることから、グローバルサウスの国々はこちらになびく模様です。

今週末に開催の平和会議はぜひ主催国であるスイス政府にそのハンドリングを任せ、ウクライナはconcerned party(当事国)として参加して、ロシアによる侵攻の不条理さとウクライナ国民の困窮している現状を訴え、一刻も早く停戦を実現し、かつ恒久的な不可侵のための国際枠組み作りを提唱することに徹することが得策かと考えます。

ただ、スイス政府によると、すでにウクライナ関係者の会議への参加登録は150名に上っており、「サミット、つまり首脳級の会合であるのに、なぜ150名も参加しないといけないのか」と疑問を呈しているようです。

できればスイス政府に花を持たせ、主催国として合意をまとめるという責任を全うしてもらい、ウクライナとしてはそれに全面的に協力するというような立場を取ったほうがいいように思うのですが、そうはいかないようですね。

このウクライナの非常に前のめりな姿勢と、Proウクライナでないコメントに異常なまでに食いつく姿勢は、実際には多くの国々の支援を退かせる方向に向いていることに気づいていないように思われます。

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プーチン大統領サイドに見当たらない“やめる”トリガー

ロシア側については、正直“やめる”トリガーは見当たりません。プーチン大統領にとっては、戦争を続けることによって自身の権力基盤を固めることが出来ると考えられるからです。

当初3日間もあれば全ウクライナを制圧し、ゼレンスキー大統領を追放したうえで、親ロシアのウクライナを築き、同時にNATOをはじめとする欧米諸国の影響力を削ぐことが出来ると言われて侵攻に踏み切った(侵攻させられた)はずが、ふたを開ければ2年以上泥沼化した戦争に自らを引きずり込み、数万人単位で兵士を犠牲にしているにもかかわらず、目に見える成果が得られていないのは現実です。

戦争が何らかの形で停戦に持ち込まれた暁には、確実にこの責任を国民から問われることになるため、絶対的に優位な成果を引き出すまでは戦争を止めることが出来ないというように解釈できます。

最近モスクワに赴いていないので真偽のほどは分かりませんが、欧米諸国とその仲間たちによる対ロシア包囲網(経済制裁)にも関わらず、国民生活は通常を保っており、一切困窮していないという認識が多方面から提供されていますが、いくら“堪えることに慣れている”と言われるロシア国民でも、今後、戦争が長期化し、ロシア経済のボロが目立ち始めるようになると、「ちゃんと働いて食べることが出来ているから大丈夫」というラインが崩れ、日常生活への心配が拡大し始めると、プーチン王国の支持基盤が脆く崩れることに繋がりかねません。

戦争を止めるトリガーがあるとすれば、それはどのような形であったにせよ、プーチン大統領の御代の終焉を意味しますが、プーチン大統領としては自身が亡くなるなどの不可抗力でもない限り、それを許さないはずです。

実は「戦争が続く限り、自身の御代は続く」というジレンマはゼレンスキー大統領にも当てはまりますので、皮肉なようですが、プーチン大統領もゼレンスキー大統領も恐らくこの戦争を【自身の政治生命と統治の延命策】と見ているかもしれません(あくまでも私の妄想ですが)。

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停戦仲介の任に適している「3つの国」の名

もしそうであれば、冒頭のカタールとエジプトの交渉担当者からの問いをロシア・ウクライナバージョンにして答えるとすると

「停戦の成否はロシア・ウクライナ双方にその気が本当にあるかどうかにかかっていると考える。もし双方ともに意図することは違っても答えがYESならば、初めてフラットな状況で停戦に向けた協議をスタートできると考える」

「ここで大事なのは、ウクライナ側の主張を後押しすべく、欧米諸国が強い意志を示して、ウクライナの復興にコミットする姿勢と、ロシアが再度ウクライナに侵攻したり、周辺国に侵攻したりするような事態にどのような対応を取るのかを明示することでしょう。これまでの対応を見ている限り、欧米諸国は全般的にロシアとの直接的な交戦を極度に恐れ、ウクライナにフルコミットすることを躊躇しているように感じるため、本気で停戦を後押しし、ロシアの脅威を封じ込めたいなら、迅速かつ厳格な対応策を明示することが必要でしょう」

「その上で、ロシアの話をスルーするのではなく、いかにイラっとしてもまず欧米諸国はロシアの話をまじめに最後まで聞き通すことが大事です。その際、恐らくロシアの背後から中国が対欧米非難を行いますが、それに真っ向から対峙せず、こちらは一旦スルーして、目をロシアに向けておくことが大事です。それと、欧米諸国も中国も誤解してはいけないのは、あくまでも交渉当事国はロシアとウクライナであって、欧米諸国とその仲間たちや中国とその仲間たちは、当事者面しないことが大事です。調停官としてはそれを各国に明確かつ厳格にリマインドできるか否かが信頼性確保の鍵になります」

「欧米諸国とその仲間たち、および中国とその仲間たちは、停戦に向けたロシア・ウクライナの努力を尊重すると同時に、停戦が成立したらどのような形で原状回復に努め、それをサポートするのかを明示することが大事です。停戦して協力の上復興に臨むことでどのような未来が待っているのかをクリアに描けるかどうかがカギでしょう」

「残念ながら、この仲介・調停、そしてファシリテーションの任は欧米諸国とその仲間たちが担うべきでないでしょうし、それはまた中国も適任とは言えません。日本も然りです。また紛争当事国の一つ(ロシア)が常任理事国であることもあり、国連もその任には向かないと考えます。あくまでもアイデアですが、どちらとのパイプを持ち、地理的にも隣接するトルコは仲介の任には適しているかもしれませんし、あえて外交的な交渉、特に調停に長けていて、地域外に位置するためより中立性を示しやすいカタールやブラジルも面白いかもしれません」

といったような答えを、現時点ではすると思います。

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まだ調停の機が熟していないウクライナ戦争

紛争調停を生業にする身としては、当事者から依頼されれば基本的にお引き受けしますが、正直申し上げて、ロシアとウクライナの戦争も、イスラエルとハマスの戦いも、まだ調停の機が熟していないと感じています。

ロシアとウクライナについては、先述の通り、プーチン大統領もゼレンスキー大統領も【戦争の長期化が自身の権力の維持に繋がる】と考えているだろうことに加え、軍事的に決定的な結果が生まれず、戦況が膠着状態に陥っているにも関わらず、欧米からの支援を受ける身として絶対に戦争を止めることが出来ず、少しでも領地を奪い返さなくてはならないウクライナと、少しでも有利かつ明確な成果を得ることが最低条件となっているロシアの獲得目標が合致しないため、今、話し合いのテーブルに就くことはないと考えます。

特にウクライナにとっては、現時点でロシアと向かい合い、停戦の条件について話すことは、つまりウクライナの終焉もしくは消滅に繋がる恐れが高く、自殺行為だと認識されているようです。

このような状況では話し合いは平行線を辿りますし、無理難題を主張してあとは相手からの妥協を待ち続けるという“旧ソ連型交渉術”を駆使する双方が当事者であることから、間に入る調停役としては地獄のような状況を覚悟することになります――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年6月14号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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