今月末に開戦から2年半となるも、一向に停戦の兆しが見えないウクライナ戦争。長く膠着状態が続いていますが、数々の紛争解決の現場で厳しい交渉に当たり続けてきた専門家は、この戦争の今後をどう読んでいるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、他地域の紛争やアメリカで誕生する新大統領との関連を鑑みつつ、ウクライナ戦争の行く末を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:中東の危機と進む世界の分断
行き詰るウクライナ戦争。プーチンの核使用という「エクストリーム」はあり得るのか
これまでいろいろな紛争案件を見てきた上で言えることは、想定される最悪の事態はそうそう起こらないということなのですが、「だから今回も大丈夫だ。きっと皆が落としどころを見つけて何とか収めるだろう」と過信するのは危険ではないかと考えます。
実際に調停グループをはじめ、このところいろいろな紛争や国際情勢に係る協議に参加していますが、これまでとは違った緊張感が高まっており、これまで比較的落ち着いた雰囲気で案件の対応について話し合えた場でも、少しエクストリームな意見が、まだ少数ではありますが、出始めているのも現実です。
現時点では、そのようなエクストリームな意見や見解、懸念も掬い取り、対応策を練ることが出来ていますが、複数の紛争案件を扱い、それらの繋がりが議論されるようになってきているため、どうしても紛争の飛び火と連鎖から、手が付けられない戦火の広がりへの懸念が高まっています。
協議のなかで上がってくる懸念が高い案件は、やはりイスラエル案件とロシア・ウクライナ案件が主なのですが、ロシア・ウクライナ戦争については、ロシアが核兵器を何らかの形で使用するというエクストリームな状況を除くと、膠着状態が続くものと思われますが、イスラエル案件については今後、戦端と戦闘の拡大が予想されることが多く、また先行きが読みづらいという分析が多くなっています。
もし最悪のシナリオが現実のものとなった場合、イスラエルがイランとアラブ諸国を相手とした全面戦争に突入し、その戦火が北アフリカに飛び火して、モロッコ・アルジェリア・チュニジア、そしてエジプトに及ぶのみならず、地中海を挟んで東アフリカ諸国にも飛び火し、エチオピア、スーダン、南スーダンなどの内戦・政情不安の火に油を注ぐことになり、それが地域全体に広がることが懸念されます。
そして、仮にイランなどを本格的に巻き込むような紛争になった場合には、それはアルメニア・アゼルバイジャンのデリケートな状況に飛び火し、そしてロシア・ウクライナ戦争にも飛び火しかねない状況も予想できてしまいます。
もうここまできたら妄想だと言われるかもしれませんが、専門家による分析で示されるシナリオにはこのような事態がシミュレーションとして出てくるため、一応まじめに対応策については検討しているところです。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
中国の仲介にも交渉テーブルに着く用意のないウクライナと露
ここ最近、また中国がパレスチナ問題やイランとサウジアラビア王国の確執などの紛争解決の仲介に奔走していますが、ロシアとウクライナの戦争にも再度、積極的に関与し始めています。
今週には王毅外相とクレバ外相(ウクライナ)が中国で会い、中国からは「いち早く停戦のための交渉を行うべきであり、中国はその仲介を行う用意がある」とクレバ外相に持ち掛けたようですが、当のクレバ外相も、これまでとは違い、「まだ停戦協議のテーブルに就くには多くのハードルがあるが、戦争を長引かせることは好ましくない」との反応をしたそうで、「すこし変わったかな」という印象を受けましたが、「プーチン政権のロシアとはいかなる交渉も行わない」という法令の存在が障害になるだけでなく、ゼレンスキー大統領もバイデン大統領もどこかで「もう一度ロシアに対して大攻勢をかけて、ロシアの企てを挫く機会がある」と信じており、そのチャンスにかけてみたいという思惑が強いようで、そのトライの結果が出るまでは、ロシアと話し合う用意はないとの考えのようです。
ロシアについても、ペスコフ大統領府報道官が停戦協議に就く可能性について発言していますが、「ロシアはいつでも話し合いのための門戸を開いているが、それにウクライナが応じないだけ」と前向きともとれる発言をしつつも、「ロシアはゼレンスキー大統領を交渉相手とは見ていない」と大きなNOを突き付けていることもあり、実際にはまだロシアとウクライナが交渉のテーブルに就くのは随分先になりそうだと見ています。
しかし、もし他地域からの紛争の飛び火が及んでしまった場合には、予期せぬ暴発も予想され、さらに戦争・戦闘の当事者がロシアとウクライナ以外にも拡大した場合には(例えば、ロシアがバルト三国やモルドヴァに手出しをしたり、NATO加盟国がCoalition of the Willingでウクライナ側に参戦したりする事態)、周辺の紛争の火種を一気に起こし、相互に紛争が影響を与え合うという大変な事態に発展しかねません。
トランプならばウクライナ戦争を終わらせられるのか
ここにも皮肉にもアメリカの次期政権がどうなるかという要因が絡んできます。仮にハリス政権になった場合には、現在のバイデン政権の対応方針とさほど変化がないため、大きな変化は望みにくく、アメリカと欧州各国がロシア・ウクライナ戦争に積極的に関与してくることはないかと思われます(引き続き、軍事支援を淡々と続ける方向でしょうが、そう遠くないうちに、欧州諸国から次々と脱落国が出るものと予想します)。
仮にトランプ政権になった場合、トランプ氏は「就任から24時間以内に終わらせる」と景気のいいことを言っていますが、具体的にはどうするのかは明かしておらず、恐らく選挙戦のためのアピールに過ぎず、実際には何も考えておらず、考えていたとしても、それがウクライナにとって好ましい帰結ではないだろうと考えます。
ただ、これまでバイデン大統領がしてこなかった“アメリカによる直接仲介・調停”という選択肢は、直接にリーダーと会ってディールメイキングすることを好むトランプ氏であればやりかねず、そうなった場合には、何らかの“答え”が示されることになるかもしれません。
ただし、中東情勢がその時までに火を噴いていなければ、という大きなIFが付けられますが。
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もはや中東地域を抑える力を持たない欧州各国
イスラエルとハマスの間の間接交渉がほぼ瓦解したと思われる今、これまで仲介の労を担ってきたエジプトとカタールはプロセスから脱落する可能性が高く(すでにカタールのムハンマド首相兼外相は「折衝の片方の責任者が殺害されるような事態において、どうやって話し合いを続けるというのだ?」と後ろ向きの発言をしています)、アメリカもそのイスラエル寄りの姿勢から中立な第3者としての立場を取れないばかりか、ネタニエフ首相がバイデン大統領の助言に耳を貸さないという現実に直面して、今後、国内における対イスラエルの関係見直しの声にも押されて、突如、イスラエルに背を向けて責任放棄するような事態になれば、多方面に戦端が開かれた戦闘が激化し、一気に地域に広がり、中東を不安定化させ、どんどん戦火が他地域に飛び火するような状況になりかねません。
ハマスは最近鎮静化してきたと見られてきましたが、ハニヤ氏の殺害を受けてイスラエルへの攻撃を再度強化する可能性が高いですし、ゴラン高原での爆撃事件とベイルートへの報復攻撃を受けて、ヒズボラも他の親イラン組織と共にイスラエルへの攻撃を本格化させることになるでしょう。
もしそこでイランが本格的な攻撃をイスラエルに仕掛け、それにアラブ諸国が同調するか黙認するかという状況になれば、一気に周辺地域も巻き込んだ火の海になる可能性が高まります。
欧州各国にはもう抑える力はありませんし、アラブ諸国の中にも単独でイスラエルと対峙し、混乱を治めることが出来る力がある国は見当たりません。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年8月2号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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