韓国では2つ以上の職業を持つ「Nジョブラー」という人たちが増えています。無料メルマガ『キムチパワー』の著者で韓国在住歴30年を超え教育関係の仕事に従事している日本人著者は、プロNジョブラーと自称するイ・ダスルさんの話を紹介しています。
2つ以上の職業を持つ人「Nジョブラー」
「私は法曹人になれません。したくもありません」
2012年、25歳のイ・ダスルさんは両親の前で宣言した。両親は江原道江陵(カンヌン)で全校1位になり、ソウル大学に進学した模範生の娘が司法試験を準備すると考えていた。しかし当時、イさんは練習室でうとうとしながら踊りに通っていた。単なる趣味ではなくプロのバックダンサーとして。
司法試験の準備の代わりに踊りに通っていたソウル大学生のイさんは現在「プロNジョブラー」として暮らしている。Nジョブラーとは、2つ以上の職業を持つ人を意味する言葉だ。彼女の職業は、声優、アナウンサー、ヨガインストラクター、ダンスインストラクター、スピーチインストラクター、ライブ コマースショー ホストまで 6 つに及んでいる。韓国で会社に通いながらアルバイトや副業をするNジョブラーはこの1年間で5万人(今年第2四半期基準)増えた。
生涯職場という言葉が無意味なほど離職・転職が多くなり、本業以外にさまざまな仕事をする人が多くなった時代が現代だ。6月『こんにちは、プロNジョブラーです』という本を上梓して作家という職業まで追加したイさんに会って尋ねた。自称プロNジョブラーにとって「職業」とは一体何なんですか。
(KTの人工知能「ジニー」の声でもある声優のイ・ダスルさんは、1日に何度も役を変える「プロNジョブラー」だ。午前中はヨガ講師や声優として勤務し、午後はアナウンサー、夕方はスピーチ講師に変身するという具合だ。)
──両親は司法試験を受けることを望んでいたそうですが。
「子供の頃からなんでも『上手、上手』と言われていた娘でした。ソウル大学法学部出身の弁護士として、進路を明確に決めました。ソウル大学のスペイン語科に進学はしましたが、ちょっと遅くても司法試験を受ければ受かるだろうという漠然とした期待がありました。ところが1次試験も落ちました。模範生の山奥少女の初の失敗でした。」
──ソウル大学まで行ってどうしてバックダンサーをしたんですか?
「中学・高校時代、歌手のBoAが大好きでした。ダンスをしたくて、ダンスチームに志願しました。夜明けまで練習し、塀を越えて寮に入ったりしました。BIGBANG全国ツアーコンサートやワンダーガールズ青龍映画祭の舞台にも立ちました」
──模範生の娘の宣言に両親も驚いたでしょう。
「司法試験が廃止されるという時だったので、当然ロースクールに行くと思われたようです。母は『今まで弁護士をしろと言われた時、なぜ一度も嫌だと言わなかったのか』と言ってました。父はしばらく連絡さえ絶ちました。」
──その後、Nジョブラーの人生を生きることにしたんですか?
「いいえ。ダンスチームからは出たんですが、歌手たちの映像を見て「あの後ろにあたしがいなければならないのに」と言って、一人で部屋でやけ酒を飲んだりしました。モトカレを忘れられない女のようにです。」
イさんの公式的な初仕事はアナウンサーだ。司法試験の放棄宣言をした後、「放送の仕事をしたい」としてダンス講師として暇つぶしをする娘を見ていられなかった母親が推薦した職業だった。26歳にアナウンサーの準備をすると言えば「遅まき」という修飾語がついた時だった。全州(チョンジュ)、釜山(プサン)、蔚山(ウルサン)、春川(チュンチョン)など全国を回りながら試験を受けたが、そのつど不合格だった。アナウンサーの準備を始めて3年になる2014年、三陟(サムチョク)MBCアナウンサーとして初めての職場生活を始めることになる。2年の契約社員だった。
──アナウンサー契約期間が終了して他の仕事を見つけたんですか?
「依然として放送に対する夢があったので演技塾に通っていたのですが、定規のような私のアナウンサーとしての発音は俳優に合わないと言われました。ところが声優は声で演技もしたりするので、アナウンサーの発声が有利じゃないですか。幼い頃の勉強のストレスをマンガとアニメを見ながら解消したので、声優の声もたくさん聞いていました。2016年、KBS公開採用41期で声優生活を始めました。」
イさんの声は日常生活でも簡単に聞くことができる。KTの人工知能「ジニー」の声とサムソンASセンターに電話をした時に聞こえるAI相談コメントが彼女の声だ。世界的に人気を集めているオンラインゲーム「リーグ・オブ・レジェンド(LoL・ロール)」では「レル」というキャラクターの声を担当した。仁川空港の駐車場で決済をする時も、イさんの声で案内を受けることができる。「ジニー」の声なら筆者も毎日聞いている。うちのテレビがこれだからだ。
声優は2年専属期間が終わるとフリーランスになる。専属期間が終わった後、声優録音作業は月に1~3件に過ぎなかった。生活が可能な収入ではない。
友達の紹介で就活生の前でスピーチの講義を始めることになる。会社員を対象にした趣味プラットフォームで、ヨガとダンスの授業も開設した。かつてダンサーチームの経歴や趣味で楽しんでいたヨガを活用してお金を稼ぎ始めたのある。アナウンサー経歴で企業行事やテレビ番組の進行を引き受け、ライブ放送でショーホストとして商品販売にも乗り出した。本格的なNジョブラーとして登場したのである。
──6つの職業をすべてすることが本当に可能ですか?
「核心職業は声優です。ダンスやヨガの講師は時々授業がとれたらします。今日はヨガの授業と録音をしてきて、このインタビューが終わったら企業行事の進行をしに行かなければなりません。今日はヨガの講師や声優、アナウンサーとして働き、今は作家としてインタビューをしているのです。(笑」
──あれこれ少しずつ手をつけるだけではないでしょうか?
「私も最初は『あれこれ少しずつやるだけです』『半端者』と言っていました。謙遜だと思っていたのですが、謙遜を口実に自分自身をこき下ろしていたんだなと思いました。あれ知ってますか?立派な人の中にはNジョブラーが多いです(笑)。レオナルド・ダ・ヴィンチも美術家であり、科学者、哲学者、技術者でした。」
──生涯職場の時代が終わり、Nジョブラーの時代が来たのですか?
「私は今でも一生の職場に憧れています。特定分野を深く掘り下げる専門家ではなく、ジェネラリスト(Generalist)として生きる人生が時々不安なのが事実です。一生の職場がいいのか、Nジョブラーがいいのかは、それぞれの性向によって違うと思います。
最近の若い人たちが「イ・セン・マン(=現生は滅んでしまった)」といった話をするのですが、人生の楽しみは何とか探さなければなりません。自分との会話を通じて自分が好きなことが何なのか、なぜ好きなのか、自分の中から出せる答えをたくさん作らなければなりません。そうしてこそ、自分の性向を把握することもできるじゃないですか」
──趣味と職業の境界はどこで分かれますか。
「趣味で『お金』を稼ぐことができれば職業になります。幼い時に「あなた 夢は何ですか」と聞くのは、どんな職業を持つかという意味じゃないですか。趣味や夢が必ずしも職業になる必要はないと思います。現在、職業を辞めて夢を追いかけたいと相談を要請する方々がいますが、私はむやみに夢を追いかけろとは言いません。趣味や夢が必ず職業になる必要はありません。ただ、私の好きな仕事が趣味のときは他人のものを借りて使っている感じですが、職業になった瞬間完全に私のものになります」
彼女は本に「(本業が)スランプに陥った人々にNジョブラーをお勧めします」としてこのように書いている。「時々職場は時間的・心理的・体力的余裕を全く許さないまま人の息の根を止めることもあります。そんな時は思い切って仕事を捨てるのはどうでしょうか…その職業を捨てれば私もいないようですが、決してそうではありません。私が人生で引き受けた数十の役割の中の一つに過ぎません…だから『会社がなんだ。たかが会社じゃないか』くらいに思って体と心が壊れることのないように・・。」
「好きな仕事をしながら生きているからといって、毎分毎秒幸せではないでしょう」。彼女が成し遂げた職業がひたすら順調ではなかったという意味だ。繰り返される失敗に萎縮することも、手に負えない葛藤に人を避けて隠れたりしたこともあるということだ。それにもかかわらず、6つの職業を持つようになった秘訣を尋ねると、イさんはこのように話した。「今まで決心したことは何もありませんでした」軽い気持ちで楽しんでいたらここまで来たという意味だった。
──時間をどのように効率的に使えばNジョブラーになれるでしょうか。
「物理的に余っている時間に何か必ずしなければならないわけではありません。体力が足りなくて休みながら罪悪感を持つ必要もないと思います。体力的に、精神的に余裕があってこそNジョブラーになってでもやりたいことを見つけられると思います。本当に好きなことなら午前2時に退勤した後にもできるじゃないですか?」
──時間も体力もありませんが、Nジョブラーを夢見る人がしなければならないことがあれば。
「大きな成功より小さな成功に集中しましょう。雄大な目標を立てて一度失敗して「失敗しました」「ぶん投げてしまえ」と言う場合が多いです。三日坊主も10回すれば1か月で、それを10回すれば1年が過ぎます。3日間の成功をなぜ1回の失敗でなくしてしまうのですか」
イさんの職業がもっと増えるかどうか気になった。「ドラマや映画のストーリー作家もやってみたいし、ウェブトゥーンも描いてみたい。勉強を続ければ、大学の教壇にも立てるのではないかと思う。7年に一つずつだけ成し遂げても、還暦まで追加できる職業が3つ以上はあると思います」。(記者は)彼女に会ってこんな気がした。何かを必ずしなければならない時期はないんだ、絶対にできない時期もないんだ、と。 [朝鮮日報参照]
image by: Shutterstock.com