レバノンの親イラン武装組織「ヒズボラ」指導者のナスララ師を殺害したイスラエルに対し、報復として180発以上のミサイルを発射したイラン。国際社会の注目が中東にのみ向いていると言っても過言ではない中にあって、ロシアの侵攻を受けるウクライナは苦しい戦いを強いられています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、欧米のウクライナへの関心の低下が鮮明となっている現実を紹介。その上で、この状況がウクライナを「NATOにとって危険な隣国」に変貌させかねない可能性を指摘しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:忍び寄る世界戦争の影‐イスラエルの暴走とウクライナの凋落が招く大混乱
プーチンがウクライナを反欧米の勇猛な戦力に。国際社会の関心低下が招く大混乱
さて、目をもう一つの国際紛争であるロシア・ウクライナに移してみると、ここにも拳を掲げたまま退くに退けなくなり、ひたすら戦いを続けなくてはならなくなっているゼレンスキー大統領の存在があります。
イスラエルのネタニエフ首相の場合は、周辺国と歴史的に緊張を抱えていますが、圧倒的な軍事力を以て、最終的には周辺国を軍事的に抑え込むだけの戦力を持っていますが、ウクライナのゼレンスキー大統領については、そのような“恵まれた”境遇は存在しません。
2022年2月24日にロシア軍がウクライナ全土に向けて侵攻して以来、NATO諸国から軍事的な支援を受け、すでに地域第2位の軍事大国にはなっていますが、武器の提供元の容認なくして自由に使用できないという制限がかかっていることと、人口はロシアの5分の1ほどしかおらず、かつ軍備のストックも、いくらか比率は改善しているかと思いますが、ロシアの10分の1ほどと言われています。
そのような状況であるにも関わらず、すでに2年半以上、ロシアによる侵略に耐え続けているのは大したものだと思いますが、時折噂される“ウクライナが優勢”という見方には、残念ながら賛同できかねるという状況があります。
8月6日にサプライズでロシアに越境してクルスク州を制圧した後、国内外に対して「ウクライナはロシアに勝利する」と宣伝しているゼレンスキー大統領ですが、この越境攻撃は一時、支援疲れに直面するNATO諸国を鼓舞したものの、消耗戦を戦うウクライナ軍には、ロシア領内の一部を支配しつつ、自国領の防衛に勤しむのは不可能と言え、10月に入って実際にウクライナ東部をほぼ放棄せざるを得ない状況に陥っています。
越境攻撃の勢いを駆って、NATO諸国から供与された武器をLong-rangeで活用し、ロシアに対して攻撃を加えることができれば…という希望的な戦略も、最も支援に前向きなアメリカ政府にさえも許可されず、欧州各国については、アメリカ以上に、これ以上ロシアを刺激したくない、という姿勢の前に、絵に描いた餅と化してしまっています。
それでもゼレンスキー大統領は、第79回国連総会の場でも強気の発言を繰り返しつつ、各国にさらなる支援を要請する姿勢を貫き、「ロシアを勝たせてはいけない。ウクライナは勝利する」と繰り返していましたが、それをまともに捉えるリーダーはもう存在しないようです。
そのような状況を最も顕著に表したのが9月28日付のエコノミスト誌(The Economist)の記事であり、そこでは「ウクライナは劣勢を認めて戦略の転換を行うべき」と思い切った戦略転換を提言しています。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
ウクライナがNATOにとって危険な隣国に変貌する可能性も
この2年半の戦いでロシア側の犠牲者は50万人ほどになりますが、先述の通り、まだ余力はあるため、ロシアの戦力が尽きる前にウクライナの戦線が崩壊する可能性が指摘されています。
その背後には、これまでのロシアによる攻撃で送電網の多くが破壊されており、恐らく今年の冬には一日16時間ほどの停電を強いられるような状況が待っているとされ、それが自国を守り抜くという意思を挫き始めていると言われています。
そのような状況下でゼレンスキー大統領がこれまで通りに強気の姿勢を崩さず、かつ2014年以前の状況に戻すという非常に困難な目標を掲げ続けて戦いに臨むのであれば、すでに支援疲れが高まっている欧州はウクライナと距離を置く可能性が出てきます。
もし今後もロシアの企てに抵抗し、戦い続けることを望むのであれば、欧米からの支援の継続と拡大は不可欠であり、そのためにはまず、強気な主張ではなく、一旦、劣勢を認め、現実を受け入れたうえで、厳しい状況に直面して、欧米諸国にロシアに抗するための戦力と、ウクライナの安全保障の確保を依頼しなおしたうえで、ロシアとの対峙を、より強固なNATO諸国によるサポートを後ろ盾に行わないといけないと考えます。
でも、もし今の状況下で、NATO諸国が次第にウクライナを見捨てるようなことになれば、ウクライナは確実にロシア陣営に席捲され、ウクライナ国家が機能不全に陥り、そしてウクライナ自体がNATOにとって危険な隣国に変貌する可能性が高まります。
「ウクライナはやっぱり見捨てられ、欧米に裏切られたのだ」
もしそのような思いをウクライナ人、特に今、ロシアとの戦闘に駆り出されている戦闘員たちが抱くようなことがあれば、プーチン大統領は確実に彼ら・彼女たちを反欧米の勇猛な戦力に変えてしまい、NATOの加盟国に対する挑戦を後押しすることになります。
これは私の妄想ではなく、プーチン大統領は2014年にドンバスで同じことを行い、ロシア語を話すドンバスの住民に対して「あなた方はウクライナ人と言われながら、ウクライナ政府からもウクライナ人からも虐げられている」というマインドセットを植え付け、結果、同胞ウクライナ人に対して戦いを仕掛ける親ロシアのパルチザンに変えた前例があることによる懸念です。
もし2014年の失敗とは比べ物にならない“ウクライナを反NATOの戦いの最前線にする”というプーチン大統領の狙いが現実になってしまったら、ウクライナの存続どころか、東欧の防衛さえままならなくなる恐れが一気に高まります。
ウクライナを支援し、ロシアの企てを挫くのであれば、NATO諸国は、ウクライナの“優勢”という虚構を世界に訴えかけて自らの選択が正しいことを証明するのではなく、まずウクライナに劣勢を認めさせ、ウクライナの崩壊がNATOおよび下手するとEUの崩壊に繋がりかねないことを欧米市民に訴えかけたうえで、対ウクライナ支援を再度本格化し、覚悟を見せて躊躇せずに、ロシアをロシア領内に押し戻し、ロシアを封じ込めるためのシステムを、抜け穴なく構築することを急がなくてはなりません。
今のように「どれだけの武器をいつ提供するかは、自分たちが慎重に考える」という後手後手の対応ではなく、もし本当にゼレンスキー大統領を民主主義世界の味方だとみなすのであれば、まずウクライナをロシアの恐怖から解放するために、十分かつ圧倒的な支援を行う必要があります。
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各国のリーダーが取る必要のある「覚悟をもった行動」
そのためには、欧米諸国のリソースと注意を危険なレベルまで消費させているイスラエル発の中東危機を治めることに本気で注力し、アメリカ政府も一旦、イスラエルのしりぬぐいとバックアップを完全に停止したうえで、8月頭にイランによる報復を思いとどまらせるために行った約束を、イスラエルを説き伏せて、実現させる必要があります。
ガザでの悲劇の停止と人道支援の即実施。レバノン情勢の安定化(即時停戦と、ヒズボラとイスラエルの対話の場づくり)アメリカ政府による厳格なイスラエルへの対応などが急ぎ必要となるでしょう。
注意すべきは、中東の問題の解決をアメリカが行ってはならないということです。アメリカはイスラエルに圧力をかけ、戦闘を終わらせるように強く迫ることに徹し、中東の和平の実現は、すでに仲介に携わっているエジプトやカタール、地域の雄を自任するサウジアラビア王国などに主導してもらい、その結末にアメリカも欧州も口出ししないという、これまでの慣習を覆す覚悟が必要なります。
そのミッションインポッシブルとも感じるオペレーションを通じて中東情勢を一旦治めたうえで、アメリカと欧州はウクライナへの支援を本格化し、今度はプーチン大統領の顔色を気にすることなく、同時にゼレンスキー大統領の行き過ぎた攻撃(ロシアへの越境攻撃など)を宥めたうえで、ロシアをロシアに押し戻すことにコミットする姿勢を示し、行動に移す必要があります。
このようなことを最近、ふとした縁でトランプ陣営の外交顧問と、ハリス陣営の外交顧問と話す機会がありましたが、「かなりハードルは高いが、その通りだろう」という反応が返ってきました。
そして両陣営曰く、1月まではバイデン政権が続き、残念ながら新しい政権ができるまでは、今の方向性が変わることは期待しづらいという認識をもっていると同時に、新政権下で早急にイスラエル対応とウクライナ対応を、覚悟を以て行わないと、国際情勢がコントロール不能になると同時に、アメリカの信頼と権威は地に落ちる危険性があるとの認識を明確に持っているとのことでした。
実際に来年1月以降、どうなるかは分かりませんし、それまで中東の緊張が爆発して、制御不能に陥っていないとも限りませんが、何とか非常にデリケートなバランスを保ちながら、綱渡りを続けて、破滅的な状況を防ぐのだろうと、個人的には感じています。
日本では石破新政権が発足しましたが、早速10月27日には総選挙を行うそうです。その選挙によって国民からの信託が与えられるまでは、恐らく国際情勢フロントでも何ら貢献できないのだろうと、残念に思いますが、その後はきっと日本外交ならではの、バランスを重視する外交術が発揮されるのだろうと期待しています。
「今こそ、停戦の時」
いろいろなリーダーがそう叫ぶのを耳にし、私も仲間たちも本当にその通りだと思うのですが、複雑に絡み合った利害と思いが混線するイスラエル絡みの中東紛争と、ロシアとウクライナの戦争、そして悲劇が拡大するスーダンの内戦などを本当に停戦に持ち込むには、声高に叫ぶだけでなく、ちょっとコストは生み出すかもしれませんが、覚悟をもった行動を早急にとる必要があると考えます。
以上、国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年10月4日号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
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