世界中から注目が集まった米大統領選は、接戦の末ドナルド・トランプ元大統領による「勝利宣言」であっけなく幕を閉じました。しかし、互いの候補を罵り合うことに始終した大統領選の爪痕は大きく、今後この「分断」した国をどのようにしてまとめてくのか、その手腕が問われることになります。障がいがある方でも学べる環境を提供する「みんなの大学校」学長で、生きづらさを抱える人たちの支援に取り組むジャーナリストの引地達也さんは、自身のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の中で、学生時代に訪れた米国の西海岸ロスと東海岸ニューヨークの思い出を振り返りながら、米大リーグのワールドシリーズ第4戦で起きた「騒動」と、今回の米大統領選で可視化された「分断」が重なって見えた思いを綴っています。
野球がつなぐ東西の米国、それは「分断」ではなく。
2024年の米大リーグのワールドシリーズはニューヨーク・ヤンキースとロサンゼルス・ドジャースのカードとなり、伝統的なチームによる争いは、東西の2つの都市と文化を味わう絶好の機会だった。
米国に住んだことのない私にとって、その2つの世界は未だにアメリカの多様性の象徴であり、憧れの存在のままでいる。
ヤンキースタジアムでは濃紺の帽子の地鳴りのような歓声とブーイングが都会の空にこだまし、ドジャースタジアムでは教会のパイプオルガンが奏でるような幕間のメロディーが、郊外の乾いた空に響く。
その風景に酔いしれながら、大統領選挙を通じた政治勢力と市民の分断が、多様性の否定と度を過ぎた罵り合いへと行き着いたことを思うと、今後、米国をどう好きになっていけばよいか、ため息が出てしまう。
そんな思いの人は、米大統領選挙に投票権のない国外には少なくないと思う。
「ほら、あれがドジャースタジアムだ」。
それは私が高校3年の時、初めて訪れた米国でホームステイファミリーの父親がオープンカーを運転しながら、ロスアンゼルス郊外のハイウエーから遠くに見えるスタジアムを指さした。
ドイツ系米国人の彼はいかにも米国の多様性と白人男性の強さを一手に引き受けたような風貌で、私にはテレビの世界名作劇場「ふしぎな島のフローネ」の父親であるスイス人医師を思い出させた。
ドジャースタジアムを誇らしげに指さす父親に、私はとっさに「あそこにハーシュハイザ─がいますか?」と返答した。
すると父親は大笑いし「今日はゲームがないよ」と返し、日本人の高校生が当時のドジャースのエースの名前を知っていることに驚き、そして感動したようで、助手席の母親も「賢い子ね」などと、感心した様子だった。
それは、ハリウッド俳優の名前を知っているよりもとても重要なことだったのだと思う。
そして、大学1年生の2月に訪れたのは、ニューヨークだった。
この記事の著者・引地達也さんのメルマガ
西海岸を見た私にとって、東海岸を見るのは必須であり、アルバイトで稼いだお金をニューヨーク行きに注ぎ込んだ。
街を歩きたい、ジャズを聴きたい、スタジアムを見たい。
到着して早々、地下鉄に乗って訪れたヤンキースタジアムは、そこにいきなりそびえっている印象だった。
近くのコーヒースタンドで買った1ドルのコーヒーが体に染み渡る。
どんよりとした雲の下、湿っぽく、そして凍てつく冬の日だった。
当時はボブ・グリーンの作品に米国を知った気になっていて、なぜか街に行き交う人が、それぞれ何か奇抜な人生のストーリーを持っているのではないかと妄想してしまう。
ちょうどポール・オースターのニューヨーク三部作が日本に紹介された頃で、都市に根差す野球ファンの息遣いを想像し、ヤンキースファンとやらを探してみる。
残念ながら、球場周辺をうろついても、その日はあまりに寒く、ロスアンゼルスが真夏だったのとは対照的にスタジアムは凍てついたままだった。
今年のワールドシリーズではドジャースが勝利した。
ポストシーズンは思わぬ力が発揮されるところが面白い。
劇的な勝利や痛恨のミス、真剣勝負だからこそのドラマ。
今回は第4戦のヤンキースタジアムでライトのファウルフライをドジャースのライト、ベッツ選手の超美技にドラマがあった。ベッツ選手が観客席にグラブを差し出しキャッチする完璧なファインプレーを見せたが、直後にヤンキースファンの観客がベッツ選手のグラブを押さえつけ、グラブからボールを抜き出そうとした。
このシーンは世界中に放送され、ヤンキースファンのイメージを傷つけてしまっただろう。
同時に熱狂的なファンが時には凶暴な行動をしてしまう現実も晒してしまい、それが大統領選の分断と重なってみえる。
野球というルールを守り、プレーヤーのパフォーマンスを邪魔しない倫理観が私たち、観客たちの社会をつなぐ生命線。
その倫理観の上に成り立つはずの自由と寛容。
あらためて、自由と寛容の精神でつながっていたいとの思いを強くする。
平和な気持ちで来年もワールドシリーズが観られるように。
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