毎年10月に文部科学省から発表される「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」。いわゆる「いじめ白書」が今年も10月31日に公開されましたが、いじめの認知数が73万件と過去最多を再び更新する事態となっています。この結果を専門家はどう受け止めたのでしょうか。今回のメルマガ『伝説の探偵』では、現役探偵で「いじめSOS 特定非営利活動法人ユース・ガーディアン」の代表も務める阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、当白書を「一喜一憂するようなものではない」と一刀両断。その上で、「とは言えこの統計には学校のいじめ対策交渉で有効に使える項目がいくつもある」として、そのように判断する理由と具体的な「交渉での使用法」を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:文科省いじめ白書で使えるところ
73万件発覚も相当数が隠ぺいか。価値のない文科省「いじめ白書」の絶望と光
毎年10月初めに行われていた文科省のいわゆる「いじめ白書」とも言われる「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」の結果が、10月31日に発表された。同結果は、2023年度のものであり、いじめについてはその認知数がどの程度増えるかが注目されていた。
その結果は過去最多を再び更新であった。
小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は732,568件(前年度681,948件)であり、前年度から50,620件(7.4%)増加。
いじめの重大事態の発生件数は1,306件(前年度919件)であり、前年度から387件(42.1%)増加し、過去最多となった。
重大事態のうち、490件(重大事態のうち37.5%)(前年度356件(38.7%))は、重大事態として把握する以前にはいじめとして認知されていなかった。
小・中学校における不登校児童生徒数は346,482人(前年度299,048人)であり、前年度から47,434人(15.9%)増加した。
小・中・高等学校から報告のあった自殺した児童生徒数は397人(前年度411人)であり、前年度から減少したものの、児童生徒の自殺が後を絶たないことは、引き続き、極めて憂慮すべき状況である。
以上は白書の概要からの引用であるが、一点数字に注意すべきところがある。
10月29日に公表された厚生労働省の自殺対策白書によれば、令和5年中の小中高生の自殺者数は「513人」である。
文科省では397人で、厚労省では513人(警察庁も同数)であることは、文科省白書でも概要などで指摘がある。
それにはこうある。
今回の調査結果によると、児童生徒の自殺者数は397人であったが、厚生労働省及び警察庁の調査結果によれば、令和5年度の自殺者数は525人(※令和6年1月~3月までの数値は暫定値)と128人の差が生じており、令和4年度よりもその差が拡大している。これは、警察が遺書の有無や現場の状況、検視等により自殺と判断した事案を集計しているのに対し、学校が御遺族からの報告等により自殺と確認できた事案を集計していることによるものと認識しているが、児童生徒の自殺の実態を可能な限り正確に把握することは重要であることから、引き続き、警察等の関係機関と連携し、正確な実態を把握するよう努めること。
文科省統計は、各都道府県教育委員会などから吸い上げられてきている数を集計しているに過ぎないから、教育現場などに対して正確な把握を求めるということになりつつも、これだけの差異がある事は異常だということを認識しているということになろう。
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認知数トップ山形県と最小の長崎県とのこれだけの差
また、文科省が最も気にしていると言われているのが、都道府県別1,000人当たりのいじめ認知数である。理由は平成30年に異例の総務省からの数値デタラメでしょという勧告をされたことがあるからだ。
しかし、今回も1,000人当たりのいじめ認知数はトップが山形で117.7件、最少は長崎県で17.9件であり、その差はおよそ6.5倍もあったのだ。勧告があった平成30年は、その差は「19.4倍」であったから、相当に縮まってきたが、それでもこの差の大きさは、各都道府県自体のいじめを認知する力、正確な報告をしていく姿勢などの差を示すものとなろう。
また、不登校の原因についても掲載されているが、不登校支援の現場にいる職員らが感じる原因と文科省統計には大きな差異がある。
文科省統計概要では、
不登校生徒について把握した事実としては、高等学校においては、「学校生活に対してやる気が出ない等の相談があった。」(32.8%)が最も多く、続いて「生活リズムの不調に関する相談があった。」(26.7%)、「不安・抑うつの相談があった。」(16.7%)、「学業の不振や頻繁な宿題の未提出が見られた。」(15.4%)、「いじめ被害を除く友人関係をめぐる問題の情報や相談があった。」(11.0%)の順で多かった。
とあるが、NHKとLINEが共同で、不登校児童生徒やその傾向がある児童生徒に直接アンケートを取ったところ、「いじめが原因」と回答した子どもは21%にも及び、およそ1%程度の数値となっている文科省統計とはその結果におよそ20倍もの差があったのだ。
つまり、文科省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」、いわゆる「いじめ白書」は、数値的な問題点やバイアスの掛かった分析がされているため、あくまで正確な数値として認識するのではなく、目安・参考程度で考える必要があるから、一喜一憂するようなものではない。
また一方で、民間企業のように調査結果の数値の誤りなどが致命傷になって倒産や危機的状況になるようなこともないから、あまり真に受けたり、研究の基にする価値はないと判断すべきなのだ。
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いじめ認知数「73万件」という数字を読み解く2つのポイント
この調査のいじめの定義が平成24年に法律施行より1年前倒しで変わった当初は、18万件台が認知数であった。
これが、統計が進むうちに、およそ73万件を超える爆増をしたということは、数が増えたと見るのが妥当のように思えるがその実そうではない。この数字を読み解くポイントは2つある。
1つ目は、これはいじめの「実数」ではなく、「認知数」だということだ。つまり、およそ73万件に実数が増えたのではなく、73万件認知できたということだ。だから、いじめ事件が増えたのではなく、認知が増えたのであって、実数が増えたということは意味していない。
2つ目は、文科省が出している通知である。この多くは、「いじめを定義通りにカウントしてください」「丁寧に対処してください」「どこでもいじめは起きますから起きたことを隠さないでください」「地域別の差異は大きな問題です、しっかり報告してください」というものだ。ここからわかることは、注意されていることは出来ていない事実があるからということだ。つまり、実数はもっと多いと見るのが妥当だということだ。
つまり、子どもの人口は年々減る一方なのに、いじめの実数はおおよそ100万件以上あろうあり、認知に積極的な自治体とそうでない自治体で大きな差があるということであり、現状の数はまだ足りていない数としてみるべきだろうが、逆に考えれば、定義が変わった直後から本来であれば、いじめとして対応すべきであった何十万件ものいじめが、認知すらされず闇に葬られていたとも考えられるのだ。これを隠ぺい横行、隠ぺいが常識社会な異常な状態と言わずしてなんと言おうかということになろう。
認知数としてみれば、およそ73万件は少ないと見る、これが私の答えであり、その分多くの隠ぺいが行われたのだと考える。
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学校との交渉で有効に使える「いじめ白書」の項目
なんだ、国の発表なのに、この程度で信ぴょう性は低いのか…と悲観する必要はない。そもそもで、この統計は集計方法やその構成上の問題であるから、国すらもいじめ対策に不作為をきめこもうとしているわけではないのだ。
事実、この統計には、学校のいじめ対策交渉で有効に使える項目がいくつもある。私はここに、児童生徒課若手官僚の底力を見た思いだ。
例えば、多くのいじめ事件で、被害者は加害者のいじめ行為によって、同じ空間に居合わせること自体が苦痛、耐えられないという状況になる。これが酷くなって身体のコントロールができなくなったり、過呼吸を起こしたりする「適応障害」と診断されたり、さらに酷くなって「PTSD」を発症するケースが後を絶たない。
しかし、学校はなぜか有効な対処をせず、加害者と被害者を同じ空間に押し込んでしまったり、耐えられない被害者を異常とみなしたり、被害側を不利な立場に追い込むなどする。
そして、被害側やスクールロイヤーなどが加害側の別室授業などを提案すると、被害者にも保護されるべき人権があるのに、加害者の人権ばかりを唱え、あたかも被害側の要求が過度で人権侵害であるのだと追及をするなどする。
しかし、今回のいじめ白書には、別室授業をどの程度行ったかの統計がついている。公立校では6,131件、私学では988件の別室授業が行われたとあるから、加害者の別室授業は令和6年においては(統計は令和5年度中だが)この対処は当たり前の対処となるのだ。
仮に、別室授業を拒む校長がいれば、統計を見せてあげるといい、たいていこういう校長らは加害者の別室授業対応を拒む際に、「長年、教壇に立ち、教育界にいるが、そんな対処は聞いたことも見たこともない、そういうことをやっている学校があれば教えてもらいたいものだ」と怒鳴るが、今や当たり前すぎる対処ですと言い返せるだろう。
さらに、公立校で中学校以降となるが、自宅謹慎は797件、保護者への報告は42万4,449件もある。加害親に報告しなかったりする方が異常とも言えるし、あまりに酷い場合は、公立校でも自宅謹慎で対応することもあるということだ。
ただし、私はまだまだ甘いと考えている。もしも、犯罪行為の被害に遭っているならば、何らの躊躇もする事もなく、警察で被害届を出すべきだし、治療費や損害があり、加害側が請求に応じないならば、容赦なく司法に訴えでるべきだ。そんな大げさなという人もいるが、これは加害行為をした者への再発防止策ともなり得るし、いじめ法改正がない今、最大限できることが警察での対応を求めることと、民事訴訟を起こすことである。
被害者の方々やいじめに関心のある方々には、ぜひとも様々な視点で、今回の統計を読み解いてもらえればと思う。上のように、交渉に使える材料はまだまだたくさんある。
諦めないで、できることを1つ1つ積み重ねていきましょう。
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