米大統領選挙後、初めて北朝鮮の金正恩がアメリカに関して言及しました。今回のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では、宮塚コリア研究所の専門研究員である新井田実志さんが、北朝鮮とアメリカの「現在の関係」について解説しています。
北朝鮮は『弱いリベラル』より『強いコンサバ』を好む
世界の耳目を集めた米国大統領選挙は、ドナルド・トランプ前大統領の圧勝となった。各国の指導者が祝意を表する中、沈黙を続けているのが金正恩である。11月18日の朝鮮中央通信は、15日に朝鮮人民軍第4次大隊長・大隊政治指導員大会における金正恩の演説要旨を報道したが、この中でもトランプ再選に直接触れることはなかった。但し、大統領選挙後初めて、米国に関して言及したという点では重要である。
少々長くなるが、金正恩が米国に触れた部分の一部を訳してみる。
「朝鮮半島を包括したアジア太平洋地域の平和と安定を脅かす重大要素である米日韓三角軍事ブロック同盟がその威嚇的性格をより鮮明に表しています。(中略)米国主導の軍事同盟はヨーロッパとアジア太平洋地域を包括するより広い範囲に拡大しており、その侵略の鋭鋒は他でもない米国の最も敵対的な敵手であり、最も長い交戦国である我が国家に集中しています。今は、有事の際に米帝と追従国家の軍隊が国連ではなくNATOのような軍事同盟の看板を使って朝鮮半島地域に堂々と現れたとしても全くおかしくない状況です。
米国の奴らと韓国の奴らはとても危険な結果を招来する行為に寄りついています。米日韓は朝鮮半島と地域の平和と安定を破壊した重犯人の責任から絶対に抜け出すことができません。朝鮮半島の安全環境を刻一刻迷宮内に追い込む、平和と安定の破壊集団の頭である米国の汚い正体性は、我々がいかなる戦略的選択で我々の敵手を収めなければならないかを反復的に体感させるようになっています」
北朝鮮の従来からの米国観や情勢認識から外れる内容ではなく、「米国の奴ら(ノムドゥル)」という表現も用いるなど、対米非難という意味ではやや強めの印象を受ける。但し、トランプ再選やそれと関連した内容は語られておらず、あくまで「今」の状況のみを説明しているという点に留意したい。
この記事の著者・宮塚利雄さんのメルマガ
言うまでもないが、金正恩とトランプは三度にわたる首脳会談を行った「旧知の仲」である。直接の会談のみならず何度も書簡を交わしており、それらは時に葛藤を伴いつつも、トランプを「卓越した政治感覚を生まれ持った閣下」と激賞するなど、「話せる相手」としてのある種の信頼感を抱く存在でもあった。本来、北朝鮮にとってコンサバティヴな政権は組しがたい相手のはずだが、金正恩に限らず北朝鮮の首脳部は対外交渉において、伝統的に「弱いリベラル」より「強いコンサバ」を好むのである。
北朝鮮の対日外交の歴史を顧みるとそれがわかりやすい。1990年のいわゆる金丸訪朝団の際、金日成は友党である社会党の田辺誠副委員長をほったらかして、当時の日本政界のドン・金丸信元副総理だけを妙高山に招いた。2002年と2004年の日朝首脳会談で金正日は小泉純一郎首相と相対したが、小泉はいわゆる「不審船」や朝銀の経営破綻等への対応など、北朝鮮の意に沿わない政策を重ねており、小泉は表向きには非難の対象であった。例え主義主張が異なっていても、相手が国内を束ねる実力者であれば、対等な交渉相手として遇する。そこにあるのは、水面下の緻密な交渉よりもトップ同士の交渉で決断を促す、つまりは正面突破を好む傾向である。但し、それは先方が交渉に応じてくれることが前提で、例え「強いコンサバ」でも、ジョージ・W・ブッシュ元大統領のように本気で戦争を仕掛けてくるような相手ではいけないし、安倍晋三元首相のように強硬姿勢を崩さず、交渉の余地を与えない相手でもいけない。
少なくともトランプ政権は北朝鮮にとって「話せる相手」になるはずである。表層では批判もすれば要求も突き付けるが、今後、様々な形で首脳会談実現を図る動きも活発化するに相違ない。月並みではあるが、現時点では「お手並み拝見」ということにしておきたい。(宮塚コリア研究所 専門研究員 新井田実志)
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