防犯カメラの現場映像とともに、世界で大きく報じられたアメリカの大手医療保険会社CEO射殺事件。容疑者は事件から5日後に逮捕されましたが、米国内では意外な事態が巻き起こっていると言います。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では著者の伊東森さんが、容疑者を「英雄視」するアメリカ国民が続出している現状を紹介。さらにこの事件がトランプ新大統領とイーロン・マスク氏に逆風をもたらしかねない理由を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:ユナイテッドヘルスケアCEO射殺事件でトランプ×イーロン・マスク連合に逆風? 薬きょうには「deny(拒否)」「defend(防御)」「depose(追放)」 エラー率90%の欠陥AIで保険請求を査定か
AI使用し保険請求を不当拒否か。米保険会社CEO射殺事件で再燃するアメリカの医療保険精度への批判
12月4日、ニューヨーク市マンハッタンで、医療保険大手ユナイテッドヘルスケアのCEO、ブライアン・トンプソン氏が覆面をした男に射殺された。トンプソン氏は投資家向けイベントに向かう途中で背後から銃撃を受け(*1)、警察はこの事件を計画的な標的型攻撃と見なしている(*2)。
容疑者のルイージ・マンジョーネ(26歳)は12月9日、ペンシルベニア州アルトゥーナの飲食店で逮捕され(*3)、12月17日にマンハッタンの大陪審によって正式に起訴された(*4)。検察は、この事件が「テロ行為を助長する意図」があった可能性を指摘している(*5)。
一方、事件を契機に、アメリカの医療保険制度への批判が再燃した。ユナイテッドヘルスケアは、AI技術を使用して保険請求を不当に拒否したとされる疑惑が浮上しており(*6)、SNS上では同社に対する不満を訴える声が広がっている(*7)。
SNSでは「#FreeLuigi」などのハッシュタグが広まり、数千万のインプレッションを獲得(*8)。弁護士費用の募金活動が活発化し、匿名の支持者が多額の寄付を行った(*9)。まさに「巨大な悪徳企業と闘うロビン・フッド」のような存在として英雄視されるに至った(*10)。
薬きょうに刻まれた「deny(拒否)」「defend(防御)」「depose(追放)」の意味
射殺事件においては、現場に残された薬きょうに刻まれた謎のメッセージが、保険業界の問題を象徴する可能性があるとして、注目を集めた。
薬きょうには「deny(拒否)」「defend(防御)」「depose(追放)」という言葉が刻まれていたと報道(*11)。これらの言葉は、保険会社が保険金の支払いを避けるために使用する戦術を表しているという。
特に「deny(拒否)」と「delay(遅延)」という言葉は、保険業界の問題を指摘する文脈でよく使用されるとのこと。これらの言葉は、ジェイ・M・ファインマンによる2010年の著書『Delay, Deny, Defend: Why Insurance Companies Don’t Pay Claims and What You Can Do About It(遅延、拒否、防御: なぜ保険会社が保険金を支払わないのか、そしてそれについて何ができるのか)』のタイトルにも使用されている(*12)。
この本では、保険業界が1990年代前半から保険金請求プロセスを大幅に見直し、利益を重視する方向へシフトしたことが指摘されている。また著者によると、保険会社は支払額を算出するためにコンピューターシステムを使い始め、クレーム申請者が弁護士を雇うことを思いとどまらせるようになったという(*13)。
事件は、保険業界の問題点を浮き彫りにし、保険金支払いの遅延や拒否が深刻な問題となっていることを示唆した。
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多数の保険請求を拒否したエラー率90%の欠陥AI
一方、ユナイテッドヘルスケアは、AIシステム「nH Predict」を使用して保険請求を拒否していたとされる(*14)。しかし同社が使用していたAIシステムに関して、重大な問題が指摘。この点についてもアメリカの医療保険制度の問題点を表出させた。
同社が使用していたAIシステムには、エラー率が90%に達する可能性があると指摘(*15)。他にも、患者の併存疾患や入院中に発症した病気など、多くの関連要因を考慮していない(*16)との指摘や既存のプランでは100日間のケアを受けられるはずのものを、最大でも14日の保障で十分と結論づけるなど、非常に厳しい推定を行っていたとのこと(*17)。
昨年11月、ユナイテッドヘルスグループに対して集団訴訟が提起。訴訟の原告は、被保険者全員が不服を申し立てた場合、その90%以上が認められるはずだと主張(*18)。「ユナイテッドヘルスはAIが明らかに不正確な値を打ち出していることを理解しておくべきだった」との批判が巻き起こった(*19)。
欠陥AIが使用された背景には、2020年にユナイテッドヘルスがNaviHealthを買収して以降、患者へのケア提供期間を可能な限り短くすることが重視されるようになり、病気やケガの発生後のケアを早期に行うことに重点が置かれるようになったとのこと(*20)。
「トランプ×イーロン・マスク連合に逆風」という思わぬ事態
今後、事態を思わぬ方向に進む可能性もある。
11月に再選されたドナルド・トランプ政権が進めると見られる予算削減政策では、特にメディケア(高齢者向け医療保険)や退役軍人向け医療サービスへの影響が予想されており、保険金請求の却下がさらに増加する可能性が指摘されている。
トランプ政権は過去にも医療保険制度改革(オバマケア)の撤廃や弱体化を試みており、医療関連予算の削減が進められる可能性が(*21)。
また民間警備会社のCEOによると、企業やその幹部が政治活動家の標的になっているケースが増えており、特に気候変動や中東の紛争といった問題が影響を与えているという。これにより、企業は幹部の安全を確保するために多額の費用をかけてボディーガードを雇う傾向が強まっている。
事実、メタ(Meta)社は2023年にマーク・ザッカーバーグ氏の警護に2,340万ドルを支出し、Googleもサンダー・ピチャイ氏のために680万ドルを費やした。
ドナルド・トランプの親衛隊と化したイーロン・マスクのボディーガード体制も、近年大幅に強化。マスクは最大20人のボディーガードと医療専門家を伴って移動しているとのこと。
全米に思わぬ熱狂を持たした射殺事件は、しかし次期トランプ政権×イーロン・マスク連合に逆風をもたらしかねない。
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■引用・参考文献
(*1)Jonathan Dienst, Kai Ma and Phil Helsel「Suspect in CEO’s killing wasn’t insured by UnitedHealthcare, company says」NBC NEWS 12月13日
(*2)川島実佳「保険CEO射殺事件に見る『アメリカ保険制度』の闇」NewSphere 2024年12月16日
(*3)Jonathan Dienst, Kai Ma and Phil Helse 2024年12月13日
(*4)「米CEO殺害の容疑者を起訴、保険会社に対する憤りあおった『テロ行為』」CNN.jp 2024年12月18日
(*5)CNN.jp 2024年12月18日
(*6)川島実佳 12月16日
(*7)CNN.jp 2024年12月18日
(*8)Yoko Nagasaka「アメリカ社会を毒する、保険会社CEO殺害容疑者ルイジ・マンジョーネのダークヒーロー化」esquire 2024年12月16日
(*9)Yoko Nagasak 2024年12月16日
(*10)川島実佳 12月16日
(*11)Jordan Hart,Geoff Weiss「【容疑者を逮捕】米保険会社CEO殺害事件で現場に残されたメッセージと『ある書籍』の関係は?」BUSINESS INSIDER 2024年12月10日
(*12)Jordan Hart,Geoff Weiss 2024年12月10日
(*13)Jordan Hart,Geoff Weiss 2024年12月10日
(*14)川島実佳 2024年12月16日
(*15)「保険会社がAIを使って医療保障を不当に拒否したとの訴訟が起こされる」GIGAZINE 2023年11月22日
(*16)GIGAZINE 2023年11月22日
(*17)GIGAZINE 2023年11月22日
(*18)GIGAZINE 2023年11月22日
(*19)GIGAZINE 2023年11月22日
(*20)GIGAZINE2023年11月22日
(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2024年12月21日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
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