保険会社CEO射殺に「全米が共感」の怪。なぜアメリカ医療保険大手は“復讐されても同情できない”あこぎな商売に手を染めたのか

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米医療保険大手ユナイテッド・ヘルスケアのブライアン・トンプソンCEO(50)が、NYマンハッタンのホテル前で銃撃され死亡した事件。米国在住作家の冷泉彰彦氏によれば、多くの現地アメリカ人はこの凶行に「どこかで共感」し「あり得ること」と受け止めているという。米国民の本音が“復讐されたとしても同情などできない”だとすると、その背景にはどんな闇があるのだろうか。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:保険会社CEO暗殺に揺れるNY

重要参考人確保について(追記)

本稿脱稿の直前に、重要参考人確保という速報が入ってきました。手配中の男が、ペンシルベニア州のアルトーナ町というアパラチア山脈の奥で通報により確保されたというのです。メリーランド州出身で26歳のルイジ・マンジオーネというのがその男で、これにより捜査が一気に進展するのかどうか、非常に関心が持たれるところです。

さらに続報としては、マンジオーネは凶器と思われる静音銃ではなく、3Dプリンターで作ったダミー銃と、医療保険業界を批判する手書きの宣言文を所持していたそうです。確保されたのはマクドナルドの店内でした。

捜査当局は安堵しているようですが、冷徹に暗殺を実行しておきながら、多くのカメラに顔を写させ、簡単に捕まったというのは、その全体に不自然な点が残ります。医療保険に恨みを持つ者の怨恨を動機とした犯罪にしても、政治的テロだとしても、やはり不自然という印象は消えません。引き続き続報を待ちたいと思います。

「ユナイテッド・ヘルスケア」トンプソンCEOが銃撃され死亡

12月4日の水曜日早朝、ニューヨークの54番街にある世界的にも有名な「ニュー・ヨーク・ヒルトン・ホテル」の正面玄関近くで、ユナイテッド・ヘルス保険のブライアン・トンプソンCEOが射殺されました。この事件は、NY市を揺るがせただけでなく全米に衝撃を与え、5日後の現時点でもまだトップニュース扱いとなっています。

この間、韓国の戒厳令未遂、シリアのアサド政権崩壊など連日のように、大きなニュースが続いていますが、この保険会社CEO暗殺事件への関心は依然として非常に高くなっています。そこには2つの理由が見て取れます。

1つ目は、どうやら高度なプロによる犯行だということです。現在のNYは、2000年代から始まった監視カメラの設置が進んでおり、背後からトンプソン氏を狙撃した犯行の決定的な瞬間までがカメラに記録されています。また、真正面からではないものの実行犯の顔写真も複数公開されています。にもかかわらず、現時点では捜査は極めて難航しています。

判明している経緯に関しては、まるで良くできた探偵小説のようです。まず凶器ですが、第一報では狙撃犯の行動が緩慢なことから、セミオートマチック銃がうまく作動せず、マニュアルで装填していたと割れていました。ですが、その後の検証によれば、どうやら凶器はプロ用に作られたスイスの「ブリュッガー&トーメ(BT)」社製の「VP9」もしくは同じくBTの米国輸出用モデルである「ステーションSIX9」である可能性が指摘されています。

このモデルは2種ともに、消音拳銃、つまりサイレンサーを後付で装着するのではなく、元から高度な消音機構を備えているものです。消音機能があまりに優れている一方で、装填は完全にマニュアル、また射撃精度は高くなく射撃には相当な技量が要求されると言われています。

そもそもは、家畜等を静かに安楽死させるために開発されたということですが、軍や警察の界隈では、高度な特殊任務における暗殺用には最適という評価もあるようです。そんな凶器を平然と使いこなしている実行犯は、相当なプロである可能性があり、警察関係者はショックを受けているようです。

問題は、まずこの凶器が発見されていないことです。犯人は、非常に特徴的なグレーの小型バックパックを背負っており、その中に凶器を隠してレンタルの電動自転車で犯行現場に行き、犯行後は速やかにその自転車で立ち去っています。その自転車は、85丁目まで自転車で上り、86丁目でタクシーに乗り換えてGW橋のバスターミナルに消えています。

その後、問題のバックパックがこの経路に近いセントラルパーク内に放置されているのが発見されています。ですが、その中には凶器であるBT銃はなく、その代わりに「ゲーム用のダミー紙幣の札束」が入っていたというのです。まるで、捜査当局に挑戦するような仕掛けであり、まさに小説さながらの展開です。

前後しますが、犯行に及ぶ前の流れについては、以下のように推定されています。10日前の11月24日に狙撃犯はアトランタ発の「グレイハウンド」バスでNYに入り、ウエストサイドのホステル(簡易宿泊所)にチェックイン。その後は、犯行現場となった「ニュー・ヨーク・ヒルトン」の下見などを行っていたようです。また、犯行後は、バスターミナルに消えたということで、市警察は狙撃犯は既に州外に逃亡した可能性が高いとしています。

航空機や長距離特急鉄道に関しては、乗車にあたって実名による予約と、IDの提示が必要ですが、バスはそうした規制が緩く、また良くも悪くもプライバシーの問題があるので、監視カメラも設置されていません。この点を狙撃犯は利用しているのは明らかです。

「否認せよ、弁護せよ、言質を取れ」顧客に保険金を払わない、アメリカ医療保険の深い闇

2点目は、実際に狙撃に使われた薬莢に書かれていたメッセージです。捜査員の証言として、APが報じているのですが、銃弾には “deny, defend, depose” (否認せよ、弁護せよ、言質を取れ)という3語が書かれていたというのです。この点が、実に猟奇的であり、この事件への関心を複雑化させていると言っても良いと思います。もっと言えば、この3つの言葉がアメリカ社会を震え上がらせているのです。

この3語ですが、この組み合わせはそれほど有名なフレーズではありません。ですが、極めて有名なフレーズである “delay, deny, defend”(否認せよ、遅らせよ、弁護せよ)に似ていると言えます。このフレーズは、保険業界では一般的なものです。要するに、保険加入者から保険金申請については「まず否認」して相手が引っ込むのを待ち、受理した場合は処理をできるだけ「遅らせ」、とにかく保険会社の利害を守れ、という一種の内部スローガンです。

このスローガンですが、特に損保業界内部では良く言われているようで、自動車保険にしても、火災保険にしても恐らくは日本でも似たようなことはあると思います。保険金支払いの請求をしたとして、喜んでホイホイと保険金が払われるという例は少なく、多くの場合はあれこれと難癖をつけるとか、支払いを遅らせるということはあり得るからです。ちなみに、現在の日本の損保業界はいわゆるコンプラを重視するなど、ある程度は近代化されていますが、昭和の時代などはもっと支払いは渋かったわけで、まさに「否認、遅延」を食らう事は良くあったのです。

ちなみに、アメリカの場合ですが、損保業界に関してはコンプラということ以前に、競争が激しいので近年は顧客満足度の向上が図られており、特に自動車保険や火災保険の場合は、保険金支払いの手続きは透明になってきています。問題は、同じ保険業界の中でも今でも明らかに「否認、遅延、自己弁護」的なイメージがある医療保険の分野だということです。

そして、今回暗殺されたのがほかでもない、その医療保険業界でシェア1位(約15%)であるユナイテッドのCEOだというわけです。その暗殺に使われた銃弾の薬莢に、このフレーズに酷似した文言が書かれていた。これが今、全米を震撼させているのです。

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