いよいよ1月20日に迫ったトランプ氏の大統領就任式。「前回就任時以上の世界の大混乱」を危惧する声も多数上がっていますが、識者は「トランプ2.0」どう読むのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、トランプ政権がアメリカを再び偉大な国にすることが困難である理由と、石破政権が被りかねない大きな損害について解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:2025年はどういう年になるのか/トランプによる世界撹乱で真っ先に沈没するのは石破政権かもしれないという憂鬱
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
初っ端に沈没するのは石破政権か。トランプに撹乱される2025年の国際社会
2025年は、1月20日のトランプ米大統領就任で事実上、幕が明ける。放言癖・虚言癖は相変わらずだが、8年前と比べると認知障害、妄想性障害が一段と亢進しているようで(本誌No.1289参照)、今なお最大の経済大国であり史上最強の軍事帝国でもある国の最高指導者がそんな風であるという前代未聞の事態にどう対処すべきか、全世界に困惑が広がっている。
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鉄鋼市場ではすでに二流か三流国に成り下がっている米国
実際、トランプの発言はますます思いつき的な短絡性を強めていて、その場はそれでいいとしても後の落とし所も何もないといった、本当の言いっ放しの無責任が目立つようになった。
日本製鉄が約150億ドルでUSスチール買収するという取引を阻止しようとしている一件がその典型で、トランプは12月2日に自身のSNSで「かつて偉大で強力だったUSスチールが外国企業に買収されることに全面的に反対だ」「買収者は(暗い夜道に、という意味なら脅迫に当たるが?)気を付けろ!」と喚き、その言葉の激しさに釣られたのかバイデン現大統領も、改めて反対を表明した。
それに対し当のUSスチールは12月27日に声明を出し、「日本製鉄による買収は中国の脅威に対抗し、米国の鉄鋼業が競争力を強化できる唯一の手段だ。買収が不成立なら喜ぶのは〔買収に反対している〕全米鉄鋼労組と北京だけだ」と強く反論した。
いくらトランプが凄んだところで、2023年の世界の粗鋼生産ランキングを見れば、ダントツのトップは中国宝武鉄鋼集団(13077万トン)、2位がルクセンブルクのアルセロール・ミッタル(6852)。4位に日本製鉄(4366)、7位に韓国のPOSCO(3844)、10位にインドのタタ製鉄(2950)は入るが、10位以内の残り5社は全て中国。つまりトップ10の6社までもが中国企業なのである。
さらに11位から50位までを見ても、40社中21社が中国企業で、米国企業はといえばその間にようやく、15位ニューコア(2120)、22位クリーブランド・クリフス(1727)、24位USスチール(1517)が入ってくるという有様で、つまりは米国は世界の鉄鋼市場ではとっくに二流国か三流国に成り下がっているのである。
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単純な事実を理解できぬ人物を大統領に選んでしまった米国民
国別の粗鋼生産量をみても、中国(1位)・インド(2位)・ロシア(7位)・ブラジル(11位)のBRICs4カ国合計は、G7のいわゆる旧先進7カ国合計の5.0倍。BRICS加盟国のイラン(12位)・エジプト(20位)・サウジアラビア(22位)・南アフリカ(34位)・UAE(41位)まで加えてBRICS9カ国合計とすればG7の5.3倍である。
これだけを見ても、トランプが「〔暗い夜道に?〕気をつけろ」と言っても、それで恐れ入るような世界ではなくなっているのに、ご本人だけがそのことに気付いていない「裸の王様」状態であることがよく分かるだろう。
それでも買収を阻止するというなら、USスチール社はそれが中国の脅威から米国の鉄鋼業を守る「唯一の手段だ」と言い切っているのだから、トランプは「いや、こうすればUSスチールと米鉄鋼業は守ることができる」と代替案を示さなけれならないが、そんなものは持ち合わせていない。
つまり「米国第一」というのは中身のない、単なる「掛け声」あるいはお祭りの「わっしょい」のような囃し言葉であって、それだけでは米国が再び「偉大」になることはあり得ない。
トランプが主張する「関税乱発」策も同じ問題の構造で、中国に対する追加関税60%とかメキシコの自動車に200%以上とかを実施すれば、確かにその分、輸入には歯止めはかかるだろうが、だからと言ってすぐに国内でそれを穴埋めするだけの製造業が育ってくるはずもなく、困るのは米国の企業や消費者である。代替策の用意なしに目先の出る杭を打って見せるだけではそうなるに決まっている。
フランスの皮肉屋の文明批評家=エマニュエル・トッドが『帝国以後』(藤原書店、2003年刊)で、
経済制裁や金融フロー中断の脅しは、もちろん世界経済にとって破滅的には違いないが、それでまず最初に打撃を受けるのは、あらゆる種類の供給について世界に依存している米国自身なのだ。
と喝破したが、それから20年経ってもまだこの単純な事実を理解できない程度の人物を大統領に選んでしまうのが米国民である。
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トランプの戯言に過ぎないグリーンランド買い取り案
トランプが、
- デンマークの自治領グリーランドの買い取り
- カナダを米国の51番目の州への編入
- パナマ運河の管轄権復活
などを言い出していることも、彼の認知障害・妄想性障害が相当悪化して狂気に近づきつつあることの現れと考えて差し支えない。
グリーランドについて最初に口にしたのは、第1期途中の2019年のことで、これにはデンマーク首相が強く反発、予定されていたトランプのデンマーク訪問が中止となる騒ぎとなった。
その時は、彼の関心は石炭や亜鉛、銅、鉄鋼などの天然資源にあると報じられたが、今回はそれよりも「国家安全保障と世界の自由のために、米国はグリーンランドの所有と管理が絶対的に必要」と強調している。
これに関連して、12月26日付の毎日新聞に「ロンドン篠田航一」署名の記事があり、「米ニュースサイト『ポリティカ』によると、仮にロシアが米側に向けて核ミサイルを発射した場合、グリーンランド上空を通る可能性が高い」ことがトランプがここを欲しがる地政学的理由であると述べられているが、これには「あれれ?」と引っかかった。
この北極圏越しの米露ミサイル対決という問題は、私が『最新・世界地図の読み方』(講談社現代新書、1999年刊=絶版)などで盛んに論じてきたところで、大凡の地理関係は頭に入っている。
ロシアの陸上固定のICBM基地の多くがあるとされる東経100度以東の東シベリアのどこかから西経75~80度のニューヨークやワシントンDCに向け北極点越しに発射した場合は、グリーンランドの端っこを掠めるかもしれないが「上空を通る」という感じにはならない。
それにそもそも、ICBMは偵察衛星の目に晒される陸上発射よりも、衛星からは探知不能な潜水艦からの海中発射が重視されるようになっているはずで、その場合はグリーランドは地理的には全く関係がない。
それでも、もしかするとポリティカに「上空を通る」という記述があるのかと探求したが、すでに削除されたのか、そのような記事は見つからなかった。
確かに、米国はグリーンランド西岸に1950年代から「ピツフィク空軍(現在は宇宙軍)基地」を保有していて、それは北極圏空域の監視に役立ってはいるのだろうけれども、その機能に何らかの障害が生じ、グリーランドそのものを米国が買い取らなければそれを克服できないほどの重大事情が発生しているという話は皆無。
詰まるところこの主張は、トランプの不動産屋的な地上げ屋感覚に基づく単なる戯言に過ぎず、マスコミがそれに何か重大な地政学的根拠があるかのように論じてバックアップしてやる必要などどこにもありはしない。トランプに対して「バカ言ってんじゃね~よ!」と切って捨てればいいのである。
にも関わらず、この篠田さんという方は、毎日新聞ロンドン支局長らしいのだが、こういうあやふや記事を書き、トランプが何か世界にとって意味のあることを言っているかのような幻想を拡散する役目を果たしている。地政学的な話をする場合は、せめて初歩的な動作として、関連する地図(図1、2参照)を眺めてから記事を書いた方がいいんじゃないでしょうか。
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内閣の寿命を余計に縮めることになるかもしれない石破首相
このようなトランプの狂乱化に対して、欧州やロシア、中国など各国は、適当に躱(かわ)したり去(い)なしたりしながら、出来るだけまともにぶつかり合うことのないよう大人の付き合いをしようとするだろうが、石破茂首相は本来の性格が真面目すぎることに加えて、「米国は盟主」だと思う冷戦時代の価値観から未だに自由になっていない(その証拠が彼の「アジア版NATO」と言う時代遅れの構想)ことから、そのように上手く立ち回れないかもしれない。
とりわけ、トランプからの誘いに応じて1月中旬に訪米して就任前の彼と会談するのは、かなり危険で、いきなりビーンボールを投げられて重傷を負う可能性がある。
トランプの流儀はシンプルで、1対1の駆け引きを重視し、相手に弱みがあると見れば一歩も二歩も遠慮なく踏み込んで得点を上げようとするだろう。その手に引っかからないようにするには、周到な準備と根回しが必要で、「就任前に会ってくれれるのなら喜んで飛んで行こう」などと軽々しい構えでいると、それでなくとも短いと予想されている内閣の寿命を余計に縮めることになるかもしれない。
憂鬱極まりない新年である。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年12月31日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上、12月分のバックナンバーをお求めください)
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