大学に進学し、一流企業に就職すれば幸せな生活が待っている──。多くの日本人が抱いているそのイメージは、もはや崩壊しつつあるようです。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、ファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、大学進学だけを目指す教育に疑問を感じている理由を語っています。
教育特区で中学校職業教育を
1.大卒神話の崩壊
現在の義務教育は、大学進学を主な目標にしている。更に、米国に留学してMBA(経営学修士)の資格を取得すれば完璧だ。一流企業に就職すれば、生涯の幸せな生活が待っている。これは、日本だけでなく、世界中の若者が共有しているイメージではないか。
しかし、このイメージが崩壊しつつある。貧富の格差が拡大する中で、大学の学費は高騰し、多くの学生は奨学金や学費ローンの返済に苦しむようになった。大卒人口が増え続ける一方で、世界経済は減退している。販売、生産の現場では人手不足が続き、ホワイトカラーはAIの進化とともに余剰が目立っている。
こうした状況を踏まえ、最近では大学進学ではなく、ブルーカラーの職業を目指す若者も増えている。特に、米国では大企業に就職するより、時間に縛られず、ストレスもなく、収入も良いというのだ。
同様に、中国も大学を卒業しても職がなく、フードデリバリーやウーバーのような歩合給の仕事に甘んじている若者が多い。大学進学をやめて、専門学校進学に切り替える人も増加しているようだ。
日本では外国人労働者や非正規雇用社員の活用により、正社員の雇用を守っている。もし、需給バランスによる市場原理が機能すれば、現場の人件費は更に高騰するだろう。
このような人材のミスマッチが起きている中で、教育制度だけが旧態依然のままであり、大学進学を目指す教育だけでよいのだろうか。
2.不登校増加への対応
学校教育も不具合が生じている。不登校児童は30年以上にわたって増加傾向にあり、特に令和2~4年度の中学校の不登校は急増している。
令和4年度の在籍児童生徒に占める不登校児童生徒の割合は3.2%で、小学校では約60人に1人、中学校では約17人に1人が不登校となっている。
文部科学省の調査によると、不登校の理由として「無気力・不安」が約41%、「親子のかかわり方」が約16%、「いじめを除く友人関係をめぐる問題」が約10%という割合で挙がっている。 また、不登校のタイプとして、親子分離不安型や情緒混乱型などがある。親子分離不安型は、保護者から離れることに強い不安や恐怖を感じ、登校をしぶるタイプ。情緒混乱型は、「真面目」「几帳面」「向上心が強い」などの性格の生徒に多く、保護者から離されることへの強い不安(分離不安)や、優等生としてのプレッシャーなどが要因とみられる。
これらに共通するのは、他者とのコミュニケーションではないか。
核家族化、少子化が進み、家族という限定された人間関係の中で安心安全な生活をしてきた子供が、先生や同級生、部活動の先輩等という他人と接し、決められた時間とルールに縛られ、共同生活を強制されるのだから、問題が生じるのは当然だ。
親や教師も子供とのコミュニケーションが得意な人ばかりではない。社会人としての人間関係が苦手な人も多いだろう。もちろん、子供たちも他者とのコミュニケーションは苦手なことが多い。周囲を信頼できない人に囲まれていれば、無気力、不安を抱えるのも当然だ。親、教師、同級生と信頼関係を築けないのに、自由を奪われて興味のない勉強を強制される。刑務所か軍隊のような環境だ。これでは不登校になるのも不思議ではない。
もし、学校の授業にもっと自由裁量を与え、子供が好きな内容を学ぶことが出来れば学校は楽しい場になるだろう。
また、教師だけでなく、地域住民や地域企業の人たちが教室で教えるようになれば、刑務所のような閉鎖的な環境ではなく、開放された環境にすることが出来る。
それでも学校に来たくないなら、オンライン授業や動画教材で補うことも可能だろう。
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3.デジタルネイティブ対応の教育
現在、我々はスマホに依存して生活している。乳幼児が愚図ると親がスマホを与えるケースも少なくない。親の顔や声を覚える前に、スマホの操作を覚える子供もいるだろう。検索ができるようになれば、次々と情報が提供されるので、興味のあることには大人より詳しい子供もいる。まさに、デジタルネイティブである。
デジタルネイティブの特徴としては、次のようなものがある。
(1) デジタルリテラシーが高い
(2) スマートフォンやタブレットの操作に慣れている
(3) アプリを活用して日常生活を効率化している
(4) インターネットを通じたコミュニケーションを活発に行っている
(5) 情報収集能力が高い
(6) SNSをフル活用している
こうした生活環境の変化に学校は対応できていない。物心ついた時からスマホが存在した世代にとって、アナログな教育システムは効率が悪く低レベルなものに違いない。スマホを開けば高度で専門的な情報が入手できるのに、それを禁止され、興味のわかない授業を強制される。学校、教師、親に対して、不信感を抱くのも不思議ではない。
特に自我に目覚める中学生に対する教育の革新が必要ではないだろうか。
4.職業に直結した中学教育を
まず、生徒全員に一律的な教育を行うという前提を疑わなければならない。人間は多様であり、能力も価値観も異なる。将来の目標も大学進学、サラリーマンだけではない。
現在は中卒で就職する人は少ないが、今後は好きな仕事を早い時期から開始したいという希望も増えるだろう。その場合も、一度社会に出てから、改めて専門的な研究を行える可能性を確保しておきたい。
中卒から社会人になることを前提に考えれば、受験を前提にした教育では対応できない。もっと、職業に直結した実践的な教育プログラムが必要になる。
生活に必要な「読み書き算盤」や、職業教育の基礎となる「技術家庭」で教える調理、裁縫、木工、電気等に関するモノづくり、音楽、美術、体育等がより重要になる。これらの教育には、既存の教師だけでなく、地域の芸術家、技術者、経営者等の参画が効果的である。外部の人材が生徒と交流することで、開放的な環境になれば「いじめ」も減るのではないか。
実技を伴う科目は選択制にしても良いし、座学中心の科目はリモート授業やタブレット活用の自習でも対応できるだろう。
自分の興味のある科目を選択し、地域の専門家と交流することで、生徒は自主性が高まれば、無気力、無関心な生徒は減少するだろう。
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5.教育特区で地場産業を学ぶ
こうした実験的な教育を実践しようとしても、文科省教育指導要領がある限り、自由なカリキュラムの組み立ては難しい。
しかし、教育特区制度を活用すれば実現可能である。
教育特区とは、特定の地域において教育に関する規制を緩和し、地域の特色を生かした教育課程や学校運営を実施するための特別な区域のことを指す。この制度は、2003年に導入された「構造改革特別区域法」に基づくもので、地域の活性化を目的として特定の規制を緩和することが可能になる。
教育特区の主な目的は、地域ニーズに応じた教育の提供を促進することだ。例えば、特区内では株式会社が学校を設立することが可能となり、これにより多様な教育機関の設立が促進された。通常、学校の設置主体は国や地方公共団体、学校法人に限定されているが、特区ではこの制限が緩和され、地域の特色に応じた教育が実現可能になる。
具体的な例としては、世田谷区の「日本語教育特区」や、宮城県角田市の「小学校英語教育推進特区」などが挙げられる。これらの特区では、地域の特性を生かした教育課程が編成され、地域住民の教育ニーズに応じた取り組みが行われている。
地域の特色に応じた教育という意味では、地場産業との連携が今後の主流になるのではないか。既存の公立中学校の中に職業教育コースを設置し、大学進学とは異なる選択肢を生徒に与えることもできるだろう。
あるいは、特別講義として、地域の経営者や技術者による「地場産業を学ぶ」「商店街を学ぶ」という講座を行う。地場産業や地元企業、多様な職業を認知してもらうことで、地元での就職を推進することも可能だろう。
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■編集後記「締めの都々逸」
「大学出たけど 仕事がなくて 手に職つける 決意する」
教育特区制度は、小泉構造改革で生まれた制度です。郵政民営化より価値ある制度だと思いますが、あまり活用されていません。
地場産業は経産省の管轄であり、文科省との付き合いがないんですな。私も教育による地場産業活性化は考えたことがありませんでした。
今後は早くから進路を見定めて、早い時期に社会に出た人が幸せになる時代になるかもしれません。自分の進路が決まらない人が大学まで進学する。学歴で給料を査定するのをやめて、能力や実績で査定するようになれば、問題ないと思います。
学校も時代に取り残されていますよね。もっと楽しく、効率よくできると思うのですが、大学の先生はそういうことを考えてくれないんだなぁ。(坂口昌章)
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