地域によっては半数以上の職員がパワハラの被害を訴えるなど、ハラスメントの横行が問題視されている消防庁。なぜ人命救助を最大の任務とする現場が、このような状況に陥り続けているのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんが、ハラスメントという「職場のいじめ」がなくならない理由を考察。その上で、現状を打破するために明確にすべきポイントを提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:人を傷つけずにいられない“職場”
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
「大人のいじめ」には尽くす言い訳。人を傷つけずにいられない職場の薄気味悪さ
消防本部や消防署で、2023年度に暴力や性的嫌がらせなどハラスメント行為が少なくとも176件発生し、206人の幹部級隊員が懲戒処分されていたことが総務省の実態調査で明らかになりました。
つい先日も、成田市消防本部で30代の副主査の男性隊員が、後輩の職員に対し訓練中に人格を否定する発言を繰り返したり、後輩が食事の準備をしていた際に盛りつけの指示に従わなかったとして、調理のために持っていた刃物を手にしたまま近づき叱責。パワハラ認定され、減給6カ月の懲戒処分を受けました。
また、熊本でも40代の男性の消防職員が、部下の男性に対して平手打ちをするなどパワハラを行ったとして、停職4カ月の懲戒処分になっています。
数年前には自衛隊のハラスメントが度々報じられ、今度は消防隊員です。人の命を守る職業に就いている人たちが、自分の半径3メートル世界の“仲間”を傷つける行為をいまだに行なっているとは残念としか言いようがありません。
どちらも序列の厳しい、いわゆる軍隊的な組織ですからハラスメントが起こりやすい構造ではあります。しかし、ハラスメントはもう絶対にやってはいけないのです。
むろん次々とハラスメント問題が報じられるのは、「浄化作用」が進んでいるという解釈もできます。それにしても…です。「このご時世にそりゃあないでしょ?」といった化石みたいな上司部下関係が存在し続けていることが、なんとも薄気味悪くてしかたがありません。
そもそもハラスメントは「大人のいじめ」です。子どものいじめには「絶対にNO!」を突きつける大人たちが、大人のいじめには何かにつけて言い訳をする。「指導とハラスメントの境界線がわからない」だの「部下を成長させようと思った」だの「厳しくしないと甘くみられてしまう」だのと、いじめを正当化します。
消防署のパワハラが報じられた時もそうでした。「厳しい現場だから、上司が厳しくなるのは仕方がない」といった意見がSNSには少なくありませんでした。
以前、フランスでハラスメント問題に関わっていた研究者から話を聞く機会があったのですが、彼らが繰り返したのは「職場のいじめはなくなることはない」という言葉です。だからこそ「法律が大切なんだ」と。
企業や組織に存在するハラスメントを引き起こす責任
フランスでは2001年に職場におけるモラハラ防止策を盛り込んだ「社会近代化法」が成立し、02年には「労使関係近代化法(労働法)」で企業内におけるモラハラを規制する条文を導入。さらには刑法にも罰則規定を設けました。
その一方で、徹底した「人権教育」を小さい頃から行い、経営者には「人権侵害」を防止する経営を求め続けています。17年に制定された人権DD法(企業注意義務法)はその一つです。
これは国内の大企業を対象に、人権侵害や環境被害を防止するためのDD計画の策定・実施・開示を義務づけるもので、複数のNGOの提言により議会で議論され、成立しました(DD=デューディリジェンス)。
また、職場でパワハラが発覚した際には、個人間の問題ではなく会社組織の問題として経営側にその責任を求めます。
先の労働法では、「従業員は、権利と尊厳を侵害する可能性のある、身体的・精神的健康を悪化させるような労働条件の悪化をまねくあるいは悪化をさせることを目的とする繰り返しの行為に苦しむべきではない」とし、「雇用者には予防義務があり、従業員の身体的・精神的健康を守り、安全を保障するために必要な対策をとらなければならず、また、モラルハラスメント予防について必要な対策を講じなければならない」と、企業に予防・禁止措置を課しています。
DD法も、その流れの中で成立しました。
日本の法律の問題点はこれまでも繰り返し指摘してきましたが、日本に徹底して欠けているのが「組織的ハラスメント」の考え方です。問題が起こるたびに「加害者」と「被害者」のことばかり報じられますが、こういった問題を引き起こす責任は企業や組織にあります。
フランスで「モラハラ(パワハラ)」が社会問題化するきっかけになったのは、精神科医のマリー・F・イルゴイエンヌの著書『Le Harcelement Moral: La violence perverse au quotidien(『モラルハラスメント・人を傷つけずにはいられない』)』がベストセラーになったことです。
それまで多くの人たちが「職場のいじめや暴力」を経験したり、目撃していましたが、その“問題”を“問題にする”ための言葉がなかった。そこにイリゴイエンヌ氏がもともと夫婦間の精神的暴力を示す言葉だった「モラハラ」を職場で日常的に行われているイジメに引用したことでくすぶっていた問題に火がつきいっきに法制化へと国も動き出しました。
「組織的パワハラ(モラハラ)の考え方も、「企業経営がモラハラを助長している」というイリゴイエンヌ氏の訴えが、法律で明文化された結果です。
現状を打破するためには、明確にハラスメントを禁止することを定めた法律を作る。企業にハラスメント防止措置を課すのみではなく、ハラスメントが起きた場合の「組織の責任」を明確にすることです。
みなさんのご意見や体験など、お聞かせください。
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