死者14人、負傷者6,000人以上を数えたオウム真理教による「地下鉄サリン事件」の発生から今年の3月20日で丸30年。前代未聞の無差別テロは日本社会を震撼させましたが、今や事件を知らない世代が増えているのも現実です。今回のメルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』ではジャーナリストの有田芳生さんが、先日出版されたばかりの事件当事者による書籍の内容を「一級の資料」として紹介。その上で、サリン事件の教訓を活かしているとは言い難い「日本のカルト対策」に批判的な姿勢を見せています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか
警察幹部たちが受けた衝撃。なぜ地下鉄サリン事件は防げなかったのか
オウム真理教による地下鉄サリン事件から3月20日で30年になる。
教団による一連の事件は、信者のリンチ殺人事件、坂本弁護士一家殺人事件、松本サリン事件、永岡弘行「家族会」会長暗殺未遂事件、地下鉄サリン事件など13事件で死者27人である。とくに地下鉄サリン事件が起きてからは、新聞、テレビ、週刊誌など、メディアではおびただしい報道が行われた。
3月20日の翌々日の22日には、教団施設がある山梨県上九一色村(当時)などへの一斉捜索が行われ、捜査員がカナリアが入った鳥籠を手にして教団施設に入っていく異様な光景を目にした。もしサリンがあればカナリアがいち早く察するからだ。
世間には地下鉄で事件が起きたからいっせいに強制捜査が行われたと見えたが、そうではなかった。警察庁と警視庁は、3月19日の会議で「3月22日に上九一色の教団施設をはじめとして全国の施設にいっせいに強制捜査に入る」と決めていた。
その翌日の3月20日に霞が関を狙って地下鉄サリン事件が起きたので、警察庁、警視庁の幹部たちは「やられた」と衝撃を受けた。警察官のなかには信者もいたから情報が漏れたのだろう。
捜査情報をすべて報告され、判断の中心にいたのが垣見隆・警察庁刑事局長だった。おびただしい報道が行われたが、これまで捜査の側から事件を振り返る歴史的証言はなかった。このたび刊行された『地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか 元警察庁刑事局長 30年目の証言』(朝日新聞出版)は、歴史に埋もれていた事実を資料に基づいて当事者が明らかにした一級の資料である。
事件は防げた。ではどこに問題があったのか。その問いへの答えはいまだ社会的合意になっていない。
1994年6月27日に松本サリン事件が発生し、死者8人、重症者約600人を数えた。長野県警はこの年末まで第一発見者である河野義行さんに疑惑の眼を向けると同時にオウム真理教への捜査もはじまっていた。
事件に使われたのがサリンだとすぐ分析結果が出た。長野県警はサリン製造の原材料をオウム関連団体が入手していたことを突きとめる。坂本弁護士一家事件を捜査していた神奈川県警の捜査員は、オウム真理教の機関誌が「サリン」に言及しているのを発見、警察庁に報告した。
垣見刑事局長が警察庁捜査一課広域捜査指導官室にオウムを対象とするよう指示、専従班が結成されたのは、1994年9月6日だった。神奈川県警の刑事は上九一色村の周辺を何度も歩き、草が枯れている周辺の土を採取。鑑定に出すと「サリン残滓物」であることが判明する。1994年11月のことだ。オウム真理教への疑惑は一挙に深まっていった。
一方で捜査を確実に進め、教団施設でサリンを製造していたことを確定しなければならない。オウム真理教は各地で問題を起こし、なかには事件化する拉致や監禁事件があった。それは山梨県で起きた元看護師信者の監禁であり、宮崎県で起きた旅館経営者拉致事件であった。
捜査当局は何とか上九一色村の捜索を実現したかった。1995年に入ると1月10日に上九一色村の施設をヘリで上空から撮影、防衛庁に持ち込んで分析すると化学プラントで当時は停止中であることもわかった。
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カルト対策を怠り続けてきた日本社会の30年
垣見証言は学者や新聞記者4人の丁寧な聞き取りにより、当時の諸資料をもとに詳細に語られている。宗教団体への捜索はいかになされたのか。戦前の大本事件(1921年、1935年)が参考にされたが、それは警察の宗教団体への摘発の教訓が主であって、宗教団体がテロを起こすまでに暴発したことへの視点は弱かった。
事件から30年。なぜ若者たちがオウム真理教のようなカルト教団の引き込まれ、結果的に凶悪事件に関わってしまったのか。その社会心理的な分析はほとんどなされてこなかった。
まだアナログの時代に事件は起きた。オウムに入った若者たちには、陰謀論に魅力を感じる動機もあった。いまやトランプ的な陰謀論がデジタル時代にいっきょに、しかも広範に拡散する。
いまだオウム真理教の後継団体に入信する若者たちがいるように、カルト対策を怠ってきた日本社会の30年でもある。警察庁幹部は「日本にどれだけのカルトがあるかは事件が起こらないとわからない」という。どこにでもいる若者たちが人生のふとした狭間でカルトに関わってしまう。
地下鉄サリン事件を教訓にフランスでは「反セクト(カルト)法」が制定され、定期的に報告書が出されるようになった。日本のカルト対策はまったく不十分なままなのである。
(本記事は有料メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』2025年3月14日号の一部抜粋です。続きをお読みになりたい方は、、初月無料の定期購読にご登録の上お楽しみください。このほか、1ヶ月単位でバックナンバーもご購入いただけます)
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image by: 東京消防庁(Tokyo Fire Department), CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons