各国に対し一方的に書簡を送りつけ相互関税の税率を通告するなど、エスカレートするトランプ大統領の強行的な外交手法。しかしそんな姿勢は国際社会の「アメリカ離れ」を確実に加速させているようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、脅しを基本とするトランプ外交に対する各国の意識の変化を解説。その上で、アメリカを唯一の同盟国とする我が国がどのような準備をすべきかについて考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:力による外交の限界-孤立できないアメリカと進む世界の多極化
トランプ「力による外交」の不発。第47代合衆国大統領は米国を孤立に導くのか
「アメリカ抜きの(アメリカに依存しない)システムを構築できないだろうか?」
ここ1~2か月ほどのうちに参加する様々な会議や協議の際に参加者(国や国際機関、そして多国籍企業など)の間で真剣に検討され、議論されている問いの一つです。
圧倒的な軍事力と経済力を背景に、口先で脅しをかけて言うことを聞かせようとする「力による外交」を推し進めるアメリカのトランプ大統領。
イランの核施設に対する突然の空爆のように、その脅しが現実になるケースもたまに見られますが、ほとんどの場合は、極端な要求を掲げ、観測気球を上げて各国や企業の反応を見て、従うようならそのまま一気に進め、難航するようなら“いかにも妥協したように見せかけて”措置を一時停止したり、内容を見直したりして、「こちらも妥協したのだからそちらも妥協せよ」といったような圧力をかけて従わせようとする戦略をとって、アメリカの言うことを聞かせようとしています。
ただ言うこと・行うことがコロコロ変わり、単純な言い回しや単語を用いる割には何を言っているのか分からない状況が顕著になるトランプ大統領による脅しは、まるで寓話の「オオカミ少年」のように次第に、そのまま受け取り焦りを見せる国々や組織が減っていっています(最近はあまり耳にしなくなりましたが、TACOはこの状態を指しているものと思います)。
「言わせておけばいい、そのうち気が変わるから」とか「ああはいっているが、どうせ実現しない」と高を括って嵐が過ぎ去るのを待つ姿勢が各国で目立ち、アジア諸国では、中国は言うまでもないことですが、インドは公然とアメリカに公平な扱いを要求して一方的な関税による脅しにチャレンジしていますし、韓国の新政権も「一応トランプ大統領の要求には注意を払うが、今、特段急いでアメリカとディール・メイキングしなくてはならない理由がない」と余裕を見せ、そして我が国日本は堂々と言うべきことは伝え、適切に交渉を進めています。
どこも「同盟国に対して手紙一本で一方的に関税措置の実施を伝えてくるのは失礼極まりない」と怒りも見せ、一歩も退かない姿勢を鮮明にしています。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
「なりふり構わない姿勢」を取るしかない欧州各国
欧州各国については、ほぼすべてが相互関税の対象にされていますが、今週発表の措置からは外れるという“幸運”に直面しつつ、いつ襲うかわからない荒らしに備えて着々とアメリカへの対応策を練っています。
この背景には、いくら突いても動かないロシアに対応するためには、今は欧州を手の内に囲っておくべきというトランプ大統領の思考があるものと想像しますが、当の欧州各国は、温度差はあるものの、一様にトランプ大統領の心変わりに対して警戒心を解かず、いずれ戦争が終わった際に戦後復興の利を獲得するためにロシアとの接近を始めたり、アメリカの定まらない方向性に備え、中国との関係再興に動いたりして、米中(ロ)間での綱引きの対象になっているように見えます。
欧州各国の“迷走”の背景には、トランプ大統領のアメリカは必ずしも大西洋を挟んだパートナーシップを堅持するかどうかは定かではないという読みに加え、同盟国に対しても容赦なく関税措置を交渉カードとして用いてくることに混乱し、そして明らかな国際法違反であるイスラエルによるガザ地域や周辺国、そしてイランへの攻撃に加え、アメリカが宣戦布告も国連安保理決議も、そして同盟国への事前通告もなく、一方的にイランを攻撃するという措置に与することができないというアイデンティティ的な問題と、長くスランプに陥っている欧州経済の立て直しが急務となっていて、もうなりふり構わない姿勢を取るしかないというポイントがあります。
そのために欧州各国の中国との関係回復や、エネルギー安全保障に絡むロシアとの距離感の変化などが起こっているものと思われます。
このような時にこれまでのアメリカの政権であれば「欧米関係は強固なものであり、自由資本主義体制の礎として…」的なコメントをしてパートナーシップが一枚岩であることを宣言して欧州を安心させようとするのでしょうが、トランプ政権下では、見たところ、あまりそのような傾向もみられません。
いろいろと思い込みに即した一方的な措置を乱発し、かつ安易な仮定の下に“紛争の早期解決”を請け負ってみたものの、どの紛争も終わるどころか過熱し、また新たにイランとの緊張を危険な水域まで高めてしまい、実際には世界をより第3次世界大戦に近づけるような方向に進めているように見えます。
その危険性を高めている主役こそがイスラエルのネタニエフ首相であり、彼を抑えきれていないトランプ大統領の失敗だと考えられます。
今週に入ってアメリカとイランの核協議が再開されるらしいという情報も飛び交っているものの、その成否はイスラエルとイランの“停戦合意”が履行され、戦闘のない状態の維持に、アメリカがどこまでコミットするのかということにかかっています。
その流れに水を差すつもりなのか、それともイランからの示威行為・観測気球なのかは定かではないのですが、今週、フーシー派による船舶への攻撃が行われ、また地域での緊張が高まっています。
当のフーシー派は、アメリカと相互に攻撃しない旨、合意していますが、今回の攻撃がアメリカの権益ではないところで、非常にデリケートなラインを突いて刺激しているように見えます。
もちろんイランが公式にフーシー派への関与を認めることはありませんが、親イラン派で今、恐らく唯一機能している国外勢力を用いてレバレッジを作っているのかなと推察します。
ただ停戦を受け入れ、かつ戦闘の激化・エスカレーションは望まないイラン政府としても、アメリカに頭ごなしにいろいろと言われるイメージは体制維持のためにも避けたいとの思惑もあり、協議の開催の可否を取引材料につかっているようです。
今回、イランにアメリカとの協議を勧めているのが、先週に電話会談を行ったプーチン大統領とマクロン大統領と言われていますが、この二人もまた意図にはギャップが生じているように見えます。
イランに対する影響力を駆使できる両国ですが、ロシアは国際社会の目ができるだけ長く中東地域に注がれていることが重要と考えているため、イランと欧米、そしてイスラエルの間に緊張関係が残っていることは好ましいと捉え、協議を行わせることで、アメリカの注意をイランに向けさせておきたいと考えているように見えます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
カギを握るサウジアラビアをはじめとするアラブ諸国の動向
フランスについては、ロシアとの特別な関係のアピールもありますが、もう一つは核保有国の一角を担い、外交的に中東におけるイラン・イスラエルの非常に危険な緊張を和らげる役割に就くことで(そう見せることで)失われたレガシーを取り戻し、常任理事国としての矜持も示すことができるという算段が見えます。
もちろん、核協議の結果、フランスの原子力ビジネスに対する大きなチャンスを提供できるという、別の狙いもあると思われます。
そしてイランの背後にいる両国の思惑は微妙にずれていますが、共通している狙いがあるとすれば、それが“アメリカ離れ”の世界経済秩序の基盤づくりだと言えます。
そのカギを握っているのが、サウジアラビア王国をはじめとするアラブ諸国の動向です。
2日間続いて行われたトランプ大統領とネタニエフ首相の首脳会談を受け、「1週間から2週間の間にガザ問題解決の糸口が見える」とアメリカ政府とイスラエル政府は話していますが、実際のところは分かりません。
その背景には、“停戦”を匂わせながらも、一切ガザやヨルダン川西岸地区に対する攻撃を緩める気配がないイスラエルの姿が、アラブ諸国にとっては「パレスチナの壊滅を狙っているのではないか」という疑念の強まりに発展していることがあります。
アラブ諸国にとっては、パレスチナ問題に諸々の意見と感情が交錯するものの、各国民からの求心力を維持するためには“同胞アラブ人”であるパレスチナ人の民族自決の権利を守る姿勢を示す必要があるため、イスラエルが勢いに乗ってパレスチナを壊滅しようとする動きは、仮にそれが妄想であったとしても、明らかなレッドラインとなるため、現時点ではイスラエルに対しての歩み寄りの姿勢を見せることができない事情があります。
これについては、親米アラブ諸国を維持したいトランプ大統領も同調し、ゆえに二国家解決を推していますが、それを真っ向からネタニエフ首相が否定する姿を見て、アラブ諸国はイスラエルの“停戦意思”に対する疑念を捨てられずにいます。
それもあり、アラブの盟主たるサウジアラビア王国は、トランプ大統領からアブラハム合意の締結を求められても、イスラエルが呑めない二国家共存とガザからのイスラエルの影響力の排除という条件を突き付けて、強まるイスラエル一強状況に抵抗しようとしています。
このようなケースに対しては、これまでは歴代のアメリカの政権が働きかけて、何かしらの利益供与をアラブ諸国に送ることと、軍事的なバックアップを確約することで、アメリカの方針をのませてきた経緯があるのですが(第1次トランプ政権時のアブラハム合意がその一例です)、2023年10月7日以降のアラブ社会では、明らかな国際人道法違反である行動を強行するイスラエルを止めるどころか、その野心を助長させているアメリカ政府の姿に公然と異議を唱え、中国とロシアとの関係改善やイランとの外交関係の樹立などの選択肢を増やすことを通じて、これまでのアメリカ盲従型の姿勢を一気に変え、アラブ社会および中東地域においての独自の勢力圏の確立を意図しているように見えます。
その結果、イランも巻き込んだ“対米アラブ諸国の離反”が起きていますが、それを喜び、その流れを加速させようとしているのがロシアと中国です。
「対立はしても話し合いを持つことができる」とトランプ大統領が過信している相手がプーチン大統領と習近平国家主席ですが、実際には両者の巧みな企みに手玉に取られる・弄ばれ、ただの時間稼ぎに利用されていると言っても過言ではないと考えます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
トランプの脅しを本気には捉えていないプーチンと習近平
中東問題が複雑化することは、下手すると世界戦争に繋がりかねない発火点になる危険性があるものの、台湾情勢で中国を狙い、ウクライナ問題でロシアを狙うアメリカおよびその仲間たちのコミットメントを自国案件から引きはがすために、アメリカや欧州が中東問題に関わろうとする度合いが高いほど、同じかそれ以上の強度で中東案件に関与して注意をそちらに惹きつけ、さらに欧米諸国とその仲間たちの力とリソースをそちらに振り向けさせる戦略を取っています。
この戦略は、いろいろな見方が出来るかと思いますが、これまでのところ奏功しているように見えます。
このところトランプ氏の“過去の”発言がクローズアップされていますが、支持者向けの演説の中で「これ以上、ウクライナへの苛烈な攻撃を加えるならモスクワへの攻撃も辞さない」とか「中国が武力で台湾侵攻を強行するなら、北京を爆撃する」といった過激な発言が目立ちますが、両国は“アメリカの脅しは実行されない”と確信していますし、再三出てくる「ロシアに対する制裁強化はいつでもテーブルの上に乗っている」という“脅し”も、実際にはまだ議会での議論が行われる前の段階であるため、どちらの国(リーダー)も本気に捉えていません。
現在進行形のロシア・ウクライナ戦争に関連して、いつまでたってもプーチン大統領が自分の思うとおりに動いてくれないことに苛立ち、圧力をかける目的で、一度は停止を命じたはずの「ウクライナへの防衛兵器の供与を再起動する」ことが持ち出されていますが、こちらも“パトリオットミサイル10基”程度の規模であり、それが実際の米国防衛のためのキャパシティーと、より重点を置いているイスラエル防衛のための供与との天秤で、実現の可否ははっきりしていないと聞いています。
ペスコフ大統領府報道官の余裕のコメントを聞いても、ロシアはまだ全然焦る状況には追いやられていない様子が分かりますし、中国もトランプ氏の圧力を本気に捉えない姿勢を示しています。
トランプ大統領の“外交戦略”が脅しと前言撤回の連続であることを見破った国際社会は、トランプ氏が矢継ぎ早に出してくる激しい方針にはもう一喜一憂せず、圧力に屈することもなく、じっくりと交渉に臨む姿勢を示しています。
その背景には、それぞれの国々がグローバルサウスという形だったり、並み居る経済国だったりして、実力をつけており、アメリカ一辺倒ではなく、貿易も外交的なパートナーシップも多角化して、自国の立ち位置を確立してきている現実が存在するため、これまでのように「不条理だと感じてもアメリカについていくしかない状況」から、「不条理かつ非常に失礼な態度を取るのであれば、アメリカから離反し、他の大国とパートナーシップを強化して、複数の足でしっかりと立つことができる体制構築」という方針に変わっていると分析しています。
その顕著な例がアジア各国と一部の欧州諸国であり、中国は言うまでもなく、グローバルサウスの雄であるインドやインドネシアも、ラテンアメリカ諸国の雄であるブラジルも、巧みにアメリカ離れを加速させています。
その例はロシアによるウクライナ侵攻の際、バイデン政権が音頭を取って反ロシア包囲網を構築し、そこにアジア・ラテンアメリカ諸国の参加を要請した際に、ことごとくNOをつきつけられたことからも明らかで、それはトランプ氏が返り咲いた後も覆ることがないトレンドとして定着しています。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
自ら孤立の道を転げ落ちていると見ても誤りではないアメリカ
暴れて強引についてこいと呼びかけても、本気で盲従してくれるのは、もう英国ぐらいではないでしょうか?(あとはトランプ氏に傾倒するアルゼンチンのミレイ大統領くらいですが、アルゼンチン政府が必ずしも盲従的に親米というわけではないようです)
カナダはアメリカ離れを明確にしましたし、メキシコもトランプ氏が敵視するならスルーする姿勢を取っています。ASEAN諸国もこれまで成長のためにアメリカを頼りにしてきましたが、中国やインドが力をつけてくるにつれ、うまく経済の多角化に成功し、アメリカ一辺倒でいつづける必要性が大きく弱まっています。
アメリカは今でも最強の国ではありますが、独特の二枚舌外交方針や、行き過ぎたイスラエルへの肩入れなどが他国を呆れさせ、自ら孤立の道を転げ落ちていると見ても誤りではないと考えます。
以前、今後の地政学的な傾向と、世界の多極化の話をした際、没落していくのは欧州と中国で、アメリカはカナダとメキシコと密接に統合した経済圏として君臨し、テクニカルには自給自足の経済圏をつくることが可能であることから、一大ブロックとして存続し、その力は中国を外して、日本を軸としたインド太平洋地域経済圏と太平洋を越えて結びつくことで、世界のパワーハウスとしての地位を確立するとお話ししました。
しかし、その前提となる結びつきが、現政権下で崩壊してしまっています。それでもアメリカは強国であり続けると思われますが、世界のすべての海に港を持ち、どこにでも駆け付けられるという超大国としての矜持は、そのプレゼンスを求めてきた各地域の各国から拒絶される事態がドミノのように起きれば、再度、ウイルソン政権時のように孤立主義のアメリカに戻るような事態が起きるかもしれません。
その際、アメリカの後ろ盾を失う欧州は没落し、自立できないのであれば、新たに寄りかかる超大国を探すのでしょうが、その際、与することができる相手は恐らく中ロぐらいになるでしょう。
落ちぶれる者同士の連携が成立するのか?それともつまらない大国主義の古いプライドが邪魔をして没落の道を転げ落ちるのか?
それは私には分かりませんが、場合によっては、アメリカも同じ轍を踏む事態になるかもしれません。
その状況を鮮明にし、加速させる起点が現在のトランプ政権になるのだとしたら、Make America Great Againはただの絵空事、またはただの遠吠えになってしまい、孤立主義のアメリカに傾くことになるかもしれません。
でも本当にアメリカは孤立できるのでしょうか?仮にできたとしたら、その時の国際社会はどのような様相になっているのでしょうか?
「アメリカは我が国にとって唯一の同盟国である」という外交姿勢を堅持する我が国は、そう遠くない将来に向けて、どのように国際社会で生き残り、不確実性が高まる世界でいかにかじ取りをしていくのか、しっかりとかつ明確にイメージし、準備しておく必要があると考えます。
もうすぐ参議院議員選挙が実施されますが、果たして私たちは世界の荒波に打って出て、国民を導くことができるようなリーダーを輩出できるような日本の礎を築くことができるのでしょうか?
そして自国と国民のためにアメリカを切り離すような大ナタを振るう必要性が現れた際に、思い切った舵取りを行うことができる日本を見てみたいと個人的には思います。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年7月11日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
image by: Joey Sussman / Shutterstock.com