今年もまた、世界をクスッと笑わせ、同時に科学の奥深さを感じさせるニュースが届きました。ユニークな発想と粘り強い探究心を称える「イグノーベル賞」。その舞台に今年も日本人研究者が立ちました。「ニュースステーション」初代気象予報士にして社会学者の河合薫さんは、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイー河合薫の『社会の窓』』で今回、今年のイグノーベル賞の日本人受賞テーマと科学の自由さ、面白さについて紹介しています。
シマウマ牛と職人魂!
今年もまた、ノーベル賞の発表を前に、ユニークな賞が発表されました。お馴染みの「イグノーベル賞」です。
すでにご存知の方も多いかもしれませんが、今年は「牛」にシマウマのように白と黒の縞模様に塗ると、ハエなどの吸血昆虫が寄りつかなくなることを発見した「シマウマ牛」の研究が生物学賞を受賞しました。
「シマウマ牛」とは驚きですが、家畜にとって、ハエは大きなストレスの原因です。ストレスで食欲が落ちれば、体重は増えず、病気にもかかりやすくなります。
従来の対策は殺虫剤が主流でしたが、環境への負荷や、虫が薬剤に耐性を持つ問題が指摘されている中で、農研機構=農業・食品産業技術総合研究機構の兒嶋朋貴研究員らのグループは、「シマウマはハエに刺されにくい」という研究結果に着目。
黒毛の牛に白黒の模様を描いて、サシバエやアブを防ぐ効果があるかを調べたところ、模様を描いた牛は何も描かなかった牛に比べて足や胴体に付いたハエの数が半分以上減ったというのですから、驚きです。
また、ハエやアブなどの虫が牛の体に付着した数や、頭や尻尾を振るなど虫を追い払うような行動を取った回数もそれぞれ観察しました。
その結果、血を吸う虫の数は平均で何も塗っていない牛が129匹、黒い塗料を塗った牛が112匹だったのに対して、白と黒のしま模様にした牛は56匹と半分以下に減ったそうです。
19日にアメリカ・ボストンのボストン大学で行われたイグ・ノーベル賞の授賞セレモニーでは、スピーチの最中に、虫の絵をつけた棒を振って虫がたかる演出を行い、兒嶋研究員がジャケットを脱いでシマウマ模様のシャツ姿になって虫を追い払い、会場は爆笑に包まれ、大いに盛り上がりました。
なかなかチャーミングな研究者です。
これで日本人の連続受賞は19年! もはやイグノーベル賞は、日本の得意分野と言ってもいいかもしれません。
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一方で、こうした研究は「無駄」と思う人がまったくいないわけではありません。
大学法人化以降、今の日本の大学は、すぐに成果が出るものばかりを求めるようになりましたし、研究費(科研費など)もそうした分野に集中しています。
「選択と集中」という名のもとに、すぐに利益に繋がらない基礎研究は、どんどんやりづらくなっているのです。
にもかかわらず、日本人がこれほどまでにイグノーベル賞を頻繁に受賞するのはなぜか。
ひとことで言えば「職人魂!」です。
数は減ってしまったものの、こうした社会の流れに逆らい、純粋な知的好奇心と研究者の職人魂を大切にする研究室の伝統が、まだ日本の大学には残っているからです。
論文の数や特許といった目に見える成果ではなく、「面白い!」という心の声に耳を傾け、腹の底から真面目に黙々と研究を続ける職人たち。その地道な姿勢を評価するのもイグノーベル賞です。
バナナの皮がどれだけ滑るかという研究や、犬の気持ちを翻訳する「バウリンガル」のようなユニークな発想も、世間に決して流されない、「私」の知的好奇心が源になっているのです。
イグノーベル賞は、私たちが当たり前だと思っていることに「本当にそうかな?」と問い直すきっかけを与えてくれます。それは、短期的な成果を追い求めるあまり見失いがちな「科学の面白さ」を思い出させてくれる、大切なメッセージです。
あなたの身の回りにある「どうでもいい」ことの中に、もしかしたら、未来を面白くするヒントが隠されているかもしれません。
みなさんのご意見、お聞かせください。
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