電撃的に遂行され成功を収めた、アメリカによるベネズエラのマドゥロ大統領拘束。この作戦は何を目的として行われ、どのような帰結を見るのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、原油ビジネスの現実、国際法の限界、米国内政治の力学など8つの観点からベネズエラ軍事侵攻を考察。その上で、トランプ大統領の「今後の目論見」に対する懸念を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:マドゥロ拘束作戦を、8つの観点から考える
ここまで直接的に動いた驚き。ベネズエラ軍事侵攻を8つの観点から考える
所用で西海岸へ出かけておりました。年始早々、夜行便で東に戻って1月3日の早朝に着陸後、機内モードを解除した途端に、マドゥロ拘束作戦のニュースが飛び込んできました。
何らかの動きは気配として匂っていたものの、ここまで直接的に動いたことにはやはり驚きがあります。この点も含めて今回は、8つの疑問点について過去や現在の様々な事象との関連を考えたり、比較をしながら検討してみたいと思います。
一見もっともらしいが現実性に乏しいトランプの筋書き
(1)埋蔵原油はどうなる?
今回の事件の動機はベネズエラの埋蔵石油だということを、トランプ大統領はハッキリ言っています。非常に率直な印象を与えるとともに、こんな行動、つまり軍事力を行使して他国の石油利権を奪うというのは帝国主義そのものという批判が出てくるのも当然だと思います。
これに対して、トランプ氏は、マドゥロ政権は埋蔵原油をビジネス化することに失敗した、これを成功させてベネズエラを豊かにするのが目的と言っており、石油利権を一方的にアメリカが奪うのではないとしています。
つまり、現政権では原油をマネタイズできない、そこでアメリカが強引にでも協力する、その結果として失敗国家だったベネズエラが豊かになる、という青写真です。そうなれば、麻薬の密貿易も必要なくなり、難民も来なくなる、また難民に隠れた破壊工作員も来なくなって、アメリカは安全になる、こういった筋書きです。
ストーリーとしては成立するように聞こえますが、問題は埋蔵原油のクオリティです。ベネズエラの埋蔵原油というのは、粘度の高い超重質油です。つまり、重金属類や硫黄を多く含むことで、常温では固まってしまい輸送ができません。そこで、特別な精製が必要になってきます。例えば、現在は稼働しているか不明ですが、日本の日揮が手掛けたプロジェクトでは、超重質油をナフサで薄めてタンカーで運べるようにしています。
トランプ氏としては、ベネズエラが強引に石油設備を国有化しながらも、専門技術がないことで経済破綻したとしています。この認識は間違っていません。では、改めてアメリカが日本などと提携して、こうした超重質油を薄めたり精製したりする設備と技術を提供したら成功するのかというと、難しい問題があります。
それは原油価格の問題です。ベネズエラがチャベス政権当時に曲がりなりにも石油ビジネスで国を回していたのは、原油価格がバレル100ドルに迫るという高値時代だったからです。例えば日揮の技術供与は2001年でした。ところが、2008年夏に中国の過剰生産力バブルが崩壊、秋にリーマン・ショック、翌年に欧州金融危機ということで、原油の需要が一気に冷え込むと価格も暴落しました。
結果的に、ここでベネズエラの原油ビジネスは損益分岐点を割り込んで迷走を開始したことになります。やがて、チャベスは死去して「より左で経済リテラシーのない」マドゥロが全権を握ったことで、更に設備の国有化など誤った手を打つことで、自滅の回路に入っていったわけです。
では、改めて近代的な技術を持ち込んだら成功するのかというと、それはそれで難しい問題を抱えていると言わざるを得ません。まず、巨大石油会社はリスク分散を拡大しています。地政学的にロシアや中東のエネルギー供給(価格)は変動するものという前提で、価格が上がったらコストの高いシェールを混ぜて量を確保するとか、中長期では新世代の原子炉を混ぜるといった戦略です。
中でもこの20年でシェールの採掘精製技術は進んでおり、もしかすると、ベネズエラの超重質油よりも、大規模稼働時のコストは低いかもしれません。仮に、あくまで仮の話ですが、本当に日揮などの最先端技術を持ち込んで、超重質油をもっと低コストで移動可能な低粘度まで精製できたとすると、今度は共有過剰によって世界的な市況を押し下げてしまいます。
それ以前の問題として、仮に需給関係に「うまい具合に利益の出るゾーン」があって、超重質油を掘る意味が出てきたとしたら、ベネズエラより一段と埋蔵量の多いカナダが先行して供給を増やすかもしれません。その場合に、カナダの超重質油の方がコスト安だとすると、全体的に原油がダブつき気味の中でベネズエラの埋蔵原油には勝ち目はなくなります。
非常に不吉な言い方になりますが、ロシアと中東における乱世が物凄いスケールで原油の供給を阻害し、世界的な原油市況が「スカイロケット(暴騰)」状態にでもなれば、ベネズエラの埋蔵原油にも価値が出てきます。ですが、そうでもない限り、アメリカ本土のシェールと、カナダの超重質油との価格競争という難題が立ちはだかるものと思われます。
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中ロに「力による現状変更」の口実を与えるという指摘は妥当か
(2)国際法と前例はどうなっているか?
今回の行動は一国の国家元首を強引に拉致し、同時に戦争でもないのに警護兵をほぼ全滅させたということで、国家主権の否認、現地国内法の無視、戦時国際法の適用されない中で、殺しのライセンスなき殺害になります。つまりは国際法に違反します。
ですが、現在の国際法とは国連憲章にぶら下がっており、常設の法執行機関を持ちません。ですから、トランプ政権の責任者を仮に起訴するとして、法廷に連れて行く手段は皆無となっています。ですから、国際法違反の可能性は濃厚だとしても、このことの具体的な意味は外交上の言葉の応酬以上でも以下でもないことになります。
一方で、類似の先例としてはパナマのノリエガ将軍について、1989年にアメリカが実施した「パナマ侵攻作戦」があります。この時は、電撃的に元首を拉致したのではなく、正規軍同士の戦闘と降伏というプロセスを経たという違いがありますし、またノリエガによる麻薬取引への関与はより悪質で直接的でした。ですが、米国法による起訴が先にあり、身柄拘束がその起訴に対する法執行という名目で行われたという類似性はあります。
ちなみに、ノリエガについては、禁固40年の判決を受けて収監され、後に減刑、更に模範囚として減刑を経ています。また、フランスに送られてマネロン容疑で有罪となって収監されますが、健康を崩したところで母国のパナマへ戻されて死去しています。
類似の事件としては、イラク侵攻によるサダム・フセイン逮捕と処刑というイラク戦争との比較論も成り立ちます。ルビオ国務長官は、イラクの例はアメリカが一方的にカネと兵士の人命を犠牲にして、結局はアメリカもイラクも経済的な見返りがなかった、としています。けれども今回は両者が経済的利益を得るので、2つの事件は180度違うとしています。話としてはそうかもしれませんが、今回についても(1)で述べたように経済的成功は保証されていません。
ちなみに、どうしてイラク戦争との比較論が出てくるのかというと、MAGA派などの間には「アメリカ・ファースト」という政策は「一国主義」という信念があるからです。つまり「他国の政権交代には関与も介入もしない」という「不介入主義」を強く奉じる姿勢です。彼らは、イラク戦争というのは軍産共同体による利権誘導だとして憎んでおり、今回も「ベネズエラとの戦争は反対」だったからでした。
(3)対ロシア、対中国における意味
これは力による現状変更であり、アメリカ自身が国際法に違反して手を染めたことで、ロシアのウクライナ侵攻を追認し、中国の台湾侵攻に口実を与えるという言い方があります。確かに今回の事件は力による現状変更であり、そのことは欧州もアジアも日本も積極的に認めていい内容ではありません。
ですが、ロシアの場合はほぼ総力戦になる中で、何も余裕がないのが現状です。一方で、中国の場合は一人っ子政策世代の兵士を危険に晒すことは不可能、また台湾は同じ中国人ということから、構図が全く違います。今回の事件により、この両国がより短絡的になるとか、彼らに口実を与えるというのは、言葉のレトリック以上でも以下でもなく、実質的な意味は薄いと思います。
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トランプが「大きな誤解」を2つ抱えているという問題
(4)スキャンダル問題
トランプ政権側の事情としては、やはり「エプスタイン・ファイル」問題があると考えられます。一旦は文書の黒塗りと写真削除をして公開し、曲がりなりにも議会の決議を履行した格好です。ですが、仮にファイルの内容の公開が続けばいつかは、「少女誘拐や暴行に関する幇助」「エプスタインの私有していた『島』への渡航歴」など、トランプ氏に関する一線を超えた内容が暴露されるかもしれません。
その場合が怖いというより、恐らくトランプ氏には「自分はスキャンダラスなことも長所」であり、「白人の劣等感を刺激する知識人オバマ」の対極にいるので票が入ると思いこんでいたのだと思います。ですが、それは2015年から16年の話であり、もう10年も昔です。10歳若返った有権者には通じないことを恐らくは理解せず、むしろ憤っている様子があります。
そんな中で、ニュースのトップを思い切り上書きするような「大きな事件」を起こし続けないと、中間選挙で負ける、そのような切迫感があった可能性は十分にあります。
(5)国内の景気と雇用
エプスタイン問題よりも、多分これが一番の大きな理由だと思いますが、経済政策についてトランプ氏自身が大きな誤解を2つしているという問題があります。
1つは、雇用統計の悪化は景気の冷却であり、早く利下げなどをしないと中間選挙までには景気と雇用が一段下げとなって窮地に陥るという「誤解」です。
もう1つは、エリート大学を壊して「配管工を育てる」のはエリートへの復讐になる、つまりイデオロギー的なキャンペーンという「誤解」です。
実際に政権がやっていることは、まず、先端産業も含めて連邦(国)による大学への補助金は絞り、逆に規制緩和によって民間による技術革新の後押しをするという政策です。そうすると、結果的にAIの技術革新が進み、大卒者向けの知的初級職が少なくなったら、大卒人材はロボット化された製造業などの「新しいブルーカラー」として期待されるわけです。
関税政策による製造業回帰は更にこの動きを加速させます。多少粗っぽい言い方になりますが、トランプ氏の政策、つまりグローバリズムを否定して、エリート大学を批判するという姿勢、AIは民間活力で推進という政策は、実は辻褄が合っているのです。
もっと言えば、そのように政策が回っているから、AIで代替の効くホワイトカラーの職がどんどん減っているだけで、景気は堅調なのです。ですから、経済政策については、もっと胸を張って良いとも考えられます。また、だからこそ、プロ中のプロである連銀のパウエル議長は利下げに慎重なのです。
ですが、その肝心の点に自分が気づいておらず、景気と雇用が悪化したら選挙に負ける、だから大事件でニュースを埋め尽くさねば、という切迫感に追い詰められているのかもしれません。だとしたら、こちらの方が問題だと思います。
トランプの術中にハマったルビオ国務長官のジレンマ
(6)何故ロドリゲスなのか、マチャドでない理由
ノーベル平和賞を受賞したマチャドは、人気がないからコマとして使えない、トランプ氏はそう宣言しています。一方で、現職副大統領で、マドゥロの忠実な部下であったロドリゲスには、恐らく非常に強い圧力を加えて黙らせて利用するように見えます。
確かにマチャドは日本的な表現で言えば「新自由主義」ですから、長年のバラマキ政権に慣れたベネズエラ世論からは人気はないのは事実です。一方で、マドゥロの腹心だったロドリゲスは、とりあえず多少は抵抗するものの、米国の傀儡となっても世論との接点にはなるかもしれません。
ここからは希望的観測ですが、まずロドリゲスを使って「改革の痛みの部分を現実化」すると、ロドリゲスは人望を失います。また愛国主義的な観点からもアメリカに屈服した存在に見えますから人気は低下するでしょう。
そこでサッチャー並の改革を掲げたマチャドを出せば、彼女は繁栄への希望と独立独歩の姿勢をアピールできることになります。そうなれば、構造改革と自由経済、小さな政府論のマチャドを国民自身が選んだ格好となります。
しかし、現政権のような「異文化である他国世論の根底」への理解をする姿勢に欠けた集団には、そのような軍略は思いつかないでしょう。せいぜい、人気のあるなしと、言うことを聞くかどうか、といった「アメリカの世論にも分かるストーリー」で動いているのだと思います。
あるいは、マチャドにはヒラリー・クリントンのような優等生的な匂いを感じて嫌っているのかもしれません。だとしたら、この時間のかかる国家再生については成功は覚束ないと思われ、暗い気分になります。
(7)政治的ライバル、ルビオ、ステファニクへの影響
アメリカ国内政治の力学ということでは、今回のような行動に進むことで、他の政治家について大きな影響を与えることは、可能は可能です。例えば、仮にベネズエラ情勢について、当面は「成功する」ことができれば、国際法違反などを理由に作戦を批判した民主党政治家を不人気化することは可能でしょう。
もっと具体的な例としては共和党内の締付けに使うこともできます。例えば、リンゼー・グラハム上院議員、ジム・ジョーダン下院議員といった共和党のクラシックな保守派に関しては、早速支持を取り付けています。この場合の支持というのは、一種の屈服になります。
最大の焦点は、マルコ・ルビオ国務長官だと思います。自身が亡命キューバ系の二世であり、ある意味ではラテン系の「名誉」に傷をつけるような今回の行動については抵抗感を持っていたとしても不思議はありません。ですが、今回は、ほぼ完全にそのルビオ氏に「当事者」として政権を代表させることに成功しました。これで、国務長官としては「常識的な外交」はできなくなるわけで、術中にハマった格好です。
年末になりますが、大物下院議員でNY知事選への転出準備に入っていたエリス・ステファニク議員(NY州西北部選出)が、知事選立候補を断念して議員再選も求めないという声明を出しました。ここまで必死にMAGA的言動を続けてきたにもかかわらず、トランプ氏の信認が得られなかったという話ですが、もしかしたらエプスタイン問題に加えてベネズエラ問題も対立要因であった可能性があります。
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WBCやサッカーワールドカップを取り巻く空気の悪化は必至か
(8)南北アメリカ覇権、W杯、WBC
トランプ氏は、この勢いでコロンビア、キューバ、メキシコにも圧力を加えるという口ぶりです。更に改めてグリーンランド領有を口にしています。まるで南北アメリカを屈服させるような姿勢です。勿論、威勢のいいのは口だけで、本当に両アメリカ大陸を征服するような大戦争を進めるわけではないと思います。
ですが、状況がこうなってくると、今年3月のWBC、6月から7月のワールドカップに関しては、雰囲気がどうなるのか心配です。まず、WBCでは、ベネズエラ代表がどう戦うのか、メキシコはどうかなど、ムードの悪化が懸念されます。W杯に関しては、ベネズエラは既に敗退が決定していますが、メキシコについては共催国なので、国境管理などで問題が出ないかが心配です。カナダについても同じことが言えます。
いずれにしても、今回のカラカス侵攻は、目先の目標である大統領夫妻の身柄確保ということでは成功しました。株式市場は下がらず、議会筋も団結して批判はしていません。ですが、「本当に価格競争力のある石油精製ができるのか?」「カラカスに安定政権が建てられるのか?」ということはかなり心配な状況です。
それ以前の問題として、政権が自身の経済政策に、とりわけ雇用統計の解釈について自信を持たずに迷走し、そのために投機的な政策を繰り返しているのであれば、非常に残念としか言いようがありません。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年1月6日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「AIでどうなる、日本の雇用」、人気連載「フラッシュバック81」もすぐに読めます。
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- 【Vol.620】冷泉彰彦のプリンストン通信 『マドゥロ拘束作戦、8つの観点』(1/6)
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