米国商務省が、アンソロピックの最先端AI「Claude Mythos 5」などを外国企業や外国籍の研究者に使わせないよう求めました。中国などへの流出を防ぐ狙いでしたが、この規制は皮肉な結果を招きます。「米国製AIは、ある日突然使えなくなるかもしれない」と世界が悟り、各国が自前の「ソブリンAI」づくりへと走り出したのです。『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』では、著者の辻野晃一郎さんが、AI版オイルショックとも言えるこの転換を読み解き、「日本はAIを使う側にとどまってよいのか」という主権の問いを突き付けます。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです
皮肉にもAI競争を加速させた米国の規制
前々号・前号と、2回連続でアンソロピックの最新AIモデルを巡る動きについて取り上げました。また、今号の「今週のXから」でも、「現代のマンハッタン計画」ともいえるAI企業への米国政府介入の動きを取り上げました。そこで、本メインコラムでも、フロンティアAI(最先端AI)関連の最新の話題を取り上げることにします。
米国政府がアンソロピックのフロンティアAIモデルに規制をかけたことが、皮肉にも世界のAI競争を一段と加速させようとしています。米国商務省は、アンソロピックのClaude Mythos 5やFable 5が、外国企業や外国籍の研究者に利用されることを問題視して提供停止を求めました。背景にあるのは、「みなし輸出規制」という考え方です。つまり、外国人に自国の高度な技術を使わせることは、その技術を海外に輸出したのと同じだ、という発想です。
米国政府の狙いは明確です。中国などの競合国が、サイバー攻撃や軍事利用につながる可能性のある米国製フロンティアAIにアクセスすることを防ぐ、というものです。しかしながら、この規制は皮肉な結果を生むことになりました。
広がる「ソブリンAI」への動き
世界各国は、今回の出来事を見て、「米国企業のAIに依存している限り、ある日突然、政治判断によって使えなくなるかもしれない」というリスクを強く認識することになりました。その結果、カナダ、オーストラリア、欧州、中東などの各国は、自国のAIインフラを整備しようと動き始めました。いわゆる「ソブリンAI」を開発して、自国の「AI主権」を確保しようという動きです。
日本もそうですが、これまで、多くの国や企業は、米国企業が提供するAIモデルを利用することで、AI時代に対応しようとしてきました。しかし、今回のアンソロピックへの規制は、その前提を大きく揺さぶりました。今やAIは、安全保障、経済、産業振興、行政、教育、医療など、あらゆる分野に関わる国家の最重要基盤技術になりつつあります。
そうである以上、他国の企業が提供するAIに全面的に依存することは、エネルギーや食料を全面的に他国に依存するのと同じくらい危うい、という認識が広がるのは当然です。
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1970年代オイルショックとの相似
今回の出来事は、1970年代のオイルショックと似ています。当時、多くの国々は、中東の原油に依存する危険性を痛感し、北海油田、原子力、省エネ技術などへの投資を加速させました。直近でも、イラン戦争によるホルムズ海峡封鎖などの問題が発生し、あらためて中東依存からの脱却に向けて調達先を分散する動きが世界的に加速していますが、今回のアンソロピックへの規制は、そのAI版と言えるかもしれません。
米国は、フロンティアAIの流出を防ごうとしていますが、その結果、世界各国に、「自国でAIを持たなければならない」という強い危機感を喚起したのです。つまり、米国の規制は、米国製AIの拡散を抑制する一方で、逆に世界規模のAI開発競争や半導体開発競争を促す引き金になった、ということです。
日本は使う側にとどまるのか
もちろん、日本も例外ではありません。現在、多くの日本企業や自治体は、オープンAI、アンソロピック、グーグルなど、米国企業のAIサービスに依存しています。これらに匹敵する国産のソリューションが存在しない以上、他の選択肢は無いに等しい状態ですし、世界最高水準の技術を活用しない手はありません。
しかし、日本にも改めて突き付けられたのは、「私たちはAIを使う側にとどまり続けていてよいのか」という問いです。AIが重要な社会インフラになるのであれば、日本もまた、自国の安全保障、産業、行政、医療、防災、教育を支えるためのAI基盤をどう確保するのかを真剣に考えねばなりません。AI時代の主権とは、単に国産LLMを作ることだけではありません。データ、計算資源、半導体調達、人材確保、制度設計、利用ルール、現場実装まで含めて、自国の社会課題を自ら解決できるAI活用基盤を整備する実力を養うということです。
アンソロピックへの規制は、単なる一企業を巡るニュースではありません。その本質は、AIをめぐる世界秩序の転換です。これからの時代、問われるのは、「どのAIを使うか」だけではありません。「誰のAIに依存して生きるのか」、さらには、「自分たちの社会を、自分たちのAIで支えられるのか」ということです。すなわち、「ソブリンAI」を巡る、避けては通れない深刻な問いが目の前に突き付けられていると言えます。
※ 本記事は『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中 』2026年6月26日号の一部抜粋です。このほか、「今週のXから」や「読者の質問に答えます!」、「スタッフ“イギー”しかのつぶやき」など、レギュラーコーナーも充実。この機会にぜひご登録をご検討ください。
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