クリエイターの発信を支える「まぐまぐ」の提供でお送りするラジオ番組『Why So Good?』。毎回ゲストを迎え、「何をやっているか」ではなく「なぜそれに至ったのか」を掘り下げる30分番組だ。今回のゲストは、株式会社スポーツワークス代表の小島克典氏。
小島氏は、2004年のプロ野球再編問題の際にライブドアへ入社し、GMとして球界に一石を投じた。2006年に独立し、現在はスポーツマーケティングに特化したコミュニケーション活動を行っている。約20年前には、現在北海道日本ハムファイターズの監督を務める新庄剛志氏の通訳として渡米し、日本人初のワールドシリーズ出場にも立ち会った。WBCでも通訳を務めた経歴を持つ。
番組MCの越川慎司氏(株式会社クロスリバー代表取締役)は、「野球が大好きなので聞きたいことが山ほどある」と切り出した。ここから、高校時代の違和感、渡米、ワールドシリーズ、そして子どもたちの未来への思いが、小島氏の言葉で語られていく。
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「スポーツの未来は、子どもたちにある」——ライブドアGMの先に見ているもの
越川: 僕も野球が大好きなので、聞きたいことが山ほどあるんです。まず、メジャーリーグには昔から携わっていらっしゃって、今もそのつながりがあるということですか?
小島: すごく幸いなことに、日本のプロ野球では横浜の球団でキャリアの最初の5年間をスタートさせてもらいました。その後、新庄さんの通訳でアメリカのメジャーリーグに行くことになって、その頃にWBCという国際大会ができて、WBCの通訳もさせてもらったんです。
越川: WBCも一緒に行かれたんですね。
小島: 日本とアメリカ、それに国際大会と、全部やらせてもらっているので、いいところも悪いところも見えてくるんですよね。それを自分の仕事では、子どものこと、未来のことに注力しながらやっていけたらなと、今は思っています。
越川: この番組は『Why So Good?』ということで、まずゲストの方のGoodな点をうかがっています。今回、小島さんがリスナーに一番届けたいポイントは何でしょうか。
小島: 僕はスポーツの専門家として活動させてもらっているんですが、今日は「スポーツの未来は子どもたち」というところをお話しできればと思っています。
越川: スポーツを通じてコミュニケーションを広げて、その中で子どもの育成に力を入れていらっしゃる。もう少し掘り下げると、子どものどんな成長を支援したいということなんでしょうか。
野球部は「野球だけやってろ」——15歳が抱いた違和感
小島: 僕は神奈川県で生まれて、東京で育って、高校も大学もずっと東京の学校に通っていました。野球の強い学校だったんです。今から30年ほど前の話ですが、野球部は野球だけしていればいい、甲子園を目指すのが唯一無二の王道で、勉強はもういいよ、お前らは野球だけやってろ、という校風がありました。
もちろん自分も野球で甲子園に行きたかったし、プロにもなりたかった。結果的にどちらの夢も叶わず卒業したんですけど、野球をしながら「これでいいのかな」とは思っていたんです。しっくりこないというか。
越川: 具体的には、どんな場面で感じたんですか?
小島: たとえば学食に行くと、野球部がいつも奥のいい席に座っている。バスに乗れば、野球部が後ろの席を占領する。学校のヒエラルキーの中で、運動部がいつも一番上にいる。自分はその運動部に所属しているのに、「これって本当にいいのかな」と、違和感があったんです。それが15、16歳の頃でした。
越川: 素人考えですが、特別対応されている「内側」の側から違和感を持ったというのがすごいですよね。何かきっかけがあったんですか。
小島: 野球部以外にも、学校に通っていれば友達ができますよね。その友達と話していると、「俺はいいよ」「そこは野球部のみんなでやってよ」と言われる。本来はフラットな関係のはずなのに、そこに上下関係のようなものがある。自分たちが何かを我慢させられているわけではないので悪い気はしなかったんですが、優遇されているんです。それが、どうにもしっくりこなかった。
当時はまだ言語化できていなくて、15、16、17の頃は本当に甲子園だけを目指していました。修学旅行にも体育祭にも出られないんです。「お前たちは甲子園だけ目指して練習していろ」と。騎馬戦は肩や足を壊すかもしれないから出られないし、水泳の授業も、風邪をひいたらいけないからと、プールにも入れませんでした。おかしな高校生活なんですけど。
上條: 私の学校にもありました。野球部は文化祭の時期と大会が重なるので、出られない分、絆が強いなというイメージでした。
越川: 僕の高校も野球部がスターでしたね。全国に名を馳せるような部活は、やっぱり一目置かれていました。
小島: 置かれがちですよね。違和感は、社会に出て、仕事で海外のスポーツ事情に触れるうちに、「やっぱりそうか。海外は違うよな」と、少しずつ言語化できるようになっていきました。育ってきた環境との違いがわかると、何が違って何が同じなのかが見えてくる。そうやって抽象度が上がっていったので、ここにたどり着くまでには時間がかかりましたが、出発点は「同級生なのに、一歩引かないでよ」という気持ちでしたね。
野球部がアメフトもバスケもやる——アメリカの「マルチスポーツ」
越川: 海外に出て、その違和感がより強くなったということですか。
小島: アメリカで長期滞在したり暮らしたりしていると、「今日は月曜で試合がないから、地元の学校に行って、日米の国際異文化交流で45分から50分話してきてよ」と、仕事場から言われるんです。そこで一緒に給食を食べたり、夕方に先生から「今日は部活があるから、クラブの野球を見ていてよ」と言われたりする。
すると、「君たちは野球部に所属しながら、アメフト部にも入っているの? 冬の間はバスケもやってるの?」ということが普通にある。マルチスポーツがスタンダードなんです。すごいな、羨ましいなと思いました。
僕は子どもの頃からずっと野球部で、自分で選び続けてきたつもりですが、結果として野球しかできない環境でした。大人になってから始められるスポーツといえば、せいぜいゴルフくらいじゃないですか。
越川: 趣味も含めて、ですね。
小島: バスケットボールだったら突き指しそう、なんて思いながら(笑)。子どもの頃からいろんなスポーツをするのがアメリカの標準的な教育環境で、それはすごくいいなと思いました。
越川: 確かに、小学1、2年生くらいでは適性なんてわかりませんよね。小学生の頃にエースで4番だった人が、必ずしも甲子園に行ったりプロ野球選手になったりするとは限らない。バスケットボールのほうが活躍できる可能性だってある。
小島: 絶対にわからないです。
越川: アメリカは、成長の芽を広く見ていこうという文化なんでしょうか。
小島: 「多様性」という言葉は日本でも一般的になりましたが、アメリカは考え方も宗教も肌の色も、親や祖先のルーツも違う人たちが混ざり合っています。うちの家系はクリケットが好き、うちはアメフト、というように、そこにもいろんな多様性がある。その混ざり合ったコミュニティが小学校や中学校、高校になるので、運営していくうえで多様化は欠かせないんです。
越川: アメリカは移民でできた国ですから、そもそも多様化しかない。僕もアメリカで「ダイバーシティ・アンド・インクルージョン」という言葉はほとんど聞いたことがありませんでした。前提にあるんですよね。長野県で空気がきれいなことを、上條さんがわざわざ言わないのと同じで。
上條: そうですね。県外に出てから、初めて気づきました。
越川: 海外に出たからこそ、日本の違和感に気づける。それはとても大切なことだと思います。
親子で学ぶ英語——英検4級でオリンピックからWBCまで
越川: こうした気づきを、日本の子どもたちに向けて具体的にどう広げていこうと考えていますか?
小島: 英語で通訳をしているので、英語教育の現場には結構立たせてもらってきました。子ども向けの英会話や、東京都の区が中学校で毎週土曜日に開いている英語の授業の講師もしばらくやっていたんです。
ただ、子どもたちだけに教えるのには限界があるんですよね。あるとき「親子イングリッシュクラス」をやってみたら、お父さんお母さんと子どもと僕という、世代をまたいだ場になって、すごく広がりを感じたんです。受講してくださった方からメールをいただくようにもなりました。
もちろん、受験用の英語や、中学2年の夏のサマーキャンプで単語を100個覚えるのも、すごくいいんです。80点、90点を取るのも面白い。でもそれとは別に、言葉は自分たちが生きていく以上、ずっと使い続けるものじゃないですか。僕たち人間は言葉でコミュニケーションを取り合う生き物ですし、言葉は世代を超えて、お父さんお母さんといった身近な環境と深くつながっている。だから、親の世代も含めたアプローチのほうが、より深くて面白いと気づいたんです。
越川: まさに「生きた英語」ですよね。僕は中学高校の英語で、海外に行ったことのない先生に、「How are you?」と聞かれたら「I’m fine, thank you」と答えなさいと教わりました。でも、アメリカで「I’m fine, and you?」なんて、一回も言ったことがない。「I’m good」くらいですよね。
上條: 親子で一緒に学べるというのも、すごく素敵だなと思いました。
越川: 受験の英語は必要だと思います。言われたことをきちんと覚えるのは大事です。でも、英語でコミュニケーションを取るのはそれとは別。僕もTOEICは800点ぐらい取っていましたが、アメリカでは全然通用しませんでした。ペンを貸すときに「I am a pen」と言ってしまうくらいで。
小島: それで言うと、僕は英検4級しか持っていないんです。受験していなかっただけなんですけど。その英検4級で、オリンピックも、日本のプロ野球も、メジャーリーグも、WBCも、全部できているんですよね。
越川: それは勇気をもらえますね。ビジネスパーソンはどうしても、海外に行かない理由を言語のせいにしがちです。でも、言語は単語帳を覚えることではなくて、相手の文化を理解して、「伝える」ではなく「伝わる」にすること。それが本質なんだと、小島さんの発言で改めて思いました。
「ワクワク8、期待2、不安1」——2002年、サンフランシスコへ
越川: 後半は、アメリカに渡る決断について聞かせてください。海外に出るとなれば、諦めなければいけないものもありますよね。家族や友人と会えなくなる、いつ帰ってこられるかもわからない。それを覚悟してでも行こうと思ったのは、何か手に入れたいものがあったからでしょうか。
小島: 僕が渡米したのは、大学を出て数年が経った20代後半の頃でした。やっぱり距離の壁は怖かったです。当時はまだメール文化も今ほどなくて、時差もあります。友達や家族、恋人との断絶というところは、すごく勇気が要りました。
成田空港まで友達に見送ってもらったんですが、空港では泣いちゃいましたし、空港へ向かう助手席でも、「自分の夢を叶えるためにアメリカへ行くのに、なんで泣いているんだろう」と思っていました。今、久しぶりに思い出しましたけど。
でも、サンフランシスコに着いた瞬間に、西海岸独特の日差しがあって、スタッフの方が「よく来たな」という感じで迎えてくれて。そこからはホームシックのようなものはあまりなかったです。時々は思い出しましたけどね。
越川: それは何年のことですか?
小島: 2002年です。9.11の直後だったので、ビザが出るのが本当に大変でした。大使館に何度も行って、「怪しい者じゃありません」と説明して。
越川: 僕も、実は初めてアメリカに行ったのが2002年なんです。
小島: そうなんですか。
上條: 同じタイミングだったんですね。
越川: 気持ちの内訳でいうと、不安よりもワクワクのほうが上回ったということでしょうか。
小島: ワクワクが8、期待が2、不安が1。もう10を超えちゃってますけど(笑)。ポジティブしかなかったですね。特に若い頃は、ワクワクが不安を上回ったら行く、という感じでした。
日本人初のワールドシリーズ——「誰にも聞けない」不安の裏返しにあったスリル
小島: 当時、MLBで活躍していた日本人は、ピッチャーが8人、9人。野手はまだ、イチロー選手と新庄選手だけでした。今は70人を超える侍たちが海を渡っていますけど。
だから通訳のポジションでも、誰に聞けばいいのかわからない。サインプレーひとつとっても、メジャーと日本のNPBでは野球が違うんです。それを教えてくれる通訳の先輩もいませんでした。「この理解でいいのかな」という不安があっても、誰にも聞けないし頼れない。自分がやるしかない。でもそれは裏返すと、ドキドキなんですよね。自分にしか味わえないスリルです。
越川: 野球でいえば、日本のプロ野球の先にあるピラミッドの上のほうにメジャーリーグがある、というワクワクもあったわけですよね。
小島: それもありました。当時は、伊良部秀輝さんがヤンキース時代にワールドシリーズでベンチ入りしたことはあったんですが、プレーはしていなかった。日本人は、まだ誰もワールドシリーズでプレーしていなかったんです。
新庄さんとペアリングさせてもらって、新庄さんもすごく頑張っていましたし、あの方はやっぱり運を持っているんですよ。もしかして、この方とこのチームでワールドシリーズに行けるんじゃないかなというワクワクもありました。結果、日本人で初めて出場して、打席に立ってヒットを打って、得点も挙げました。
越川: イチローさんは個人では新人賞もMVPも取ったけれど、マリナーズがちょうど低迷していた時期で、ワールドシリーズには行っていないんですよね。
小島: 野球の頂点といわれるワールドシリーズに、日本人として一番最初に連れていってもらった。そのワクワクは、今こうして話していても当時のことを鮮明に覚えていますし、テンションが上がってきます。
ただ、今になって思うのは、あの経験は自分ひとりでさせてもらったものではなく、巡り合わせや運、タイミングがあって、たまたま僕がそこにいたということです。でも、その経験は次の世代、特に子どもの世代には伝えていかなければいけないと思っています。今はスポーツの仕事を通じて、コミュニケーションや子どもの未来を形にしている感じですね。
越川: そこにつながるんですね。
「一歩引いて見る」——通訳が教えてくれた視座
越川: 僕は、リスクとリターンは大きさが同じだと思っているんです。アメリカに渡ればリスクもあるし、友人関係を一度リセットしなければいけないこともある。ワールドシリーズはわかりやすいリターンですが、「来てよかった」と思った瞬間は他にもありますか?
小島: 引き出しの中が広がった、思考が倍どころじゃなく増えた、という感じですね。通訳をしていた時期は、英語を話している自分と日本語のときの自分とで人格が変わる、とよく言われていたんです。だから、なるべく変わらないように、常に一歩引いた目で見ようとしていました。
そんなとき、アメリカで暮らしている中である方に言われた言葉があります。「通訳は喋り言葉だけじゃないよ」と。通訳の対象者は、街に出ても看板が英語で読めない。目から入ってくるものも、会話の途中の言葉もそう。だから、対象者の目となり、耳となって、喋るところまでやらないと通訳じゃない、と。
それを聞いてからは、常に一歩引いて、客観的に見る、聞く、話す。話すだけじゃないんです、通訳は。物事をよく見るようになったと思います。
越川: 海外で仕事をすると視野が広がるといいますが、一番のベネフィットは視座が上がることですよね。斜め上から自分を見られる。僕は、地球が小さく感じられるようになりました。昔は果てしなかった地球儀が、年に何周も飛行機で移動するうちに、ニューヨークからロンドンなんて大した距離じゃないなと。目の前のことでくよくよ悩んでいる場合じゃない、という感覚です。
小島: 「I am a pen」とか、どうでもよくなりますよね(笑)。ただ、僕は少し真逆なんです。野球の現場しか知らなかったので、野球はグローバルスポーツといわれますが、北米が中心で、南米の一部、アジア、日本というくらいの広がりです。僕のスポーツの領域は日本とアメリカだけ。サッカーやバドミントン、バスケットボールといった、本当にグローバルなスポーツの人たちと話すと、世界は広いなと思うんです。「地球は小さい」ではなく、「俺はまだ、ちっぽけなところで生きていたな」と。
だから、今度はまた一歩引いて、視座を上げたのかどうかはわかりませんが、教育や、子どもを育てる環境にも目が向くようになりました。ニュートリション(栄養)、つまり食のこと、姿勢のこと、それに文武両道。アメリカは文武両道がすごく大事にされていますよね。そういうところにアプローチして、日本の若者に、これからの未来への希望も含めて、伝えていけたらと思っています。
「選択肢は常に増やしておけ」——エージェントの教えと、沈黙の力
越川: 子どものうち、学生のうちに、選択肢は増やしたほうがいいんでしょうか。
小島: いいと思います。それは仕事での交渉術でもそうなんですが、「選択肢は常に増やしておけ」と、エージェントによく言われました。選手のそばにいたので、何億円、何十億円、何百億円という交渉を引き出すエージェントが、すぐ隣にいるわけです。
僕自身も、サンフランシスコのチームからニューヨークのチームへ移ったときに、自分の年俸の交渉を自分でやらなければならなくなりました。「初めてだ、どうしよう、マイク」と、エージェントのサポートを頼もうとしたら、「俺は高いよ」と言われて。「薄給なんだから、いじめないでよ」なんて話をしましたが、もちろん冗談です。
そのうえで、「お前の今のコンディションはどうなんだ」「今後はどうしたいんだ」と聞かれて、「こういうアプローチで、こう言えばいい」とアドバイスをもらいました。「沈黙は金」じゃないけれど、ときには黙ることも、勇気は要るけれど必要だよ、と。自分の給料を自分で交渉するという経験でしたが、そのとき代理人のマイクに言われたのが、「ベストシナリオ、ノーマルシナリオ、ワーストシナリオは常に想定しておきなさい」という言葉です。今でも仕事で生きています。
越川: 点が線につながりました。僕がマイクロソフトにいた頃、ビル・ゲイツ氏が講演に来てくれたことがあって、そのとき交渉術について聞いたんです。マイクロソフトはいろいろな買収を動かしているので、同じことを言っていました。会話のやり取りの「間」は短いほど関係性が高まるけれど、交渉で必要なのは、あえて置く沈黙だと。しかも、本当はイエスだと思っていても、ある長さを超えると、相手にとって心地よい間が恐怖に変わるそうなんです。
小島: わかります。「もしかして納得していないのかな」と、探り合いが始まっちゃうんですよね。
越川: それで相手の選択肢を探る、と言っていました。まさにその通りです。
上條: すごく高度ですね。
「やる気なしおちゃん」をどう訳す?——「伝わった」瞬間
小島: 通訳としては、記者会見を何十回とやってきましたが、新庄さんの発する言葉はみずみずしくて、ハードルが高かったんです。たとえば、その日も8番打者でスタメン出場して、クラッチヒットを打った。アメリカの番記者から「今日の活躍ぶりはどうでしたか?」と聞かれる。すると新庄さんが、「今日も打順8番だったから、やる気なしおちゃんでさ」と答えるんです。
すると、日本のメディアの方が集まっている会場の右半分が、どっと沸く。「今日の見出しいただきました」という感じで。そうすると今度は、会場の左半分にいる英語圏のメディアの方々が、「早く訳せ」という目で僕を見るんです。
通訳は沈黙も怖いので、なるべく早く出さなければいけない。僕は、間を空けずに訳すというルールを自分に課していました。ここで皆さんなら、「やる気なしおちゃん」をどう訳します?
越川: 日本語のニュアンスでいうと、ちょっとふざけている子どもみたいな感じですよね。「ディモチベイテッド・ボーイ」とか、そんなイメージでしょうか。
小島: すごくきれいですね。ただ、会場がどっと沸いた瞬間、「うわ、また難しいボールが来たな」と思いました。「やる気なしお」の「お」もそうですが、「ちゃん」にも、親しみのニュアンスがありますよね。それをくみ取って、「ミスター・ノーモチベーション」と訳したんです。
越川: なるほど、「ミスター」ですか。
小島: そうしたら、アメリカのメディアの方々の反応が良くて。「伝わった、よかった」と思いました。
越川: これが本質的な英語だと思うんです。伝えるのではなく、伝わるために視座を高めて、全体の反応を見ながら言葉を選ぶ。うまくいったらそのまま続ければいいし、ダメなら次を変えればいい。それを若いうちからやっていけば、日本人は全員、世界で活躍できると思っています。
小島: 毎日の記者会見がギリギリでした。直訳できなかったときは、「今日はお前、説明してやれ」と言われるんです。でもどうしても説明せざるを得ない場面がある。「いまいちだな」と言われながらアドバイスをもらい、言葉の上っ面ではなく、物事の本質は何だろうとずっと探していたのが、アメリカ時代でした。今も通訳をしながら、それを探し続けています。
日本人の何が素晴らしいかというと、歴史があることだと思うんです。アメリカは今年の夏、ちょうど建国250年で盛り上がっていましたが、250年しか歴史がない。僕たちには、その何倍もの歴史があって、先達から学んだ英知が、DNAに入っていると思います。世界で通用する国民性や人間性は、もうあるんです。あとは手段、武器というか、言葉だけ。今はネットを使えばいくらでも通訳できる時代ですし、英検4級でもなんとかなります。
上條: 証明してくださいましたね。
小島: 絶対に大丈夫です。
越川: 勇気をもらったリスナーの方は多いと思います。小島さんの今後の活動はどこでウォッチできますか?
小島: 株式会社スポーツワークスのホームページで、最新の活動情報を出していきます。あとは、執筆プラットフォームのtheLetterでも発信していますし、まぐまぐさんでも、物語を紡ぎ始めようかなと思っています。
上條: 楽しみですね。
越川: 要注目ですね。小島さん、ありがとうございました。
番組概要
- 番組名:Why So Good?
- 放送局:interfm
- 放送日時:毎週木曜25:00~25:30
- 出演:越川慎司氏(株式会社クロスリバー 代表取締役)
上條美沙子氏 - ゲスト出演:小島克典氏(株式会社スポーツワークス代表)
- 公式サイト:https://sportsworks.studio.site/ - プロデューサー:エダコDX
- ラジオ本編はこちらから https://www.interfm.co.jp/whysogood
- interfm(東京:89.7MHz 横浜:76.5 MHz) https://www.interfm.co.jp/
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※本記事は、トーク番組「Why So Good?」の放送内容をもとに再構成したものです