京都を代表する寺院、西本願寺と東本願寺。元はひとつだった「本願寺」は、なぜ東西に分かれてしまったのでしょうか。無料メルマガ『おもしろい京都案内』では、東西本願寺の複雑な歴史をたどりながら、拝観がますます楽しくなる「両者の違い」を詳しく紹介しています。
「お西さん」と「お東さん」
今日は京都で「お西さん」「お東さん」と呼ばれている2つの大きなお寺を比べてみたいと思います。西本願寺(浄土真宗本願寺派)と東本願寺(真宗大谷派)の違いです。元々はどちらも親鸞聖人が開祖の浄土真宗の本山です。
元々東西に分かれる前、本願寺は第8世蓮如(れんにょ)上人の時代に一気に教線を拡充して栄えました。蓮如上人は山科に本地を構えました。しかし、第10世証如(しょうにょ)上人の時、細川氏・六角氏や日蓮宗の攻撃を受け、山科本願寺は焼け落ちます。その後は大坂に本願寺を再興しました(石山本願寺)。
第11世顕如(けんにょ)上人の時、織田信長が退去を要求しました。しかし、それに反発した本願寺との間に石山合戦が勃発。11年に及ぶ信長を最も苦しめた戦が続くものの、最後は本願寺が屈する形で和解しています。
本願寺は本能寺の変で信長が没した後も豊臣秀吉にその力を押さえ込まれました。その後大阪の地を点々とするものの教団は徹底抗戦を主張していた顕如の長男教如(きょうにょ)の抗戦派と穏健派が対立しました。
顕如は穏健派が推す三男准如(じゅんにょ)に第12世を継がせます(教如は隠居)。それにより秀吉に支持を受け、現在の地に寺領を与えられることになります。
天下が徳川に変わると家康は教如に本願寺の東側の土地を与え、ここに西本願寺と東本願寺という構図が出来上がります。これは多分に家康の本願寺勢力を分断する為に東西に分けた政略と考えられています。
天下の戦国武将・信長、秀吉、家康さえもその勢力を警戒し分断までされるとは当時余程力を持った存在だったのでしょう。
- 「石山本願寺・顕如」vs「信長」
- 「西本願寺・准如(顕如の三男)」=「秀吉」
- 「東本願寺・教如(顕如の長男)」=「家康」
秀吉は強固であった石山本願寺跡を利用して大阪城を建てました。家康は秀吉と親しくしていた本願寺を東西に分裂させ力を削いでいます。このような歴史的背景を知りながら東西本願寺を拝観するととても興味深いことに気が付きます。
西本願寺には秀吉の色彩が色濃く残り、安土桃山文化の遺構が多く残されています。絢爛豪華と侘びさびの両極の建物、広間があり国宝や重要文化財を多く有しています。
東本願寺は江戸期以降の建物や文化を色濃く残し、大きく荘厳な建物が並びます。内部も絢爛豪華と云うよりはきらびやかで新しい感じです。国宝や重文の建物は無く御影堂や阿弥陀堂も登録有形文化財です。
家康が秀吉色を嫌ってか御影堂や阿弥陀堂の伽藍(がらん)配置は全く逆で、畳の向きまで違います(西本願寺の南北方向に対し、東本願寺は東西方向と異なる)。柱も「西」は角柱を使うのに対して、「東」は丸柱を使う。仏壇仏具にも違いは表れていて、「西」用はキンピカの仏壇に渋い仏具。逆に「東」用は仏壇が少し地味で仏具はキンピカ。お経も「南無阿弥陀仏」が「西」本願寺派では「なもあみだぶつ」、「東」大谷派では「なむあみだぶつ」と唱えます。
共通点は、般若心経は唱えない、線香も立てずに折って横にねかせてくゆらせます。そして意外に思われるかも知れませんが、戒名や位牌はありません。祈祷(きとう)、まじない、占いなどを否定し、おみくじ、お札、お守り、御朱印もありません。焼香の際、抹香をつまんで香炉に入れるとき、額の位置で「香をいただく」という動作をしません。お盆に特別な飾りや迎え火、送り火などはしません。
幕末における西本願寺と東本願寺のスタンスの違い
信長と戦った11年に及ぶ石山合戦の頃、当時中国の最大勢力毛利輝元は本願寺を支援していて強い絆がありました。豊臣時代は五大老にまでなった輝元は、関ヶ原の戦いで総大将であった責任を問われます。その頃、本願寺を継げなかった教如は家康に接近、関ヶ原でも後方支援に回りました。教如は家康から東本願寺を与えられ、教団は東と西に分裂させられる。
そんな経緯から、幕末動乱期には東本願寺は佐幕派、西本願寺は倒幕派のスタンスをとることになります。この辺りは面白いですね。特に西本願寺は尊攘派の志士の密談所を提供したり、蛤御門の変では敗走する長州兵を保護しています。この露骨な「長州びいき」が京都守護職・松平容保(かたもり)の怒りをかい、新撰組を西本願寺に乗り込ませています。
維新後は、東本願寺が苦しい立場に追いやられます。しかし、西本願寺と歩調を合わせ、新政府に戊辰戦争の軍資金を出資するなど、償いの姿を見せることで生き延びたと伝わっています。
いかがでしたか? 京都は日本人の知識と教養の宝庫です。これからもそのほんの一部でも皆さまにお伝え出来ればと思っています。
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