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安倍外交、敗れる。北方領土の「もしかして」はなぜ起きたのか?

北方領土問題が大きく進展するかのように各メディアで報じられた日露首脳会談ですが、蓋を開けてみればまさに「ゼロ回答」という言葉以外見つからないようなロシア側の反応。なぜ安倍官邸をはじめ、日本サイドはここまでの見誤りを犯したのでしょうか。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんが、日露双方の思惑や二国を取り巻く情勢を鑑みつつ詳細に分析しています。

北方領土が戻るという空騒ぎが終わった

安倍首相とプーチン大統領の湯煙外交ショーが終わり、北方領土については、大方の予想通りゼロ回答という結果になった。国家ぐるみのトップ親睦会だったのだと解釈するほかなさそうである。

自民党の二階幹事長が例のごとくモゴモゴと言った。「国民の皆さんの大半は、がっかりしているということは、われわれ含めて、心に刻んでおく必要があると思います」。これが正直なところだろう。

北方領土が日本に戻ってくるという期待感が広がり始めたのは、わずか三か月前のことだ。きっかけは、読売新聞が意気込んで放った9月23日の記事だった。

政府は、ロシアとの北方領土問題の交渉で、歯舞群島、色丹島の2島引き渡しを最低条件とする方針を固めた。平和条約締結の際、択捉、国後両島を含めた「4島の帰属」問題の解決を前提としない方向で検討している。

「4島の帰属」、すなわち4島を日本の領土だと認めること。従来、日本政府が平和条約締結の条件としてきたものだ。それを前提にせず、歯舞群島、色丹島の2島引き渡しを最低条件とする、つまり2島返還でOKという方針を決めたという報道である。

これに多くの識者、ジャーナリストが惑わされた。それまでの経過があったからだろう。

まず、5月にソチで行われた安倍・プーチン会談。安倍首相は8項目の経済協力を示しながら北方領土問題解決への「新たなアプローチ」を提案した。安倍側近の一人はしたり顔で言った。「プーチンは食いついてきた」。

だが、「新たなアプローチ」という言葉はちっとも新しくはない。冷戦終焉後、とくに2000年代の日露交渉のなかで、進展がないのに前に向いていると見せようとするとき、しばしば双方が使ってきた便利なフレーズだ。プーチンが関心を寄せたのは確かだが、領土ではなく経済協力に対して、である。

次に、冷静であるべき識者たちをさらに錯乱させたのは9月2日、ウラジオストックでの安倍首相のはしゃぎようとそれに応えるプーチン大統領の姿だった。

3時間以上にわたり通訳を交えた膝詰談判をおこなった首脳会談の翌日。「東方経済フォーラム」の全体会合でスピーチした安倍首相はプーチン大統領に「ウラジーミル」とファーストネームで呼びかけ、「あなたと一緒に、力の限り、日本とロシアの関係を前進させる覚悟です」と声を張り上げた。

その瞬間を待っていたかのように手をたたいたのがプーチン大統領だった。

ケヴィン・ラッド豪州元首相や朴槿恵韓国大統領ら各国要人、経済人が居並ぶなか、プーチン大統領が拍手をすると、ロシアの要人たちがいっせいに後に続いた

この盛り上がりの余韻もさめぬうちに、読売新聞が「2島返還」を最低条件とするという前掲の記事をぶち上げたのである。

もう、話がほぼまとまっているのかと思わせるタイミングだった。しかもスクープのように見せかけたその記事の掲載紙が、いまやイズべスチアや人民日報のような政権PR新聞になっている読売だったから、なおさらだ。

官邸の誰かにリークさせているがゆえに、その日の記者会見で菅義偉官房長官は「そうした事実は全くない。4島の帰属問題を解決し、平和条約を締結していく」と否定してみせた。リークの目的が世間の反応をうかがうためなら、肯定するはずもない。

さてこうなると、日露交渉には何回も騙されて懲りているはずのメディアが「今回はいよいよか」と、妙に浮足立ってくる。

とりわけ驚かされたのは週刊ポスト10月14、21日合併号の記事である。タイトルは「北方領土が本当に、戻ってくる!」だ。

前文にはこう書いてある。

…どうせ戻ってきやしないと諦めていなかったか。だが戦後70年を過ぎた今、いよいよ本当に戻ってくる可能性が現実味を帯びてきた。

そして同号では、かつて日露交渉を担った外交官で、今は作家として超売れっ子の佐藤優さえもが、週刊ポスト編集部の熱気にあてられたのか、やや興奮気味な筆致の記事を寄稿した。

安倍政権が、北方領土政策の大転換に踏み切ろうとしている。…この大転換
によって、北方領土交渉は一気に動き出す可能性がある。

「2島返還」への期待感に水を差す右派新聞もあった。

北方四島はソ連が先の大戦の終結前後、日ソ中立条約を破って武力占拠した
ものだ。2島返還では済まされない。
(10月19日産経新聞 主張)

国内には「2島先行返還では国後択捉が永久に戻ってこなくなるという反対論が根強い。産経社説は、あくまで4島に固執する意見に配慮した内容だ。

しかし、逆に言うと、この産経社説が出た時点までは、まだ「2島返還」への期待が盛り上がっていたということだ。そうでなければ、安倍シンパが政治部を牛耳る産経があえて安倍のやっていることにケチをつけるような真似をしないだろうからである。

急速に安倍官邸の空気が変わりはじめたのは、10月の末ごろからだ。12月の日露首脳会談が近づくにつれ、事務レベルでの詰めの話し合いがもつれてきたのではないだろうか。

早期解散をほのめかす発言を続けてきた自民党の二階幹事長も「直ちに解散をどうこうとは、安倍首相の念頭にないだろう」と解散否定に転じた

11月8日に、大統領選でプーチンを礼賛してきたトランプが次期米国大統領に決定したことは、官邸の焦りをつのらせた。ビジネス上の取引で米露が接近すればプーチンの視界における日本の存在感が薄れるのではないかと、北方領土交渉への影響を怖れたのだ。

トランプ優勢の情報を受けて、安倍外交の絵を描いている谷内正太郎国家安全保障局長がモスクワに飛んだ。その直前に訪露した世耕弘成経済産業相がロシア側の熱が冷めている印象を官邸に伝えたからだろう。公式発表された首脳会談の事前打ち合わせ、環境整備だけが目的ではなく、ロシア側の本音を探る意図も谷内にはあったにちがいない。

11月22日、ロシア太平洋艦隊が、択捉島国後島へ地対艦ミサイルを配備したことが明らかになり、いよいよ情勢は厳しくなった。

安倍官邸は、北方領土に何の進展もないまま首脳会談を終えることを前提に、何とかして会談を成功したように見せかける方法を考えねばならなくなった。

プーチン大統領と共同記者会見し、重要な合意があったように印象づける政治ショーを繰り広げるため、それこそ入念な事前準備を事務レベルでしておかねばならない。メディアに配布するペーパーを何通りか作文しておくためにも、ロシア側の本音をつかんでおきたかったはずだ。

首脳会談直前、読売新聞と日本テレビがプーチンへのインタビューに成功したのは、安倍官邸がプーチンの本音を探らせる目的でロシア側へプッシュしたためではないだろうか。

そのインタビューで飛び出したのが、「日本はロシアへの制裁に加わった。制裁の中でどうやって経済関係を新しいレベルに高められるだろうか」という、日米同盟の制約を逆手に取った日本政府への牽制発言だ。

このインタビューで安倍官邸は、両国の考えの食い違いをできるだけ隠し、安倍・プーチンの親密さをアピールして将来への期待感を持たせる作戦に完全にシフトした。

共同声明をまとめるようなことはせず、共同記者会見でそれぞれの国民向けに成果をPRする。そんな段取りでセレモニーは進められた。

安倍首相は報道関係者に日本側の資料を渡したうえで、演説した。

ウラジーミル。ようこそ、日本へ。…日本人とロシア人が共存し、互いにウィン・ウィンの関係を築くことができる。…この新たなアプローチに基づき、今回、四島において共同経済活動を行うための特別な制度について、交渉を開始することで合意しました。…これは平和条約の締結に向けた重要な一歩であります。この認識でも完全に一致しました。私たちは平和条約問題を解決をする。その真摯な決意を長門の地で示すことができました。…本日、8項目の経済協力プランに関連し、たくさんの日露の協力プロジェクトが合意されました。日本とロシアの経済関係を更に深めていくことは、相互の信頼醸成に寄与するものと確信しています。

医療施設、エネルギー、極東開発、先端技術協力など8項目の経済協力プランに日本の企業がどれだけ参加してくれるかが、プーチン大統領にとっての最大の関心事である。

平和条約の締結に重要な一歩を踏み出した」というのは、安倍首相の強調したい今回の首脳会談の意義だろう。

だが、カネが欲しいロシアと領土を返してもらいたい日本。その両国首脳によるトップ会談を利用した同じような政治宣伝は、橋本龍太郎や森喜朗らによりこれまで何度も繰り返され、結局は何ら進展していない

1956年の日ソ共同宣言で、平和条約締結後に「歯舞、色丹の2島を日本に引き渡す」ことが盛り込まれたにもかかわらずダレス米国務長官の「恫喝」で日本政府が4島一括返還に主張を変更して以来、平和条約を結べないまま現在に至っている。

その間に繰り返された返還交渉で、「4島一括」だ、いや「2島先行」だ、「返還」だ「帰属」だと、さまざまな言葉を使ってきたが、それらは本質的なことではない。

いったん奪った領土は返さないロシアと領土を戻してほしい日本がそこにあるだけなのだ。それにあえて付け加えるなら、防衛上の思惑だ。

日本は防衛政策上、ロシアに中国の肩を持ってもらいたくないし、南で中国、北でロシアという二方面の軍事作戦が必要な事態は絶対に避けたい。それゆえ、ロシアと友好関係を築くことには意味がある。だが、ロシアとの経済協力にはサハリン1、2の海底資源開発で苦い経験をするなど、不安がつきまとう。

ロシアとしては、今回の首脳会談後の記者会見でプーチン大統領が「日米の特殊な関係性を考慮する必要がある」と言及したように、北方領土をたやすく日本に返還できない理由がある。そこに米軍基地ができた場合、ロシア太平洋艦隊の海上ルートを塞がれるだろう。日本からのカネは欲しいが、領土の返還はきわめて難しい。

誰もがこうした困難さを知っているはずなのに、日本が「2島返還に政策転換すればロシアはすぐに乗ってくるかのごとく甘い見通しを発信したメディアが目立った。乗り遅れたくないという商業ジャーナリズムのサガがそうさせたのだろうか。

安倍首相は「4島において共同経済活動を行うための特別な制度」をつくる協議を日露間で始めるというが、どんな制度がイメージできるだろうか。これこそが、中身がなくともあるように見せかける作文である。

image by: 首相官邸

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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