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トランプ「理不尽」外交、米国第一なら日本は何番目になるのか?

大統領に就任するや、TPP離脱やオバマケアの見直しなど早くも独自色を打ち出し始めたトランプ氏ですが、日本にとっては「トランプ氏が中国にいかなる対応を取るのか」が気になるところです。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では、「反中」とされるトランプ氏の一般的な評価について、さまざまな側面から改めて考察、さらに安倍総理が置かれつつある「困難な状況」についても言及しています。

「古い同盟」と「新しい同盟」の矛盾が激化─今までの延長では立ちゆかない? 日米関係

1月20日に前代未聞の喧噪に包まれて船出したトランプ米新政権の進路は、恐らくトランプ本人にとってさえ予測不能であって、外部からあれこれ推測して論じるのも空しいことではある。が、そう言って放っておく訳にもいかないので、今回は米中日関係のこれからに関して視点を整理しておこう。

「新しい同盟」の意味

トランプは就任演説で「古い同盟を強化し新しい同盟も作る」と言った。この短い台詞についての最も適切な解説は、カーネギー国際平和財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長のそれである(1月22日付朝日)。

トランプは、米国中心のグローバリズムで割を食っていると感じている人々、米国が担ってきた帝国的な役割にうんざりしている人々に支えられている。

従って、誰よりもトランプの登場に脅かされているのは、従来の同盟国だ。トランプは、米国が自動的に同盟国を守ることはしないと言っている、守るからには米国が何かを貰わなくてはいけない、という相互関係を求めている。

冷戦後、世界を指導していたのは唯一米国だった。しかしトランプの下で、何らかの集団指導体制に移行していく可能性がある。核となり得るのは米国、中国、ロシアだ。……日本や欧州は地域的な役割にとどまるだろう……。

イアン・ブレマーも言う通り、トランプ政権は「パックス・アメリカーナの終わり」を象徴する(本誌No.863)。しかし、それがどのように終わるのかということこそが大問題で、ただ「米国第一の掛け声だけで保護主義に立て籠もるのでは自分勝手なだけのハード・ランディングで、世界は大混乱の大迷惑を被るどころか大恐慌に陥る危険さえある。

反対に、米国が一極覇権主義(という、私に言わせればブッシュ父以来の幻想)を脱ぎ捨てて多極世界に相応しい、トレーニンが言う「集団指導体制に移行していくのであればそれが最も望ましいソフト・ランディング路線となる。もちろんトレーニンもそれがすんなり実現するとは思っておらず、当面「中国ロシアと米国の関係も協調よりも競争が前面に出てくるだろう」と予測するのだが、いずれにせよ、トランプがパックス・アメリカーナの終わらせ方について何のシナリオも持たずにそのプロセスに踏み出してしまったというのが、この政権の「予測不能性」の根源である。

中国は敵か味方か?

トランプは親ロシア・親プーチンだが反中国だというのが一般的な評価だが、果たしてそうか。

確かに、経済・通商面ではトランプの反中国ぶりは強烈なものがあって、選挙中には「中国製品に45%の関税をかける」と叫んだりもした。このような激情的なまでの反中国姿勢は、カリフォルニア大学アーバイン校のエコノミスト=ピーター・ナヴァロ教授の影響によるところが大きく、トランプは新設の「国家通商会議(NTC)」のトップに彼を指名した。

ナヴァロは、中国の不法な輸出補助金、通貨操作、知的財産窃盗、強制的な技術移転、保護主義的な非関税障壁などの不公正な貿易政策によって米国内の7万以上の工場が閉鎖に追い込まれた、と主張し、ちょうど1980年代にレーガン政権が日本の不公正な自動車・半導体輸出に対して制限を課したのと同様の強い措置を採るべきだと提言している。彼は『米中もし戦わば』(文藝春秋、16年11月刊)などで、オバマ政権のアジア・ピヴォット政策の失敗が中国の南シナ海進出を招いたとして批判し、「力による平和を中国に強制すべきことを説いている。彼は大統領補佐官も兼任し、経済と軍事の両面からの対中強硬路線を推進することになろう。

ところが他方では、トランプ政権の外交政策に深いところで影響力を行使しているのは、米外交政策マフィアの頂点に立つ親中派の頭目=ヘンリー・キッシンジャーだという事実がある。ブルームバーグのコラムニスト=エリ・レイクが書いているところでは(1月7日付ジャパン・タイムズ)、キッシンジャーは昨年の選挙戦最中からマイケル・フリン(現安保担当大統領補佐官)と会ってアドバイスをし、自分の元助手であるK.T.マクファーランドをフリンの副官に推挙したり、エクソン・モービル前CEOのレックス・ティラーソンを国務長官にするよう推薦したりした。キッシンジャーは選挙戦中も今も、トランプに直接電話を掛けられる数少ない周辺人物の1人だという。

言うまでもなくキッシンジャーは、旧ソ連とのデタント戦略の演出者であり、また米中国交樹立の立役者であるけれども、そのような過去の栄光ゆえにではなく、いままさに一極覇権時代が終わって、米国が「出現しつつある多極世界秩序」にいかに適合していくかが問われている時だからこそ、ロシア及び中国と新たな協調関係を築くべきだと、93歳の老骨に鞭打つように最後の一仕事に乗り出している。そして、その方向に相応しい外交トップとして、ロシアとも中国とも石油事業で関わりがあるティラーソンを推薦したのである。

つまり、「新しい同盟」すなわち「米露中の集団指導体制」の路線を推進しているのはキッシンジャー・チームであり、これと狂信的なほどの反中国強硬派であるナヴァロとはどう折り合いがつくのか、全く分からない。

困ってしまった安倍総理

ナヴァロ路線が強まるのであれば、安倍政権が一貫して追求してきた「中国包囲網外交とは基本的に合致する。安倍総理としては、トランプ外交が始動する1月27日に、「古い同盟」としてはいの一番に日米首脳会談を実現することに執着して昨年末から懸命の働きかけをし、またその前にフィリピン、豪州、インドネシア、ベトナム歴訪をセットして中国包囲網強化のため働いていることを見せつけて歓心を買おうとした。その上でワシントンに乗り込んで、まずTPPが経済面からの中国包囲網であるというその重要性を強調してトランプに再考を迫ると共に、尖閣諸島が日米安保条約第5条に基づく米国の防衛義務の範囲であることの再確認を求めようという算段を立てていた。

しかし、トランプが「古い同盟」の中で真っ先に会談相手に選んだのは英国のメイ首相であり、次に31日に会うのはメキシコのペニャニエト大統領、そして3番目が恐らくカナダのトルドー首相という順番になるだろう。その次はイスラエルか、はたまたロシアか。このあたりで2月中にも日本が滑り込めれば上出来ということになるが、トランプの側には日本やドイツ、フランスなどと急いで会わなければならない理由は何もない。

また会ったところで、TPPに関しては望み薄で、ナヴァロは「TPPは中国の台頭を抑えるのに何の役にも立たない」という見解の持ち主であって、安倍流の説得は通用しない。それよりも、この話題を持ち出すとかえって「日米2国間FTA」というTPPより一層過酷な交渉に引き込まれる危険が高まる。

その一方、「尖閣」に関しては、トランプはほとんど関心がないのではないか。関心を持ったとしても、トレーニンが言うように、トランプは「米国が自動的に同盟国を守ることはしないと言っている、守るからには米国が何かを貰わなくてはいけない」という立場で、自分を高く売りつけようと取引に出るだろう。

日米相携えて中国を抑えるという安倍路線の決まり文句は「自由民主主義法の支配などの基本的価値観の共有」。その価値観の大元である米国を盟主として仰ぎ、日本がその副官として脇に侍って、ベトナムやフィリピンやインドネシアなどが、価値観を異にする中国に接近しないよう経済援助や武器供与を惜しまず世話を焼いて、包囲網を編み上げるというのが安倍の自己イメージである。しかし、お気づきかどうか、今回のトランプの演説では「自由、民主主義、法の支配への言及は皆無に近かった。米国の価値観の揺らぎは避けられまい」(1月22日付読売社説)。安倍総理の価値観外交はすでに半壊状態だということである。

他方、トランプ演説の3日前、ダボス会議初日の基調演説に登場した習近平は、グローバル化には様々な問題が伴うけれども、保護主義によって何らかの解決が得られると思うのは間違いで、現代の指導者たちが力を合わせて問題に対処する責任を果たしていくべきだと、まるで米国大統領のようなことを言い、それについてキッシンジャーがビデオ・メッセージで「中国が新しい国際秩序づくりに参加しようという宣言だ」と称揚した。

この「新しい同盟」路線が動き出すのであれば、安倍外交は完全に時代錯誤と化して没落していく。トランプは「古い同盟を強化し、新しい同盟も作る」と簡略に述べたが、そのどちらが先行するのか、またそのそれぞれの中での優先順位がどうなるのかは全く予断を許さない。日米関係の行方はスリルに満ちている。

image by: a katz / Shutterstock, Inc.

 

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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