2015年に発生し150人もの命を奪ったドイツ・ジャーマンウイングス社の航空機墜落事故、そして1982年に起こった羽田沖の日本航空350便墜落事故(日航逆噴射事故)。二つの事故の共通点は、事故を起こした機長(もしくは副機長)が精神的な病を患っていたことです。では、同じように「うつ病」などに罹患していたり、自殺を考えたことがあるパイロットは実際にどのくらいいるのでしょうか。メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』では、著者で現役医師の徳田先生が「パイロット対象の無記名調査」で判明した驚愕の事実を紹介しています。
アルプスに墜落した航空機の事故原因
2015年3月、ドイツの航空会社の副操縦士がうつ病に罹り、航空機をアルプス山脈に墜落させて150人の命が犠牲になるという出来事がありました。その航空機に乗り合わせた人々はパイロットの自殺遂行に巻き込まれたのです。
実際、飛行機をよく利用する一般の人々にとって、民間航空機パイロットの精神心理的な健康状態は気になるところです。最近の研究によると、民間航空機パイロットの方々には、うつ病で抑うつ気分を感じている人が多く、自殺念慮を考えた人もかなりいるということがわかりました。
世界保健機関(WHO)によると、世界では約3億5000万人もの人々がうつ病に罹患しています。しかしながら、きちんとした治療を受けているのは、このうち半数未満の人々のみです。多くの人々が治療を受けない理由の多くは、うつ病に対する社会的な差別意識なのです。
パイロット対象の調査
今回の研究は世界50カ国のパイロットの約1800人を対象に無記名方式で行われました。無記名としたことで、社会的差別の恐れを取り除いた調査となったのです。うつ病の評価は医師が臨床現場で用いる標準的な質問票に基づいて行われました。
従来の調査は記名方式を用いた航空会社や航空を規制する各国当局によるものでした。このような従来の調査では、抑うつ気分や自殺念慮などの症状を報告しにくいであろうことが指摘されていたのです。うつ病患者に対する社会的差別により仕事が奪われるリスクを感じたパイロットたちは、そのような症状を報告していなかったと思われます。つまり過小報告ですね。
コックピットでのメンタルヘルス
このように、過小報告の問題をクリアした今回の研究結果は、心理的ストレスの多い航空現場の現状と、それを隠すパイロットたちの苦悩を浮き彫りにするものでした。多くのパイロットたちはうつ病に罹患しておりました(約13%)。
中には自殺念慮を持つパイロットもいることが判明(直近2週間での自殺念慮が約4%)。それに、そのような症状を持つパイロットたちの多くが、差別とそれによる失職への恐れから、治療を受けていないということもわかったのです。
日本人パイロットは大丈夫か?
世界の国々の中でも、日本はうつ病の患者が多く自殺者も多いことで有名です。今回の研究の対象者の多くは北米やオセアニア地域のパイロットたちでしたが、日本人パイロットでも同程度以上の傾向があるものと考えられます。
症状の出方には男女差もあり、男性パイロットで集中力低下を感じやすいということがわかりました。女性パイロットは、心理的不健康を感じる日数が多いということもわかっています。
また、抑うつ症状に関連するものには、睡眠導入剤の使用歴がありました。また、セクハラやパワハラを受けた経験も抑うつ症状と関連していたということです。
民間航空機のパイロットは、世界中で多くの人々の生命に責任を持つプロフェッショナル。アルプスでの悲劇を繰り返さないためにも、パイロットたちの心理的な健康状態を差別無く正確に把握して、きちんとした予防、治療と長期的サポートを提供するシステムを導入すべきでしょう。
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