トランプ大統領の誕生で、これまでとは大きく流れが変わったアメリカ。しかし、中国の強力な工作により、トランプ大統領の「反中」の姿勢が揺らぎ始めているとも言われています。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者の北野幸伯さんが、トランプ大統領の側近のひとり、「国家通商会議」の委員長ピーター・ナヴァロ氏の著書を引きながら、アメリカが日米中関係をどう見ているかを詳細に分析しつつ、日本外交の現状と今後について考察しています。
トランプのブレーンは、日米中関係をどう見ているか?
「トランプは、どこに行くのだろう?」
これは、今も世界の関心事です。トランプ自身は、「ロシアと和解して、中国に勝つ」という構想を抱いている。ところが、アメリカ国内の反発と中国の工作により、現状は、「ロシアと和解できない。中国と対立できない」状態になっている。それでも、トランプの「真意」を知っておくことは大事です。
どうすれば知ることができるのでしょうか? 「人事」を見ることで、ある程度知ることができます。たとえば、ティラーソン国務長官は、「プーチンの親友」と呼ばれる男。「国家通商会議」の委員長ピーター・ナヴァロさんは、対中強硬派。ナヴァロさんは、日本でもベストセラーになっている。『米中もし戦わば 戦争の地政学』の著者です(カリフォルニア大学教授)。
この本は、「トランプの側近」が書いた。つまり、トランプの政策に大きな影響を与える可能性が高いということです。今回は、ナヴァロさんが「日米中関係をどう見ているか?」を知っておきましょう。
米中戦争が起きる確率
この本は、「米中戦争が起きる可能性は?」という質問から始まります。米中の現在の関係は、
- 既存の超大国アメリカ
- 新興勢力中国
です。ナヴァロさんによると、1500年以降、このような組み合わせは15例あった。そのうち11例は戦争になった。
世界史を概観すると、1500年以降、中国のような新興勢力がアメリカのような既存の大国に対峙した15例のうち11例において(すなわち70%以上の確率で)戦争が起きている。
(『米中もし戦わば』
こまごまとした分析については、本を読んでいただきたいと思いますが、ナヴァロさんは、アメリカと中国が戦争する可能性は、「非常に高い」と結論付けています。そうは言っても、「強硬派」というわけでもなく、非常に冷静です。「安全保障」についての本ですから、「最悪を想定する」のは当然ですね。
アメリカに関する現状認識
さて、ナヴァロさんは、「アメリカの現状」についてどう認識しているのでしょうか?
- アメリカは、膨大な財政赤字を、「軍事費削減」により解決しようとしている。
- アフガニスタン、イラク戦争の失敗で、アメリカ国民は、「戦争疲れ」している。
- 「新孤立主義」が台頭してきている。
これらの理由で、ナヴァロさんは、日本人の「現在の対米観」を以下のように結論付けています。
アメリカは、少なくとも日本から見れば、もはや軍事的義務を果たす経済力のない、政治的に無気力な、防衛予算の優先順位も正しく決められない国だということになる。
(同上)
ずいぶん自国に厳しい意見ですが、ナヴァロさんはオバマ政権を見て、こう考えていたのでしょう。そして、彼の意見に賛成の読者さんも多いと思います。
では、日本はどう動くか?
こういう現状認識と、中国の脅威の高まりを踏まえ、日本はどう動くのでしょうか? ナヴァロさんは、三つの可能性を想定しています。
- 中国に乗り換える
- 日本は、核武装する
- ぶれない同盟国であり続ける
日本が、中国に乗り換えれば?
1.中国に乗り換える
を見てみましょう。ナヴァロさんがこの可能性を考えていること、驚かれた人はいるでしょうか? しかし、考えてみてください。小沢一郎さんが、「私は人民解放軍の野戦軍司令官です!」と宣言したのは、わずか8年前のことです。親中野党が、政権をとる可能性は、常にある。また、自民党内にも、親中派が山ほどいる。こういう現状でアメリカが、「日本は中国に寝返る可能性があるよね」と考えるのは当然でしょう。
では、寝返ったら、日本はどうなるのでしょうか? ナヴァロさんは、
- 日本は、尖閣を中国に譲ることになる。
- 東シナ海の漁業、石油・ガス利権を失う。
- 日本は、沖縄を失う(沖縄は中国領になる)。
極めて真っ当な予想です。皆さんご存知のように、中国は、「日本には、尖閣だけでなく、沖縄の領有権もない!!!」と宣言しています(必読完全証拠はこちら。「反日統一共同戦線を呼びかける中国」)。
日本が中国に「寝返る」とすれば、それは事実上の「敗北宣言」ですから、沖縄を献上するハメになるでしょう。
日本が核武装すれば???
次に
2. 日本は、核武装する
について、ナヴァロさんは、どう考えているのでしょうか? ナヴァロさんは、「唯一の被ばく国として、日本は核兵器の保有には強い拒否感を持っている」としながらも、「ほとんど一夜のうちに」核兵器を製造できるとしています。
しかし、ナヴァロさんによると、日本が核保有することで、アジアで核戦争が起こる可能性は大きくなるそうです。この点に関しては、ナヴァロさんに反対の人もいるでしょう。ここからは私自身の考えです。
中国の対日戦略は、「反日統一共同戦線構築」でした。そう、中国、アメリカ、ロシア、韓国で「反日統一共同戦線」をつくり、日本を破滅に追い込むのです。もし日本が核武装を宣言すれば、それを最も喜ぶのは中国でしょう。
中ロは、当然日本核武装に反対。そして、中ロは、アメリカ、欧州を巻き込み、日本に過酷な経済制裁を課すに違いありません。アメリカと中国が一体化すれば、日本は、またもや石油を買えなくなります。
「核があればすべて解決」というのは、「生命線である満州を守ればすべてOK」というのと同じぐらい短絡的で危険なことです。歴史的事実として、「核拡散防止条約」は、「日本(とドイツ)に核をもたせないため」につくられた。
「アメリカは、日本に核をもたせない!」という決意、バイデン前副大統領も公言しています。2016年8月16日時事。
【ワシントン時事】バイデン米副大統領は15日、ペンシルベニア州スクラントンで米大統領選の民主党候補ヒラリー・クリントン前国務長官(68)の応援演説を行い、「私たちが(日本が)核保有国になり得ないとうたった日本の憲法を書いた」と発言した。
というわけで、私が短絡的な「核武装論」に反対なのは、はっきりとアメリカ、中国を敵にまわしてしまうからです。もちろん、欧州、ロシアも日本の核武装に反対。日本は、欧米、中ロを敵にまわし、世界で完全に孤立します。そして、また敗戦。
繰り返しますが、これは私の意見で、ナヴァロさんが書いていることではありません。
日本が「ぶれない同盟国」であれば?
では、最後
3. ぶれない同盟国であり続ける
はどうなのでしょう? ナヴァロさんは、「ぶれない同盟国」シナリオは、「平和に貢献する」としています。なぜ?
ペンタゴンの元アナリスト、マイケル・ピルズベリーは、この「力による平和」主義についてこう説明する。中国は探りを入れ、弱点を見つければ前進してくる。だが、進んでみて相手が強いと分かれば、撤退するだろう、と。
(同上)
中国の「弱者は遠慮なくいじめるが、強い者には手を出さない」という傾向については、戦略家ルトワックさんも指摘しています。
というわけで、安倍総理の対米外交は、今の状況下では「正解」なのです(あくまで「現状正解」ということで、「永遠に正解」という意味ではありません)。
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