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原爆投下は国際法廷で裁かれるべき。ロシア高官が米国を非難するわけ

「アメリカの原爆投下は国際法廷で裁かれるべき」。ロシアの下院議長のこんな発言が注目を集めています。ここに来てなぜこのような意見がロシア側から上がってきたのでしょうか。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係アナリストの北野幸伯さんが、米露の間に横たわる「歴史認識」に絡めて解説しています。

ロシア、アメリカの原爆投下を批判 「法廷で裁かれるべき」

原爆投下から70年。ロシアは、「アメリカは法廷で裁かれるべきだ!」と主張しています。

ロシア、米の原爆投下を批判 「法廷で裁かれるべきだ」 朝日新聞デジタル 8月5日(水)23時52分配信

 

ロシアのナルイシキン下院議長は5日、広島、長崎への原爆投下は国際法廷で裁かれるべきだという考えを明らかにした。

 

ロシアでは70年を迎える原爆投下について、高官の発言や催しが続いている。

 

米国の残虐行為を批判すると同時に、日本を降伏させたのは原爆ではなく旧ソ連の対日参戦だったという歴史認識を強調する狙いも込められている。

普通の日本人なら「唐突な感じ」がするでしょう。これは、なんなのでしょうか?

モスクワ国際関係大学に入学して驚いたこと

1990年、ソ連外務省付属モスクワ国際関係大学に入学した私。まず、ソ連人が「とても親日」であることに驚きました。

他にもいろいろ驚いたことがあります。たとえば、大学で「原爆投下」について、「人類史上最悪の残虐行為」と教えていたこと。

いまなら、すんなり受け入れられる話ですが、「自虐史観」に染まっていた当時の私には、とても「新鮮」に感じられたのです。

「情報戦」という視点から考えてみましょう。そもそもソ連は、「資本家階級を打倒するために建国された国」です。そして、彼らから見るとアメリカは、「資本家階級の国」である。だから、打倒しなければならない。

第2次大戦時、米ソは、対日本、対ナチスドイツで組んでいた。しかし、戦後は、米ソ冷戦の時代になった。アメリカはソ連を「悪魔化」し、ソ連もアメリカを「悪魔化」する。「原爆投下」は、ソ連にとって格好の攻撃材料でした。

そして、徹底した反米教育の一環として、「アメリカは悪い国」の例として、「原爆投下」は使われたのです。もちろん、「原爆投下」について、「史上最悪の残虐行為」という見方は正しいでしょう。

8月6日、モスクワで

広島への原爆投下から70年目の8月6日。歩いていると、近所の男性が近寄ってきて、握手を求めました。その顔があまりに深刻なので、「何事か!?」と驚きました。

すると彼は、「広島への原爆投下から今日で70年なんだね。日本は大変だったね」といいました。うっすらと涙を浮かべています。

そして、彼はこんなことをいいました。「アメリカは驚くほど残虐な国だ。きっと天罰が下るに違いないよ」

私はどうリアクションしたらいいかわからず、「スパシーバ(ありがとう)」といいました。

この日は、近所でいろいろな人に声をかけられ、「日本は大変だったね」といわれました。

>>次ページ 何が政府高官に過激な発言をさせているのか?

米ロ歴史情報戦の現状

ソ連時代から「原爆=史上最悪の罪」と教えられてきた人たち。そういう背景があるにしろ、下院議長の「アメリカは法廷で裁かれるべき」発言は過激です。

この盛り上がりはなんなのでしょうか?

もちろん、「クリミア併合」からつづいている米ロ対立が影響を与えていることは間違いありません。しかし、それだけではないのです。実をいうとロシアは、「アメリカによる歴史修正」に憤っている。

歴史修正とはなに?

1.ナチスドイツ戦でもっとも大きな役割を果たしたのはアメリカである。ソ連は、ほとんど何もしなかった

これが1つ。

2次大戦の犠牲者数については、諸説あります。しかし、ソ連の犠牲者は2,200~2,800万人で、「最大であった」ことを疑う人はあまりいません。

アメリカは今、「犠牲者数は多いけど、勝てたのはアメリカのおかげだよね」とプロパガンダしている。それで、ロシア人は、怒っているのです。

もう1つ。

2.ソ連はナチスドイツから東欧諸国を「解放」したのではない。「解放者」ではなく、「征服者」である。ナチスドイツが追い出されソ連が入ってきたが、それで東欧の暮らしは「さらに悪くなった」

これは、ソ連から解放された東欧やバルト3国で流行りの見解です。ロシアは、「アメリカがこの見方をひろめている」と考えている。

冷戦時代アメリカ西側陣営の一員だった日本人にも、わかりやすい見方。

しかし、ロシアがこれを認めると、「ソ連(=ロシアが中心)はナチスドイツ以下の存在だ」となってしまう。それで、ロシアは反発しているのです。

アメリカは、日本にそうしたように、ロシアにも「自虐史観」を浸透させようとしている。それでロシアは反発し、「おまえらこそ、ナチス以下だ! 証拠は原爆投下だ!」と主張している。

プーチン大統領の側近でもあるナルイシキン氏は5日、自身が主催した原爆問題についての専門家らによる会議で「広島、長崎への原爆投下はまだ国際法廷で裁かれていない。しかし、人道に対する罪に時効はない」と指摘した。

 

ナルイシキン氏は昨年来、今からでも米国の原爆投下についての責任を問うべきだという発言を繰り返している。

 

昨年12月には「来年は(ドイツによる第2次大戦の戦争犯罪を裁いた)ニュルンベルク裁判と広島・長崎への原爆投下が70年を迎える」と、原爆投下とナチスの戦争犯罪を並べて言及。 (同上)

日本がアメリカに「原爆投下を謝罪せよ!」といえば、喜ぶのは中国でしょう。しかし、ロシアがアメリカを非難するのは、「どんどんやってくれ!」と思います。

客観的にみれば、原爆投下は、「人類史上空前絶後の残虐行為」であること、間違いないのですから。

image by: Shutterstock

 

『ロシア政治経済ジャーナル』
著者/北野幸伯
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