これまで複数回に渡り、「北朝鮮問題」における日本、アメリカ、韓国、中国と、それぞれの国の立場や思惑を分析してきた無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さん。今回は、今ひとつ北朝鮮に対する立ち位置が理解しづらいロシアについて、モスクワ在住の北野さんが詳しく解説しています。先日報じられた「プーチン、北の核保有に理解?」という記事の信ぴょう性は?
プーチン、北朝鮮の核兵器保有に理解。なぜ???
世界的に注目され続けている、「北朝鮮核問題」。日本、アメリカ、韓国、中国は、大騒ぎしています。
しかし、日本人にはなかなか理解できないのが、ロシアのポジションでしょう。プーチンの真意を理解する「手がかり」となる重要発言が飛び出しました。
読売新聞6月3日から。
露大統領、北の核保有に理解? 圧力かける米批判
読売新聞 6/3(土)12:27配信
【モスクワ=花田吉雄】ロシアのプーチン大統領は2日、北朝鮮の核開発問題に関連して、「小さな国々は自らの独立や安全と主権を守るためには、核兵器を持つ以外、他の手段がないと思っている」と述べた。北朝鮮などに軍事的圧力をかけている米国を批判する発言の中で語った。ロシアは北朝鮮の核・ミサイル開発を容認しない立場。核保有に理解を示すかのような発言は物議を醸しそうだ。
だそうです。「小さな国が自衛のために核兵器をもつのは仕方ないよね~」と言ってるように聞こえます。なぜそういう話になるのでしょうか?
ロシア北西部サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムの公開討論の中で語った。プーチン氏は米国を念頭に「力の論理が幅をきかせ、暴力が支配する間は、北朝鮮で起きているような問題が生じるだろう」と指摘した。米国が日本海に空母を派遣して緊張を高めていることを暗に批判したといえそうだ。
(同上)
日本から言わせると、「ちょっと違うよね」という感じでしょう。03~08年、6か国協議による話し合いで、核問題を解決しようとした。しかし、北朝鮮は06年に核実験を強行した。「話し合いで解決できなかったから、今みたいな状況になったのだ」というのが、日本やアメリカの立場でしょう。
では、プーチン・ロシアからこの問題を見ると、どんな感じになるのでしょうか?
ロシアからみた北朝鮮問題1=「北は脅威ではない」
日本から見た北朝鮮。ロシアから見た北朝鮮。決定的な違いは何でしょうか? 「日本にとって北は脅威。ロシアにとって、北は脅威ではない」です。なぜ?
北朝鮮の核ミサイルのターゲットは、日本、アメリカ、韓国である。北朝鮮がロシアを攻撃するはずはない。「脅威ではない」ので、「話し合いで解決しましょう」というのです。
これが自国ロシアの脅威であれば、違う行動に出るでしょう。たとえばウクライナで革命が起こった。親欧米のウクライナ新政権は、「ロシア黒海艦隊をクリミアから追い出し、NATO軍を入れる」と宣言した。これは、ロシアの脅威なので、「じゃあ併合してしまおう」という話になる。
北朝鮮に関しては、「脅威」と思っていないので、「まあまあ」となります。
ロシアからみた北朝鮮問題2=北はロシアの緩衝国家
もう一つの視点は、「北はロシアの緩衝国家だ」というものです。これは何でしょうか?
日本も昔、「朝鮮半島は、緩衝国家だ」と考えてた。何の緩衝国家? ロシアの南下政策を防ぐための。
今のロシアにとって北朝鮮は、「アメリカの侵略を防ぐための緩衝国家」なのです。だから、北朝鮮は、強いほうがいい。ここまでのロジック、説明が必要でしょう。
ロシアとアメリカは、「戦争中」という認識
1917年のロシア革命で誕生したソ連。「資本主義打倒」を国是としてつくられました。アメリカは、「資本主義の総本山」ということで、「打倒すべき対象」でした。それから、ソ連が崩壊する1991年末まで、ロシアでは徹底的な「反米教育」が行われた。ロシア国民はアメリカについて「諸悪の根源」と考えていました。
ソ連崩壊後はどうだったのでしょうか? ロシアのかなり多くの人たちが、「アメリカは、新生ロシアをさらに弱体化させるために、『間違った改革』をさせた」と信じています。アメリカやIMFから伝授された「ショック療法」で、90年代ロシアのGDPは40%以上も減ってしまった。
そして、アメリカが1990年の約束を破り、「NATOの東方拡大」をしたことは、ロシア人の怒りと恐怖の大きな原因になりました。東欧は、かつて事実上ロシア(ソ連)の支配下にあった。それが今では、アメリカが主導する「反ロシア軍事ブロック」に入っている。このことは、ロシアのトップを大いに恐怖させている。
で、米ロ関係はどうなったのでしょうか? プーチンが大統領になったのは2000年。02年頃から、米ロ対立は激しくなっていきます。
まず、プーチン・ロシアは、アメリカのイラク戦争に反対した。
- 03年、米ロはイラク戦争をめぐって対立
- 03年、ユコス事件
- 03年、グルジア・バラ革命
- 04年、ウクライナ、オレンジ革命
- 05年、キルギス、チューリップ革命
「かつての自国領」と認識する「旧ソ連諸国」で次々と革命が起こり、「親アメリカ・反ロシア傀儡国家」が続々と誕生していく。これはプーチンを恐怖させ、ロシアが中国と事実上の同盟関係を結ぶ、大きなきっかけになりました。
米ロの対立は、08年8月のロシア‐グルジア(現ジョージア)戦争に発展していきます。しかし、08年9月、リーマン・ショックから「100年に1度の大不況」が起こり、米ロは休戦状態になりました。09年~12年まで、「米ロ再起動時代」といいます。アメリカ大統領はオバマ、ロシア大統領は、アメリカ大好き男メドベージェフでした。
しかし12年、プーチンが再び大統領に返り咲き、米ロ冷戦が再開されました。
- 13年、米ロはシリア問題で対立
- 14年3月、クリミア併合
以後、ロシアは、欧米日から経済制裁を受け、非常に厳しい状況にある。というわけで、プーチンやロシアの上層部は、「われわれはアメリカと戦争している」という意識で暮らしている。
そうみると、東欧を飲み込んだNATO、今度はロシアの隣国ウクライナやグルジアを加盟させようとしている。これはロシアからみると「緩衝国家の消滅」を意味する。
「東部戦線」を見てみましょう。「戦争中」という意識で東を見ると、日本のMDも韓国のTHAADも全部「対ロシア」に見えてしまうのです。それで、ロシアは、韓国のTHAADに反対しています。
「戦争中」という視点でみると、北朝鮮は何でしょうか?そう、「アメリカの侵略を阻止してくれる国」ということになります。その国は、弱い方がいいでしょうか? 強い方がいいでしょうか? 結論は明らかですね。
プーチンは、「小さな国々は自らの独立や安全と主権を守るためには、核兵器を持つ以外、他の手段がないと思っている」と言いました。では、同じ論理で韓国が核保有するのを容認するでしょうか? もちろんしないでしょう。国益を追求すると「ダブルスタンダードになってしまう」ということですね。
これは、アメリカも同じです。アメリカは、「独裁はダメだ!」といって、イラン、シリアなどを批判し続けています。一方で、独裁のサウジとは良好な関係にある。「おかしいじゃないか!」と思うのですが、それが現実。
私たちは「あるがまま」を見て、対応策を冷静に考えていく必要があるのです。
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