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【書評】里山には何かいる。恐怖に満ちた、人里と深山の境界

人里と深山の境界・里山。山菜採りや昆虫採集目的で足を運んだ経験がある方も多いかと思います。しかしそこでも「不可思議なこと」は起こるようで…。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが紹介しているのは、そんな怪異譚を集めた短編集。この時期ピッタリ、まさに背筋が凍るエピソードが満載です。

里山奇談
coco、日高トモキチ、玉川数・著 KADOKAWA

coco、日高トモキチ、玉川数『里山奇談』を読んだ。山と渓谷社の「山怪」シリーズとは違うが、表紙も内容もテイストがそっくりだ。こちらはKADOKAWAである。野山を渉猟し昆虫や動植物を愛でる「生き物屋」と称する3人による、人の暮らす地と神の棲む山の境界にある里山で見聞した怪奇譚である。

「山怪」ブームに便乗しているといわれても仕方がないが、意外に高品質で、収録された40篇はなかなかいい味を出している。「生き物屋」とは「己の好む生き物に出逢うため、暇さえあればあちらこちらへと距離や天候、家族からの厭みといったあらゆる障害を気にかけることなく野山へと出かけていく人」だ。

舞台は深山の対義としての里山。人里と深山の境界である。この本には奇談・怪談の枠組みに収まりきらない物語が集められている。かつてわたしも、湧き水や昆虫を求めて近郊の里山をずいぶん巡り歩いたものだが、里山はいつでもからっと明るく、この本にあるような不思議なことに出会ったことがない。

それでも、四国八十八ヶ所を自転車で巡ったとき、どこかの寺の裏山で変な暗い道に入り込み、絶対違う絶対違うと口に出しながら、足はズンズン進むという、恐ろしい体験をしたことがある。ふっと束縛がゆるんで、必死に戻った。西国三十三所では、近江の山上の寺への往復に、やたら蛇が出てきて厭だった。

やはり「心霊スポットは危険だ。使われなくなった施設建物、廃集落や閉鎖された坑道などに多い。その場所を生活圏とする人々が、公的機関などしかるべきところに訴えて撤去すればいいはずだが、立ち入り禁止の看板やおざなりのストッパーを置いただけで、存在をそのままにしているのはなぜだ。

その理由が明かされているが、それが本当かどうかはともかく、好奇心で触れないほうがいい、ということである。廃墟の病院に探検にいった兄弟の話もリアリティがある。一緒に入ったはずの弟が、弟ではなかった。弟は恐くて途中で兄について行けなかった。兄の肩に手を置いたのは、顔のない誰かだった。

山に入るのを控えるべき祭の日に、しかも女が入るのは禁忌とされる日に、祠の供物に気づいていながら、せっかくの休みに収穫なしではいやだと、里山に踏み行った虫好きの女性。ウスバキトンボの尋常ではない大群に遭遇する。幻想的な光景だが、名状しがたい畏れから心がざわつき、見惚れている余裕はなく、トンボの群れと一緒に山を下りた。彼女は神様の警告だったと思っている。

里山を歩いていると、不意に空気が変わる。周囲を押し包む雰囲気が変わる。強く生臭い獣臭、肌を刺すような視線、一歩も踏み出せない強力な威圧感、何もそこに見えないのに……。やだやだ。寝る前に読んでいたのだから愚かであった。「野山に入る者には、何か怪しいことに気づいてもその場では口に出さないという申し合わせ事項みたいのがある」らしい。これは大事なことだ。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

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