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ピケティの奥さまが著したメディアビジネス論が興味深い

昨年、「21世紀の資本」などの著作で日本でも大ブームを巻き起こしたトマ・ピケティ氏。そんな彼の奥さまがメディアビジネス論を上梓しました。一体どのような分析がなされているのでしょうか。『佐々木俊尚の未来地図レポート』が斬ります。

トマ・ピケティの奥さまが著したメディアビジネス論を読む

ちょっと興味深い本を読みました。そのものズバリのタイトルです。

なぜネット社会ほど権力の暴走を招くのか

著者のジュリア・カジェさん、ちょっと美人系の写真が帯に出ていますが、パリ政治学院准教授を務める気鋭の経済学者。そしてなんと、昨年日本でもベストセラーとなった「21世紀の資本」を著したトマ・ピケティ氏の妻だそうです。

書いてあるのは、こういう内容。ネットが普及して、新聞や雑誌は読まれなくなっている。新聞社は人員をデジタル部門にたくさん投入するため、現場のジャーナリストの数は世界的に減少している。くわえてウェブでもあまり儲からず、売り上げ低下に苦しんだ結果、ワシントンポストがジェフ・ベゾスに買われたように、大富豪の傘下に墜ちていって、独立性が犠牲となっていってしまう。ウェブは情報量は多いが、質はとても低く、ジャーナリズムを実現できていない

……というようなテーマで、まあこの分析は半分は当たっているけれど、半分はちょっと違うかなというのが私の感想です。

振り返れば、インターネットが普及することで、人々の声が社会に届きやすくなり、本当の民主主義が実現するというような言説は、1990年代後半以降、くり返し語られてきました。

でもこの予測はかなり楽観的だったと言えます。ネットの力はたしかに大きくなり、行政・立法・司法に加え「第4の権力」と呼ばれてきたマスメディアに対抗する新しいパワーを生みだしました。いまやネットは「第5の権力」になりつつあるように思えます。

しかし一方で、かつて米法学者のキャス・サンスティーンが著書「インターネットは民主主義の敵か」で予言したように、同じ見解を持つ者同士を閉鎖的なクラスターに囲い込んでしまい、孤立させるという方向へと傾斜してきています。震災後の反原発カルトの行く末などは、その典型的ケースだったと言えるでしょう。

加えてネット言論空間では、イデオロギーの左右を問わず極端な意見を言う者ばかりが目立ち、もてはやされます。良識的な中間層の意見は可視化されにくい状況になってしまっているということは、「21世紀の自由論」でも論じたとおりです。

ではどうするのか。著者は、先ほども書いたように質の高い情報を提供していたマスメディアが弱体化し、ネットではチープな情報があふれてしまうようになっていると指摘しています。情報洪水によって記事の単価は下落し、従来のように高品質な内容のものを有料で提供することが難しくなったというのですね。この市場原理の下では、綿密な調査報道に基づく良質な記事は費用対効果の点から成立しにくい。調査報道や権力監視は、民主主義には必ず必要なものであり、このジレンマをいったいどうするのか?

現時点での情勢だけを見れば、たしかにそうなのですが、いまちょうど起きているメディアのイノベーションについて本書にはまったく言及がありませんでした。ネイティブ広告やデータ分析などを軸とした新たなビジネスモデルが生まれてきており、このビジネスモデルが良質なジャーナリズムを支える基盤となるのかどうかが、今後の最大の注目ポイントとも言えるでしょう。この点をまったく分析していない本書は、そういうメディアイノベーションの実態をまったく知らないのか、それともあえて言及を避けたのか。

ちなみに著者は結論として、クラウドファンディングの仕組みを駆使し、株式会社と財団のハイブリッドとなる新しいメディア会社を提案しています。これもまあひとつの可能性はありということで、その点で興味深い書籍であるということは申し上げておきたいと思います。

image by: Amazon

 

佐々木俊尚の未来地図レポート』より一部抜粋

著者/佐々木俊尚(ジャーナリスト)
1961年生まれ。早稲田大政経学部中退。1988年毎日新聞社入社、1999年アスキーに移籍。2003年退職し、フリージャーナリストとして主にIT分野を取材している。博覧強記さかつ群を抜く情報取集能力がいかんなく発揮されたメルマガはメインの特集はもちろん、読むべき記事を紹介するキュレーションも超ユースフル。
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