現在日本が一番危険視しているのは「北朝鮮」ですが、中東もまた荒れているようです。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんが伝えるところによると、先日米軍の攻撃でロシア民兵が死亡したとのこと。北野さんは「これこそシリアで続く米ロの戦いである」と断言し、今中東で何が起こっているのかをわかりやすく解説しています。
シリアで続く米ロの戦い
世界には、主な紛争地域が、三つあります。すなわち、
- 東アジア=北朝鮮問題
- 欧州=ウクライナ
- 中東=特にシリア
日本はアジアにあるので、もちろん北朝鮮問題が一番気になります。北朝鮮問題は、五輪のおかげで「対話ムード」になっていますね。一方、中東は、また荒れ始めています。いくつか最近の事実をあげておきましょう。
米軍の攻撃で、「ロシア民兵」死亡
まず、「米軍の攻撃で、ロシア民兵が死んだ」という、ショッキングなニュースがあります。
シリアに派遣のロシア人民兵、米軍の空爆で死亡
CNN.co.jp 2/14(水)9:36配信
(CNN)米軍がシリア北部で7日に行った空爆で死亡した100人あまりの男性の中に、ロシア人民兵数人が含まれていたことが分かった。家族や友人が明らかにした。
「民兵」ってことは、「正規軍」とは違うのですね。殺されたロシアの「民兵」とは誰なのでしょうか?
関係者によると、死亡したのはロシアの民間企業ワグナーに採用された民兵で、ロシア軍とシリア政権軍を応援するためシリアに派遣されていた。
(同上)
民間「軍事」企業ワグナー。アメリカにも、民間軍事企業はありますが、ロシアにもあると。
ワグナーは、ウクライナ東部の分離独立運動を支持しているとして、米国の制裁対象になっている民間企業。シリアには民兵数百人を派遣しているとされる。
(同上)
ところで、なぜアメリカは、ロシアの民兵のいるところを攻撃したのでしょうか?
米当局者によると、この日は米軍が支援するシリア民主軍(SDF)の基地が砲撃されたことを受けて米軍が空爆を行い、100人あまりを殺害したという。
(同上)
なるほど。アサド軍が「反アサド」の「シリア民主軍」を攻撃したので、報復した。そしたら、その中に、「ロシア民兵」がいたと。ちなみに、この件、ロシア側はほとんど反応していません。
ロシア政府はシリアに派遣された民兵については言及していない。ペスコフ大統領報道官は13日、「シリアにいたかもしれない他のロシア人に関する情報はない」と語った。
(同上)
事実上「俺たちとは何の関係もない」宣言ですね。もちろん、「民間軍事会社」とはいえ、国と全然関係ないはずはありません。
イスラエル、シリアを空爆
米軍が、ロシア民兵を殺したのが2月7日。その3日後の10日、今度はイスラエル軍機がシリアを空爆し、逆に撃墜されるという事件が起こりました。
越境空爆後のイスラエル軍機、シリア軍が撃墜
読売新聞 2/11(日)11:01配信
【カイロ=倉茂由美子】イスラエル軍は10日、シリアを空爆したイスラエル軍機が、アサド政権軍により撃墜されたと発表した。
なぜ、イスラエルはシリアを空爆したのでしょうか?
発表によると、イスラエル軍は10日、同国領内にシリアから侵入してきたイラン製無人機を撃墜。シリア側に越境し、イランが関係する施設などを空爆後、シリア側の地対空ミサイルで撃たれた。イスラエル領内に墜落し、操縦士が負傷した。
(同上)
シリアから、イラン製のドローンが、イスラエル領に侵入してきた。イスラエルはそれを撃墜。その後、シリア領に入り、イランが関係する施設を空爆した。この件、アメリカは、早速「イスラエル支持」の声明を出しました。
米国、「シリア内のイラン拠点」空爆でイスラエル支持を明言
2/11(日)11:22配信
【AFP=時事】米国は10日、イスラエルがシリア国内でイランの軍事拠点とみなした標的を空爆したことについて、イスラエルを支持するとの声明を発表し、内戦で崩壊状態にあるシリアで暴力を激化させているとイランを非難した。
シリアで何が起こっているのか?
ここまでの話、背景を知らないとわけがわからないと思います。いい機会ですので、復習しておきましょう。
シリアでは、2011年から内戦が続いています。シリアのアサド大統領は、反欧米。それで、アメリカ、欧州、さらにサウジアラビア、トルコなどが、「反アサド派」を支援しました。
一方、ロシアとイランは、アサド現政権を支援します。そのため、アサド政権はなかなか倒れない。忍耐が限界に達したオバマは2013年8月、「シリア(=アサド)を攻撃する!」と宣言します。理由は、「アサド軍が化学兵器を使ったから」でした。ところが、2013年9月、オバマは「やっぱ戦争やめた!」と宣言。世界を仰天させます。
この当時、シリアは、大きく二つに分かれていました。すなわち、アサド派と反アサド派です。ところが、反アサド派からISが独立し、急速に勢力を伸ばしていきました。
いまや、シリアは、アサド派、反アサド派、ISの三つの勢力になりました。このIS、2014年、数々の残虐行為を行い、世界を恐怖に陥れた。それで同年8月、アメリカは、IS空爆を開始します。ところが、この空爆、やる気が全然なかった。なぜ?
ISは、残虐で、世界のあちこちでテロをする。しかし、「反アサド派」から出たISは、その後も「反アサド」なのです。つまり、アメリカにとっては、敵であると同時に「味方」でもある。それで、アメリカの空爆は、ほとんど効果があがらなかったのです。
戦況が変わったのは、ロシア軍が2015年9月、シリア空爆を開始したこと。ロシア軍の目標は、「同盟者アサドを守ること」。その為、ISは、完全な敵。ロシア軍は、ISの資金源となっている石油インフラを容赦なく破壊していきます。これで、ISは、弱体化したのです。2017年12月11日、プーチンは、「勝利宣言」を行いました。
ロシアのプーチン大統領は11日、ロシア軍が駐留するシリア西部のヘメイミーム空軍基地を予告なしに訪問した。軍部隊を前にした演説で、シリア空爆作戦の終了を宣言し、軍の撤退を命令した。ロシアが2015年9月末に開始したシリア空爆は「終了」という大きな節目を迎えた。
(毎日新聞 2017年12月11日)
中東における影響力、ロシアがアメリカを凌駕した瞬間でした。それで、親米のはずのサウジアラビア、イスラエル、エジプト、トルコなどが、プーチンに擦り寄りはじめた。
中東に戻るアメリカ
アメリカの立場の変遷について触れておきましょう。オバマは、その二期目、中東への関心を急速に失っていきました。なぜ? 中東といえば、石油ですね。ところが、アメリカでシェール革命が進み、自国内にたっぷり石油、ガスがあることがはっきりしてきた。それで、「もう中東はいいや」となった。オバマは、サウジアラビア、イスラエルを冷遇し、アメリカと両国の仲は、とても険悪になりました。プーチンは、オバマが中東への関心を失っている隙に、勢力を拡大したのです。
ところが、2017年、イスラエル、ネタニヤフ首相の親友トランプがアメリカ大統領になった。彼は、オバマが破壊したイスラエル、サウジとの関係を修復しはじめました。そして、ロシアが、中東の覇者になっている現状が気にいらない。それで、「プーチン勝利宣言」にも関わらず、アメリカ、イスラエルは、「アサド軍攻撃」をつづけているのですね。
イスラエルが、シリアを攻撃するのは、「いざとなったらアメリカが参戦してくれる」と確信しているからでしょう。こう見ると、プーチンの「勝利宣言」は「早すぎたのかな」と思います。
確かに「戦術的」に見れば、ロシアの同盟者アサドは、生き残っている。しかし、「戦略的」に見れば、ロシアの行動に不満なアメリカは、対ロ制裁を解除しないでしょう。ロシア経済は、ますますボロボロになっていきます。プーチンが「戦略的勝利」を得たければ、アメリカに制裁を解除させることが、絶対必要です。しかし、現時点で、状況はますます悪くなっています。