メルマガ『ジャンクハンター吉田の疑問だらけの道路交通法』の著者で交通ジャーナリストの吉田武さんが、現役タクシー運転手・Kさんに裏話や面白エピソードを聞く連載シリーズ。前回の「タクシー運転手の「トイレ」すら許さない、理不尽な駐車禁止の実態」に続き、今回は、ある「昭和の大物俳優」を乗せた際のエピソードについて。タクシーを一方的に加害者と決めつけて車を止めさせた警察官が、目の前にいるのが国民的スターだと気付いたときの反応は…?
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昭和の大物俳優は器が違う。ベテランタクシー運転手が味わってきた様々な交通事案 その3
吉田:Kさんは著名人の方を乗せた時のエピソードなんて持ってます?
Kさん:いっぱいありますよ。個人情報を出すのはさすがに抵抗ありますのでお名前は控えさせて頂きますが、吉田さんが食いついてくれそうなお話ですと……とある昭和から活躍していた有名な俳優の方を銀座から六本木まで乗せたんですね。
タクシーへ乗せた時からお酒の匂いがプンプンしてまして、相当飲んでいたみたいだったんですが、六本木で約束があったそうでタクシーへ乗り込むなり「急いで六本木の交差点までよろしく」と一言。その恰幅良い俳優さんは俳優らしいオーラを出していましたので、映画で観る雰囲気と変わらぬカッコ良い方でした。私もタクシー運転手を始めて2年目だったでしょうか。
「運ちゃんさ、まだ初心者だろ。急いで六本木へって言ったのは取り消しでいいよ」と、私の対応がヘタだったことを察して飛ばして向かわなくても良くなったんです……が、信号を右折した時、赤信号にも関わらず酔っぱらいのサラリーマンが横断歩道を渡ろうとして飛び出してきたんです。急ブレーキをかけてぶつかるのだけは回避したんですが、そのサラリーマンは驚いたはずみで後ろへお尻から転倒。後部座席にいる俳優の方も前のめりでツンのめってしまい、私は彼のことも気にしようとしたところ、警察官がたまたまその現場にいて歩行者妨害扱いで交通違反で青キップを切ろうとしてきたんです。
吉田:一部始終見てない警察官だったんですね。それは運が悪いどころか物申さないとダメな状況じゃないですか。
Kさん:ええ。物申したのはお客さん、つまり大物俳優の方だったんですよ。
吉田:なんと!別に出しゃばらくてもいいのに、その俳優さんは義侠心なのかその方の正義なのか分かりませんが物言いするのは凄いですねぇ。
Kさん:いくら酔っぱらっていたといってもまさかの展開に、まだタクシー乗り始めて2年も経過してない私からすると、驚きのあまり言葉を失うほどでした。
吉田:それにして勇気ある俳優さんですねぇ。豪気な役者さんっぽいですが、Kさんを助けようとしたわけですし、それなりに警察への不満もあったんじゃないですか?
Kさん:その俳優さんは昔、日本テレビのドラマで刑事役を演っていたとは言ってましたが、不満があったとかは伺ってなかったです(苦笑)。
吉田:で、警察官と俳優さんはどんなバトルになったんですか?
Kさん:「あんたさ、尻もちついているからって一方的にタクシーの運ちゃんを加害者にすんじゃないよ!赤信号を走って渡ろうとしてビックリして尻もちしてたんじゃねーか。一体どこに目をつけてるんだよ!」と、私が言いたかったことを全て代弁してくれました。
警察官のほうは「私は運転手さんに交通違反のペナルティーを与えねばなりませんので第三者の弁護は不要ですから…」と言った瞬間、警察官の表情が変わったんです。
吉田:え?それは何故ですか?
Kさん:警察官はお客さんの顔をハッキリと見た瞬間、日本を代表する大物俳優と分かり、一瞬動きが止まったんですよ(笑)。警察官が動きを止めてもその俳優さんは「言い掛かりつけんのは止めなさい」「瞬間的な部分しか状況を見ずに交通違反とは言語道断」など説教を始めてくれたんです。
吉田:さすが大物俳優さんだ(笑)。
Kさん:凄くカッコ良かったですよー、俳優さん。まさかお客さんに助けてもらえるとは思わず、警察官も誰が見ても”あの俳優”さんだって見た目で分かる人でしたので、自分の非を認めてくれて交通違反にはなりませんでした。
吉田:そもそも交通違反じゃないですけどね(苦笑)。横断歩道の信号が赤になって強引に無視して渡ろうとした酔っ払いの方に責任がありますし、酔っているから覚えてないと言われたとしても、酔っ払って記憶がなくなるほど酒を飲んでしまう側の自制心を失ったダラしない箇所へ責任能力が生じますから、裁判になったとしたら絶対負けませんよ~。
Kさん:警察官が私たちのようなタクシー運転手を狙って交通違反で取り締まる場合は、歩行者妨害が一番手っ取り早く有効な手なんですよね。
吉田:え? それはどうしてですか? 僕の中ではイエローラインを無視して歩道からタクシーを止めようとしているお客さんのせいで捕まっているケースを何度か見たことがありますので、てっきり交通違反で捕まるケースはそっちが多いと思ってました!
Kさん:それで捕まるタクシー運転手は運転手歴が短いビギナードライバーかと思いますね。警察官が交差点内にいるのに黄色い線を無視してお客さんを拾いに行くのは明らかに警察官が見てないと思っての行動だと思いますよ。
吉田:普通はやりませんよね(苦笑)。
Kさん:その日の売り上げが少ない場合はタクシーってみんな必死なので仕方ないと私は思いますが……やっぱり、どこに警察官がいるか分からないのでリスクがありますよ。
吉田:それにしてもタクシーが歩行者妨害違反で捕まるケースっていうのも……ちょっと迂闊すぎませんかね?
Kさん:そうですよね。交差点には警察官が立っていることが多いのに(苦笑)。捕まるパターンっていうのも大体決まっているんですけどね。
吉田:僕もイメージ沸かないですよ。タクシーとパトカーは交差点や信号機のある横断歩道では、ポールポジション取って、信号待ちの場合は最前列で待って周囲をチェックするのがプロと聞いてましたのでね。
Kさん:タクシー運転手からですか?
吉田:いえ、親しい巡査部長からです。パトカーだと信号がある場合はなるべく一番前で止まって信号待ちしているほうが交通違反する車両がいたらスグに追いかけられるかららしいです。それは白バイも同じことみたいですね。根本的に信号の手前に止まっていると違反する車両が見つけられやすいというメリットがあると言ってました。タクシーに関しても同じようなことで、信号の手前で止まっているほうがお客さんに横断歩道上やその周辺から広い範囲でタクシーを発見されやすいという理由で、パトカーとやっていることは同じなんだよと。
Kさん:その警察官はなかなか賢いですねぇ。そう教育されているとは思いますが、さらに付け加えさせて頂くと、信号の最前列で信号待ちする際に、なるべく左側の歩道寄りに車線を変更しといたら、よりお客さんを捕まえやすくなるので、覚えておいて損はないでしょう(笑)。
<次回へ続く>
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