4月27日に行われた南北首脳会談ですが、それまで朝鮮半島の2国を表に裏に操ってきた中国としては、自らの権威を誇示する焦りが見えたようです。そして、今回の会談を受け、日本を「蚊帳の外だ」と中国メディアがさっそく揶揄しました。しかし、台湾出身の評論家・黄文雄さんが自身のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』に書いた記事によると、中国外務省が会談当日、南北2国の「勇気」を讃えて贈ったという文豪・魯迅の漢詩に、日本と中国に対する皮肉な事実が含まれていたというのです。一体、どういうことでしょうか?
※本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2018年5月1日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【中国】南北首脳会談に漢詩を贈った中国の思惑
4月27日の南北首脳会談では、文在寅と金正恩の親密ムードが強調され、別れの際にはまるでオリンピックの閉会式のような催し物が披露されるという、わざとらしい演出がこれでもかと披露されていました。
両人が行った記念植樹では、休戦協定が締結された1953年に芽生えた松の木が植えられ、文在寅は平壌を流れる大同江の水を、金正恩はソウルを流れる漢江の水をかけるという、いちいち大仰な意味をもたせたイベントとなっていました。
首脳会談の夕食会のメニューにも、料理に「スイスの思い出」「運命的な出会い」などといった名前をつけるなど、さまざまなところで、歴史的な会談であることを意味づけようという嫌らしさが目立ったため、メディアでは「会談場のちり一つにも名前を付けるのではないか」との皮肉が飛び出したそうです。
結局、北朝鮮の核の放棄は約束されず、「朝鮮半島の非核化」という、在韓米軍による核の傘も含めて撤廃すべきとする、これまで北朝鮮側が繰り返してきた主張が盛り込まれた宣言が再び登場しただけでした。拉致問題も語られず、共同宣言は盧武鉉と金正日の南北首脳会談のものと、ほとんど同じものでした。
しかし、こうした国際的に大きなイベントがあると、国内外で必ずと言っていいほど「日本は取り残される」「日本は完全に蚊帳の外で孤立する」といった声が上がります。この南北首脳会談でも、新華網が「日本は自分が部外者にされるのではないかと焦っている」という記事をさっそく掲載しました。
中国としては朝鮮問題で日本を孤立化させることで、日韓、日米の関係に隙間風を吹かせようとしているのでしょうが、その後、文在寅大統領は安倍首相に対して「金正恩はいつでも日本と対話する用意があると意欲を示した」と述べており、中国メディアが言うような「心配」は、ひとまずなさそうです。
もちろん、外交は虚々実々の駆け引きであり、何が起こるかわかりません。そもそも中国自身が、南北融和と米朝急接近で、朝鮮半島でのプレゼンスを失う可能性があります。北朝鮮はこれまでも張成沢をはじめ国内の親中派を粛清してきた過去があります。
中国にもそうした焦りがあるから、わざわざ「日本が焦っている」という観測記事を出したのでしょう。
しかも、今回の南北首脳会談を行った2国の勇気を称えるために、中国外務省の華春瑩は、「荒波を渡り尽くせば兄弟あり、互いに会って笑えば恩讐も滅びる」(度盡劫波兄弟在、相逢一笑泯恩仇)という漢詩を引用しました。いかにも訓示を示すようで上から目線であり、南北融和には自分たちが関与したと誇示するかのようです。
● 中国、南北会談に臨んだ両首脳の「勇気」を称賛 漢詩の一節引用
ところが、この中国側が引用した漢詩ですが、これは文豪・魯迅の「題三義塔」という漢詩で、もともとは日中友好を歌ったものなのです。
約90年ほど前、1928年の大礼記念京都博覧会に、「学天則」という東洋初のロボットが展示されましたが、それをつくったのが西村真琴という生物学者でした。
その西村は、1932年の上海事変で廃墟と化した上海市へ、災害者援助のために医療団を組織して乗り込みますが、郊外の三義里というところで傷ついた鳩を見つけ、これを持ち帰り、三義と名付けて日本の鳩と一緒に鳩舎に入れたのです。
そして、子どもができたら、友人である魯迅に日中友好の証として贈ろうとしていました。ところが運悪く、鳩はイタチに食い殺されてしまいました。これを悲しんだ西村は、自宅に「三義塚」をつくり、鳩の絵と「西東国こそ違へ 小鳩等は親善あへり 一つ巣箱に」という詩とともに魯迅に送ったのです。
この西村の思いに感激した魯迅が西村に贈ったのが、「題三義塔」という漢詩でした。その一節が「荒波を渡り尽くせば兄弟あり、互いに会って笑えば恩讐も滅びる」だったのです。ちなみに現在、大阪の豊中市にこの「三義塚」が移設され、魯迅の詩碑とともに残されています。
● 西村真琴と魯迅
そもそも日中友好を願う日本人に感動して魯迅が創作した漢詩「題三義塔」を引用して南北首脳会談に賢しらに口を出し、その一方で「日本は焦っている」などと日本の孤立をあざ笑うかのような記事を出すのですから、本末転倒です。
中国政府は、この魯迅の漢詩を、台湾に対してもよく使います。温家宝も2008年、台湾と中国の関係について、この詩を引き合いに出して、中国人と台湾人は仲良くやっていける、だから統一すべきだと主張しました。ところが、そんな中国は、一貫して台湾への武力行使を絶対に放棄しないと宣言しています。
要するに、中国はこの魯迅の漢詩を、「祖国統一」のための侵略の方便として使っているのです。そのように考えると、南北首脳会談にこの漢詩を贈ったのも、非常に意味深長です。朝鮮半島での武力統一も示唆しているわけですから。
いずれにせよ、今回の南北首脳会談について、中国が自らのプレゼンスを誇示するかのようにアピールしているのは、来るトランプ・金正恩の首脳会談によって、米朝が接近することを警戒してのことでしょう。
しかも、金正恩は日本との対話を明言し、日本政府も朝鮮半島が1つになることに日本の不都合はないと言い切っているため、中国としては南北統一が現実のものとなりつつあります。そうなると、ベトナムに加えて反中国家がすぐ近くに誕生することになりかねません。中国はそれを何よりも恐れています。
不安定な朝鮮半島情勢をめぐり、周辺国や関係国の陣取りゲームやチキンレースが始まりつつあります。中国が南北に漢詩を贈ったということは、そのことを示しているわけです。
image by: 魯迅像 魯迅公園・上海(WikimediaCommons)
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