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狡猾な北朝鮮を、逆に日本がだますのはどうでしょうか?

中国の「独自支援」を得つつある金正恩は、アメリカが求めている「非核化タイムテーブル提出を無視するのでは?」とも噂されています。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは、読者の方からの「日本も拉致被害者の返還実現後、お金は渡さないだまし合い策をとるべき」という趣旨の投稿を紹介、投資家ソロスの分析を引用しながら「国がウソばかりつくと求心力が弱まる」と指摘しています。

金正恩をだますのは、どうでしょうか?

読者のSさまから、おたよりをいただきました。

北野様

 

まだ動くな日本。金正恩が仕掛ける日朝首脳会談の巧妙な『罠』」を拝読しました。読んでいるうちに「なるほど確かに北野さんの言うとおり、核廃絶をしないかぎり金と会わないほうがいいなぁ~…」と思いましたが……、フッと思ったことが…。

 

これは私見ですが、日本政府は北朝鮮側に「拉致被害者を帰してくれたなら経済支援を考慮しましょう…」と話をして、拉致被害者が帰国したら金には「北朝鮮ばり」に色々と理由をつけてカネを渡さない…、もしくは、核兵器開発ができない「手付金」しか渡さない。と、いうことはできないでしょうか?

 

そして…「核兵器、ミサイル廃棄が、『完全且つ不可逆的に検証』できるようになったら本格的な経済支援をしましょう」、つまり、日本からの経済支援―カネ―が欲しいなら「本当に平和な国で、これから国際社会に復帰する」ための誠意を見せろ! ということはできないでしょうか?

 

日本政府は、ここまでの度胸とハッタリはないでしょうかね? 国の政治も「人間社会」ですから、ある程度の「度胸」と「ハッタリ」も必要ではないでしょうか?>

このメールですが、「拉致被害者を返してもらい北朝鮮にカネは渡さない」という作戦です。

この件について、私の考えを書きます。結論からいうと、私は相手が北朝鮮であろうと、ウソをつくことには反対です(そもそも、うまくだませるかという話もありますが)。

「…北野さんは、リアリストだと思っていましたが、しょせんアマチャンの理想主義者ですね。驚きました」と思う人もいることでしょう。しかし、私が「ウソはつかないほうがいい」というのは、「道徳的に悪いから」ではありません。「ウソは国を弱めるからです。どういうことでしょうか?

イラク戦争の「ウソ」がアメリカを没落させた?

ほとんどの読者の皆さまは、「90年代の強かったアメリカ」を覚えておられることでしょう。第2次大戦後、世界には二つの超大国、すなわちアメリカとソ連があった。ところが91年末にソ連が崩壊アメリカは世界で唯一の超大国になった。IT革命が起き、空前の好況。まさに、アメリカ国民は、「この世の春」を謳歌していました。

ところが今は、大統領が、「偉大なアメリカを再び創る!」と叫んでいる。てことは、現在アメリカは、「偉大じゃない」ということでしょう? どうして、これほど急速に没落したのでしょうか? 私は、「イラク戦争のウソ」が大きな要因だと考えています。

まず、「イラク戦争のウソ」について、証拠をお見せしましょう。イラク戦争については、「開戦の根拠が大ウソだった」ことがわかっています。皆さんご存知のとおり、イラク戦争の根拠は、イラクの独裁者フセインが、「大量兵器を保有している」「(9.11を起こしたとされる)アルカイダを支援している」でした。この二つの理由がウソだったこと、アメリカ自身も認めています。以下の記事を熟読してみましょう。

米上院報告書、イラク開戦前の機密情報を全面否定

 

[ワシントン=貞広貴志]米上院情報特別委員会は八日、イラク戦争の開戦前に米政府が持っていたフセイン政権の大量破壊兵器計画や、国際テロ組織アル・カーイダとの関係についての情報を検証した報告書を発表した。
(読売新聞2006年9月9日)

報告書は『フセイン政権が(アル・カーイダ指導者)ウサマ・ビンラーディンと関係を築こうとした証拠はない』と断定、大量破壊兵器計画についても、少なくとも1996年以降、存在しなかったと結論付けた。
(同上)

アメリカはイラク戦争で、「大ウソ」をついた。ここまではいいですね。なぜ、ウソをついたことが、アメリカを弱体化させる原因になったのでしょうか? 「バレたから」です。RPE読者さん以外の日本国民は、この仰天真実を知らないかもしれません。しかし、世界的には、とても広く知られた事実なのです。このことは、「アメリカは自由と民主主義を守る『正義の味方』という信仰、信念」をボロボロにしました。

結果どうなったか? 「アメリカ実は正義の味方どころか極悪国家なのではないか?」という国際世論が急速に形成されてしまったのです。こちらを、熟読してください。

「ブッシュ大統領は世界の脅威2位 英紙の世論調査

 

【ロンドン=本間圭一】ブッシュ米大統領が、北朝鮮の金正日総書記やイランのアフマディネジャド大統領よりも、世界平和の脅威だ──。

 

3日付の英紙ガーディアンは、世界の指導者で誰が平和への脅威になっているかに関して聞いた世論調査でこうした結果が出たと1面トップで報じた。調査は、英国、カナダ、イスラエル、メキシコの4か国でそれぞれ約1,000人を対象に世論調査機関が実施した。英国民を対象とした調査によると、最大の脅威とされたのは国際テロ組織アル・カーイダ指導者、ウサマ・ビンラーディンで87%。これに続いてブッシュ大統領が75%で2位につけ、金総書記69%、アフマディネジャド大統領62%を上回った。ビンラーディンは他の3国でもトップとなった。
(読売新聞06年11月4日)

ブッシュ(子)は当時、「世界の脅威ランキングで堂々2位につけていた。ブッシュがウソをついて、イラク戦争をはじめた。そのことがバレた。結果、「アメリカは、正義の味方ではなく、悪い国」という悪評が広がった。このことは、アメリカ自身に何か「実害」を与えているのでしょうか?

最大の実害は、「求心力が低下したこと」でしょう。たとえば2013年8月、オバマは、「アサドが化学兵器を使った! 攻撃しようぜ!」と主張した。英仏は当初賛成したものの、後に「やっぱやめた!」となりました。なぜ? いろいろ細かい理由はありますが、「アサド軍がホントに化学兵器を使ったのか?」アメリカの主張を信じることができなかったのです。なんといってもイラク戦争の開戦根拠はウソだったのですから。

さらに、2015年3月には、「AIIB事件」が起こっています。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、イスラエル、オーストラリア、韓国など、いわゆる親米国家群がアメリカの制止を完全無視し、中国主導「AIIB」に入ってしまった。これには、大きく二つ理由があります。一つは、「儲かりそうだ」。もう一つは、「アメリカを裏切ってもオバマは何もできないだろう」と考えた。

しかし、それ以前に、アメリカが自らウソをつき国際法を破壊したことで、世界の善悪がとても曖昧になってしまった。「アメリカ=善中国ロシア=悪」というわかりやすい図式が崩壊してしまった。結果、世界は、「アメリカ、中国どっちも善悪まざった灰色の存在」という風に認識するようになった。これは、アメリカには都合が悪く、中国には極めて都合がいい状態です。

ソロスが見た世界

ソロスといえば、世界で20何番目の超富豪。国際金融資本で、世界中の民主化運動を支援しています。そんな彼は、ブッシュ政権をどうみていたか?イラク戦争がはじまった翌04年、彼は『ブッシュへの宣戦布告』という本を出版しています。この本の中で、ソロスは、「アメリカの没落を明確に予測していました。

アメリカは今日の世界で、他のどの国家も、またどの国家連合も、当分は対抗できそうもない支配的な地位を占めている。アメリカがその地位を失うとすれば、それは唯一、自らの誤りによってだろう。ところが、アメリカは今まさに、そうした誤りを犯しているのである。

どうですか、これ?

アメリカがその地位を失うとすれば、それは唯一、自らの誤りによってだろう
「アメリカは今まさに、そうした誤りを犯している」

つまりソロスは、「イラク戦争は誤りで、それによってアメリカは、自らの地位(=覇権国家の地位を失う」といっている。これは、まさに今起こっていることですね。では、なぜアメリカは、大きな間違いを犯してしまったのでしょうか?

それは、この国が、「確実なものが存在する」という間違った考えと強い使命感を持つ過激派グループに牛耳られているためだ。
(同上)

ソロスは、なんとブッシュ政権のことを、「過激派グループ」と呼んでいます。彼は、06年に出版された本『世界秩序の崩壊~「自分さえよければ社会』への警鐘」の中で、アメリカと中国についての考えを明らかにしています。

ところが、ここに、皮肉にも愚かな事態が起きた。近隣の大国・中国が基本的に多極主義を受け入れ始めた矢先、アメリカ合衆国が正反対な方向へと動き、国際的な諸制度への疑念を強め、最近の国家安全保障面での難題に対して大幅に一極主義的な治療策を遂行したのである。日本は、この両国の板挟みになった。かたや最大のパトロンかつ保護国ながら、昨今益々世界の多くの国々との折り合いが悪くなってきたアメリカ。かたやその経済的繁栄を持続させ確保すべく国際的システムにおいて安定と現状維持を志向しつつある中国。

ソロスによると06年当時のアメリカは、「昨今益々世界の多くの国々との折り合いが悪くなってきた」国である。一方、中国については、「経済的繁栄を持続させ確保すべく国際的システムにおいて安定と現状維持を志向しつつある」国。

06年時点のソロスの、「米中観」は明確です。つまり、彼は、「アメリカ=悪」「中国=善」と考えていた。その根本理由が、「イラク戦争」「イラク戦争のウソ」だった。

ソロスのような国際金融資本の動きは、国の経済に大きな影響を与えます。ソロスは08年1月、「現在の危機は、ドルを国際通貨とする時代の終焉を意味する」と語り、アメリカの死を予言。そして、同年9月、リーマンショックから、アメリカ発「100年に1度の大不況」がはじまります。アメリカは、没落。

一方、ソロスら国際金融資本に好かれた中国は、沈むどころか浮上。その後も9~10%の成長をつづけ、世界は「米中二極時代」に移っていきます。

世界が日本のウソを目撃する

安倍総理と金が会談したとしましょう。無理だとは思いますが、「北が拉致被害者を返したら、カネを支払う」とディールが成立した。めでたく拉致被害者が戻ってきました。日本中が歓喜の渦に包まれます。金は、「約束通り、カネを払え!」という。安倍総理は、「やはり完全非核化が成るまでカネは出せない」と予定通り変心します。

このプロセスを世界が目撃するわけで、日本は「ウソつき国家」であることを証明することになります。中国、韓国は、「日本は今も昔もウソツキ国家だ。南京大虐殺でもウソをつき、慰安婦問題でもウソをついている!」などと大々的にこの状況を利用することでしょう。

では、圧力に負けて、日本が北にカネを渡したらどうなります? 金は、経済的余裕ができて、「やっぱ非核化やめた!」となるでしょう。これは、金がウソをつくことですが、全世界の誰もが北はウソつきであることを知っているので、まったく困りません

アメリカリベラルメディアは、「やはりトランプ大失敗だ!」と喜びます。トランプさんは、「シンゾーのせいディールが流れた。私の失敗ではない」と強弁するかもしれません。そして、金がカネ持ちになり、核を持ちつづけるのは、日本にとっても、非常にマズイことなのです。

というわけで、私が「ウソはつかない方がいい」というのは、「道徳論ではないという意味ご理解いただけるでしょう。「拉致問題解決」は、全日本国民の悲願です。しかし、「目的のためには手段を選ばず」と考えはじめると、失うものが大きいのです。

今は、米朝合意の行方を見守りましょう(アメリカ政府は、「数週間以内に核計画の全貌を示せ」と要求しています。北の本気度が明らかになるまで、それほど時間はかからないでしょう)。

image by: 首相官邸 - Home | Facebook

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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