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教えちゃダメだ。部下がぐんぐん育つ「良き指導者の条件」

指導者と選手、そしてその組織はどうあるべきかを考えさせられた2018年の上半期。無料メルマガ『起業教育のススメ~子供たちに起業スピリッツを!』の著者で長く人材育成に携わってきた石丸智信さんは、企業の人材育成や育児にも役に立つとして、メジャーリーグのある選手とコーチのやりとりを詳しく紹介しながら、指導者としてのありかたのヒントを記しています。

監督、コーチ等の在り方とは

昨今、スポーツ界における指導者と、その組織、チームの在り方などを考えさせられる出来事が、各種メディアを通じて報じられています。そこで、監督、コーチをはじめとした指導者の在り方役割について考えていきたいと思います。以前聴講した研修において取り上げられたケーススタディを踏まえて考察していきます。

聴講した研修の中で取り上げられたケーススタディは、メジャーリーグのチームで、あるピッチングコーチとなかなか成績の上がらないピッチャーとのやり取りが中心となっています。このコーチとピッチャーとのやり取りを聴いて、スポーツの監督、コーチはもちろんのこと、企業の人財育成を担うリーダーにとっても、その在り方、役割を考える上でのヒントがあると感じました。

1966年、ミネソタ・ツインズに、ジム・カーターというピッチャーがいました。毎年5勝か6勝しかできない、中堅のピッチャーでした。その年、ツインズはジョニー・セインという新しいピッチングコーチを入団させました。コーチであるセイン自身、大リーグのピッチャーとして成功した人です。

春のキャンプが始まり、新コーチのセインは、1週間近くまったく指導、コーチをしませんでした。ノートを持って、ニコニコと笑いながら、ピッチャーたちの練習を見て回りました。選手に対して「今週は自由に練習しろ」と言って、何も言わずにノートを取っているだけでした。

メジャーリーグでは、キャンプ初日からピッチャーは、投げ込みを行います。ピッチャーである各選手は、各々に投球練習を始めました。選手は、時々コーチの方を見てみると、コーチはただニッコリ笑ってうなずくだけで、何もアドバイスされませんでした

セインコーチは、新聞記者が来ると、「あのピッチャーを見てくれ。すごいだろ。今年は彼はやるよ。期待しているんだ」というように、新聞記者にさかんに各ピッチャーを売り込んでいました

1週間後、セインはピッチャーを一人づつ自室に招き、話し合いを始めました。ジム・カーターの番がきて、彼は恐る恐るセインの部屋に入っていきました。セインコーチはニッコリ笑って、「そこへ座ってくれ」と言って、椅子に座るように勧めました。そして、セインコーチは、「ジム、昨日君のお父さん見にきていたね」と話しかけました。

ジム・カーター 「はい、親父は、暇なんですよ」

セイン 「どこから来たの?」

ジム・カーター 「カンザス州のウィチタです」

セイン 「そうか、君のお父さんはウィチタに住んでいるのか。偶然だなあ。実は俺もカンザス州立大出身なんだよ。それにしてもこのアリゾナのキャンプ地まで来るのは大変だったろうな。でもわざわざ息子のキャップを見に来るなんて、いいお父さんだね」

ジム・カーター 「はい、僕もそう思います。」

ここまでのジョニー・セインコーチの姿勢、カーター選手とのやり取りからも、選手の成長を促す監督コーチとしての在り方役割のヒントがあると思います。

1点目は、徹底してピッチャーを観察している点です。セインコーチは、約1週間、ニコニコと笑顔で選手たちを観察し続けました。一般的には、コーチに実績があればあるほど、選手を見て「ここはこうしたら良い」といったように、すぐにアドバイスを与えてしまいそうです。また、コーチが、厳しい表情で選手を見ていると、選手はきっと緊張してしまって、あるがままの選手の姿を把握することが難しくなるでしょうね。

きっと、セインコーチは、本来の各ピッチャーの実力を確認するだけではなく、その選手の性格なども把握していたのではないかと思います。そういったことを把握した上で、これからの各ピッチャーのコーチングの方針を決めていたのでしょうね。

2点目は、新聞記者に選手のことを積極的に売り込んでいる点です。セインコーチは、それぞれのピッチャーのことを新聞記者に褒めています。これを聴いた新聞記者がピッチャーを取材する時に、ピッチャーに対して「セインコーチが、期待しているよ、と言っていたよ」と伝えることも考えられます。また、コーチが期待していることが新聞記事になることもあるでしょう。

褒める時の褒め方として、直接褒めるということが一般的ですが、第三者を通じて間接的に褒めるという方法もあります。直接褒められるのも嬉しいですが、間接的に褒められても、嬉しいですね。

3点目は、コーチと選手との立場の違いをしっかりと把握している点です。一般的に、選手はコーチのことを上の立場・存在であると認識して、コミュニケーションが取りづらいものです。

そこでセインコーチは、ジム・カーター投手との会話の冒頭で、お父さんの話から始めています。これは、セインコーチが、「選手はコーチを話す時は緊張するだろうな」と考えて、カーター投手がリラックスして話せるように、世間話から話を始めたのではないかと思います。

また、例えば、他者と話していて、出身地や子どもの頃にやっていたスポーツなど、何か自分と相手との間に共通点があると、親近感を持って、気楽に話しができるということがあります。私自身も、そういった経験があります。

セインコーチも、選手との共通点(ここでは、お父さんが住んでいる場所と出身大学の場所との共通点)を指摘することで、選手がコーチに対して親近感を持ってもらって本音で話してほしいと考えていたのではないかと感じます。


セインコーチ 「それじゃあ、お父さんのためにも今年は何が何でも2ケタ勝たないといけないね」

ジム・カーター 「はい、できればそうしたいです」

セインコーチ 「ところで、ジム、1週間、君の練習を見てきたが、いい球投げてたなあ。今年の調子はどうだ」

ジム・カーター 「今年は結構すべり出しは好調です」

セインコーチ 「そうだね、私もそう思う。今年はこの分だと2ケタはいけるだろう

ジム・カーター 「ええ、まあそうなるといいんですけど…」

セインコーチ 「ジム、君の持ち球は何だ

ジム・カーター 「私は、ストレートが一番得意です。次にカーブ、スライダー、それからもう1つチェンジアップの4つを持ち球としています」

セインコーチ 「今週はどれに力を入れたんだ」

ジム・カーター 「はい、ストレートですね。それとカーブには自信があります。でもスライダーとチェンジアップはいまいちです」

セインコーチ 「スライダーとチェンジアップね。ところで君のストレートはすごい。1週間、俺は君の一番得意なストレートを見続けてきたけど、一番光っている。俺もプロ野球界に20年身を置いているけど、お前のストレートは見たこともない程速いよ。去年6勝しかできなかったのが不思議なくらいだ。なぜ2ケタ勝てなかったんだろう

ジム・カーター 「やはり球種が少ないからではないでしょうか。ストレートとカーブだけでは勝てないと、前のコーチに言われました。ですから今年はスライダーとチェンジアップを徹底的にマスターしていきたいと思っています」

セインコーチ 「そうか、ところでスライダーとチェンジアップの2つで三振をとれそうか。今年の春のキャップでマスターできそうか」

ジム・カーター 「ちょっと無理です。どうも、いままでやってきたのですが、しっくりいかないんですよ」

セインコーチ 「そうか、三振を取れる球は何だ?

ジム・カーター 「それはもうストレートの速球です。これはちょっと自信があります」

ここまでのセインコーチとカーター投手とのやり取りから、どのようなことを感じるでしょうか。

指導者等において、学ぶべき点があるように思います。それは、コーチが答えを与えるのではなく選手自身に考えさせ意見や考えを引き出している点です。

例えば、セインコーチは、カーター投手に「持ち球は何か」と質問しています。コーチは、1週間にわたって、投手たちの練習を見ているのですから、各投手の持ち球は分かっているはずです。

ですから、コーチが、「君の持ち球は、ストレートとカーブ、スライダー、チェンジアップだね」とも言えたはずです。しかし、セインコーチは、あえて自ら答えを出すのではなく、選手に「持ち球は何か」と訊くことで、選手自身に考えさせることで意見や考えを引き出しています

また、セインコーチは、選手への質問を通じて、選手自身に自分の強み長所を気づかせようとしているのではないでしょうか。

カーター投手自身も、ストレートには特に自信があって、球種の少なさを補うために練習しているスライダーとチェンジアップといった変化球には自信がないということは、なんとなく気づいているように思います。選手がなんとなく気づいていることを、セインコーチは、その選手の良さを褒めたり、色々と質問することで、選手自身が考えて自分の強み長所を明確にしようとしています

例えば、カーター投手の自信のある球種を明確にする決め手の質問として「三振を取れる球は何だ?」と訊いています。その質問に答えることで、カーター投手は、自分が自信を持っている球種が、ストレートであることを明確するきっかけになったように感じます。

そして、セインコーチは、常に質問をすることによって、カーター投手自身が考えて出す考え、意見を引き出し、それを大事にしようという意図があったのではないかと思います。

では、セインコーチとカーター投手との会話を続けていきましょう。


セインコーチ 「そうか、三振を取れる球は何だ?」

ジム・カーター 「それはもうストレートの速球です。これはちょっと自信があります」

セインコーチ 「ところで、最近の最優秀投手、例えば、トム・ウィリアムス、ジョニー・ホートン、クレイグ・シモンズの特徴は何だと思う?」

ジム・カーター 「はい、3人の特徴は、豪速球だと思います」

セインコーチ 「その通り、君も豪速球投手の仲間入りしたいと思わないか」

ジム・カーター 「はい、できれば、そうなりたいです。」

セインコーチ 「よし、そうと決まったらこうしよう。今年の春のキャンプでは、ストレートだけ練習してみよう。練習でも、ウォームアップでも、オープン戦でも、とにかくストレートを徹底的に練習してみよう。4月からシーズンが始まったら、どの試合でも、投げる球の8割から9割はストレートでいい。そのかわり、三振をとりたい時、ストレートで絶対に三振を取れるぐらい練習してくれ


このケーススタディの最後には、下記のように書かれています。

セインコーチからこう言われて、カーター投手も大納得です。なぜなら、お前はストレートとカーブしかないから勝てない、と前のコーチに言われていました。しかし、球種を増やしたもののチェンジアップもスライダーも切れが、あまり良くなく、壁にぶつかっていたのです。

 

でもセインコーチは、難しいことを言わずに、憧れの豪速球投手への変身を促したのです。セインコーチは、ともかく彼(ジム・カーター投手)が一番得意なストレートに磨きをかけろ、と言っただけでした。春のキャンプで、カーター投手は、徹底的にストレートを練習し、相当の自信を持つことができました。

 

そのシーズン、ジム・カーター投手はストレートとカーブだけで、なんと26勝をあげ、アメリカンリーグの最優秀投手に選ばれました。

上記のコーチと選手との会話、やり取りの中でも、指導者等の在り方、役割や、人の成長を考える上で様々な学び、気づきがあるように思います。

まず1点目は、カーター投手に、豪速球投手をイメージさせることで、見える化している点です。理想となる姿や目指したい姿がイメージできないと、自分の中で、なかなか実感が持ちにくいものですね。

そこでセインコーチは、最近の最優秀投手の実名を出して、その投手の共通点をカーター投手に質問し、答えてもらっています。こうすることで、カーター投手に、豪速球投手として成功している姿をイメージさせるとともに、マウンドの上で、豪速球を投げて、活躍している姿もイメージ化、見える化していると思います。

「〇〇のようになりたい」というように、理想となる姿などをイメージすることは、在りたい姿へ向かう第一歩になるでしょうね。

2点目は、立場や実績だけに基づいて指導していない点です。セインコーチは、現役時代にピッチャーとして実績を出しており、また、選手から見ると、コーチという絶対的とも言える立場にいます。

ですから、カーター投手と接する始めの段階から「ジムお前は、ストレートが持ち味だから、今年の春のキャンプでは、ストレートだけ練習しろ。とにかくストレートを徹底的に練習してくれ」などと指示を出して、指導することはできたと思います。

しかし、セインコーチは、こういった指導方法をとらなかったのは、選手自身に自らの持ち味を気づいてもらって納得して欲しかったのではないかと思います。説得されてやることと納得してやることでは、その物事に取り組んだ後で出てくる成果なども違ってくるのではないでしょうか。

3点目は、これまでのセインコーチとカーター投手とのやり取りの全体を通じて言えることですが、個人個人を尊重し一人ひとりの持ち味を引き出し自信を持たせている点です。セインコーチも、最終的には、カーター投手に対して、「ストレートを徹底的に練習して、ストレートで絶対に三振を取れるぐらい練習してくれ」とコーチとしての方針を打ち出しています

しかし、その方針を打ち出すまでに、選手一人ひとりをしっかりと観察し、その選手の持ち味を把握し、選手との話し合いを通じて、信頼関係を築き、選手自らが自分の持ち味に気づくように促しています。選手は、自分で考えたり、気づいたりしながら、自分の持ち味などを見つけているので、コーチの方針に対しても納得して、自ら練習に取り組むことができるでしょうね。そうすることで、自分の持ち味が磨かれて、自信を持って本番に挑むことができたのではないかと思います。

カーター投手も、もともと素晴らしいストレートを持っていたと思うのですが、自分のストレートにいまいち自信を持つことができなかったことで、年間で5~6勝だったのではないかと思います。

セインコーチによって、自分のストレートが持ち味になることを再確認して、それを徹底した練習によって、自分のストレートの自信を持つことができたことによって、年間5~6勝勝だったのが26勝になり最優秀投手にもなったのではないかと思います。

セインコーチとカーター投手とのやり取りなどから、監督、コーチなどの指導者としての在り方、役割について考察してきました。ケーススタディの中での、セインコーチの選手に対する接し方などは、スポーツの監督、コーチだけではなく、人財育成を担うリーダーや、親御さんなどにとっても、示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

image by: Shutterstock.com

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【著者】 いしまるとものぶ 【発行周期】 週刊

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