9月12日、安倍首相に「前提条件なしの平和条約の締結」を不意打ち提案したプーチン大統領。北方領土問題の「棚上げ」の提案とも取れるわけですが、日本としてはどのような返答をすべきなのでしょうか。国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは自身の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で、世界各地で勃発中の「米ロ代理戦争」を解説するとともに、情勢不安定が続く間は領土問題への言及は避け、慎重に対応する必要性を説いています。
「前提条件なしの平和条約締結」発言の真意
たくさんの読者さんから、プーチンが、「年内に前提条件なしで、平和条約を結ぼう!」と発言したことについて、質問が届いています。知らない人もいるかもしれないので、一応。
12日午後、プーチン大統領がウラジオストクで開かれたシンポジウムで「ここで思いついたんですが、条件をつけずに、年末までに平和条約を締結しましょう」と述べると、会場から拍手が起こり、カメラは提案を受けた安倍首相の表情をとらえたが、直接、答えることはなかった。
(FNN PRIME)
これは、何でしょうか? 誰でもわかりますが、「北方領土問題を解決しないまま、平和条約を結びましょう!」といってるわけです。で、この発言の前に安倍総理は、演説している。
この直前に安倍首相は、平和条約を念頭に「今やらないでいつやるのか」とスピーチしたばかりだった。
(同上)
安倍総理が、平和条約締結を、「今やらないでいつやるのか!?!?!?!!?」というとき、ロシア政府高官の耳には、「平和条約締結をしましょう!」とは聞こえないのです。どう聞こえるかというと、「年内に、北方領土を全部返しやがれこら!」といっているように聞こえる。
しかし、安倍総理も日ロ関係を悪くしたくない。それで、直接的な表現は避け、「平和条約を」という。もちろん、直接「島返せこら!」というよりはマシです。それでも、やはりプーチンや、他のロシア政府高官の脳には、「島はやく返せ!」と変換されて聞こえる。
ところで、最近書いたように、北方領土返還、ロシア側からは、非常に厳しい状況です。というのも、北方領土を返したら、そこに米軍がくるでしょう? もし日本政府が、「ここだけ日米安保の適用外にしてくれ」とアメリカに要請したらどうなります? アメリカは、「OK! じゃあ、尖閣も日米安保の適用範囲外ね!」といってくるでしょう。そうなると、尖閣は、来年中国のものになってしまう。
この話、以前もしたのですが、「米軍が国境に来るロシアの恐怖」を、どうも日本人が理解することは難しい。そこで、今回は、世界で起こっていることを少し詳しく書いておきましょう。
米ロは、戦争中である
まず、ロシアから西を見ると、29か国からなる「巨大反ロシア軍事ブロック」NATOが拡大をつづけています。アメリカは、旧ソ連でロシアの隣国ウクライナやグルジアをNATOに入れる気でいる。
さらにシリアを見てみましょう。この国では、2011年から内戦がつづいています。ロシアは、イランと共に、アサド現政権を支援している。一方、アメリカは、欧州と共に、「反アサド派」を支援している。結局、シリア内戦は、「米ロ代理戦争」と化しているのです。
そして、ロシアがこの地で勝利をおさめつつあります。ISは消滅し、その他の反体制派は今、最後の拠点イドリブ県にいる。アサドは、これをつぶそうとしています。
【ニューヨーク時事】グテレス国連事務総長は11日、シリア反体制派の最後の拠点・北西部イドリブ県に対してアサド政権が総攻撃に踏み切れば、「血に染まったシリア内戦下でも見たことのない人道的悪夢を引き起こす」と警告し、総攻撃回避が「絶対不可欠だ」と強く訴えた。国連本部で記者団に語った。
(9月12日時事)
この攻撃が成功すれば、アサドは、ほぼ全土の支配権を回復します(東のクルド支配地域には、米軍がとどまっていますが)。そして、ロシアもこの攻撃をサポートしている。
シリア近海にロシア海軍艦集結、米国防総省が警戒強める
CNN.co.jp 9/14(金)17:20配信
ワシントン(CNN) 内戦が続くシリアに近い地中海東部にロシア海軍艦十数隻が配備され、米国防総省や北大西洋条約機構(NATO)が警戒を強めている。複数の米当局者が米情報機関の見方としてCNNに語ったところによると、ロシアを後ろ盾とするシリア政権軍が、反体制派の支配地域イドリブ県にある医療施設を空爆したという情報もある。米国防総省のペイホン報道官はCNNに対し、ロシアがシリア近海で着実に大規模な海軍部隊を構築しつつあり、十数隻の海軍艦の多くはロシア製の巡航ミサイル「カリブル」を搭載していると語った。NATOの当局者もロシア海軍艦のプレゼンスに懸念を表明。オランダ、カナダ、ギリシャ、スペインの海軍艦が、ロシアの動向を注視していることを明らかにした。
そして、ロシアは、「史上最大規模の軍事演習」を【中国】と共に行っている。
ロシア、「同国史上最大」の軍事演習を開始 中国軍も参加
9/12(水)9:37配信
【9月12日 AFP】ロシアは11日、同国史上最大とする軍事演習を開始した。西側に揺さぶりを掛けてきた軍事力を誇示する今回の演習には、ロシア兵数十万人に加え、中国軍も参加する。ロシア国防省は声明で、1週間にわたる軍事演習「ボストーク2018(Vostok-2018)」を極東地方と太平洋上で開始したと発表した。
どんな演習にも、「仮想敵」がいます。中ロが共同で、「史上最大規模の軍事演習」をするのは、当然アメリカを念頭においている。
というわけで、アメリカとロシアは、広義にみれば「戦争中」。こんな状況で、日本に領土を返し、「米軍にこられたら、たまったもんじゃない!」というのが、プーチンやロシア政府高官の本音なのです。
安倍総理が、「今やらないで、いつやるんですか!」といった。柔道家プーチンは、その言葉を逆手にとり、その言葉のエネルギーを利用して、「そうだ! 今、平和条約を締結しよう! 年内に、領土問題は、棚上げしたままで、平和条約を結んでしまおう!」という意味のことをいった。領土問題棚上げなら、米軍が北方領土に来るのを阻止できる。そして、平和条約を結び、戦争状態を終わらせることができる。
もちろん彼の頭の中に、こういうアイディアは元からあったことでしょう。しかし、その発言が飛び出したのは、米ロ戦争中なのに、安倍総理が、「平和条約を今やらずにいつやるのですか!」(ロシアからは、「はやく島返せ!」と聞こえる)といったからなのです。
では、日本はどうすればいいのか? あまり深刻にならず、「日本は、さらに、日ロ関係を発展させていきたい!」といい、一歩一歩関係を強固にさせていけばいい。
今回は、米ロ関係がどれほど悪化しているかについて触れました。日本にいたら、その緊張感は全然伝わってこないでしょう?これも、安倍総理が、日米、日ロ、日韓、日中関係を改善してくれたおかげです。2012年、民主党政権の最末期は、日米、日ロ、日韓、日中関係が、いずれも最悪だった。一日本国民として、心から安倍総理に感謝したいです。
image by: 首相官邸