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止まったら死ぬぞ!難病と闘い東証1部へ導いた外食界のカリスマ

居酒屋「九州熱中屋」など、100業態以上の飲食店などを全国展開する外食大手「DDホールディングス」。同社を東証1部上場にまで導いたのが、難病「若年性パーキンソン病」と闘う創業社長の松村厚久(あつひさ)氏です。そんな彼の日常を1年にわたって追ったドキュメンタリー映画『熱狂宣言』が4日から公開されました。松村氏の生き様に魅せられた映画プロデューサー・奥山和由氏が15年ぶりにメガホンをとった今作は、どのような道のりを経て完成までに至ったのでしょうか? フリー・エディター&ライターでビジネス分野のジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんが、「渾身の一作」が封切られるまでの舞台裏を取材しました。

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。

この人に会いたい。書店で本を手に取って感じた「昭和の日本人」オーラ

難病の若年性パーキンソン病と闘いながら、会社を東証1部上場に導いた、年商約451億円(2018年2月期)、店舗数425店(同)の外食大手DDホールディングス創業社長松村厚久氏の1年にわたる日常を追った、ドキュメンタリー映画熱狂宣言』(配給:KATSU-do)が4日、「TOHOシネマズ・六本木ヒルズ」にて封切り公開された。

東京国際映画祭で舞台挨拶に立つ、奥山監督、松村社長、出演者の近藤太香巳氏(ネクシィーズグループ社長)(C)2018 TIFF

監督は、『うなぎ』(今村昌平監督、カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞)、『ソナチネ』(北野武監督、英国BBC「21世紀に残したい映画100本」選出)などをプロデューサーとして指揮し、国際的に高い評価を受けている奥山和由氏が、15年ぶりにメガホンを取った。

奥山監督は「最初、松村さんと会って、パーキンソン病と闘う成功したやり手社長というようなステレオタイプのとらえ方では言い尽くせない映像的な魅力を感じた。松村さんを、キタキツネやシロクマを撮るようにまるっと撮った」と語る。

奥山和由監督 (C)2018 TIFF

映画の世界では、ダイレクトシネマ、観察映画と呼ばれる、まるごと全てを撮るドキュメンタリーの手法であるが最近見られなくなった。今のテレビのような、結論に向かって誘導していく手法の対極にある。

それにしても、なぜ今、『熱狂宣言だったのか

自分の方向性が見えなくなっていた時期があって、ふと書店で『熱狂宣言』の本を手に取り、表紙に写っていた松村さんの面構えに興味が引かれました。昭和的なものを感じるというか、高度成長期に都会で揉まれながら、もう一度アイデンティティを確立しなければならなかった日本人のオーラを感じて、この人に会ってみたいと、インスピレーションが湧いたのです。(奥山氏)

そこで本の版元である幻冬舎に電話をしたら、面会のセッティングをしてくれたのが、始まりだった。奥山氏はカメラを背負って行った。

奥山氏は1対1で会うつもりだったが、もう松村氏のまわりに十人くらい集まってしまっていた。これは誤算だったが、松村氏の情熱的な眼差しに、得も言われぬ生命力と心地よい熱量を感じた。どこがいいのかうまく言い表しにくいところに、映画との親和性の高さを確信。ドキュメンタリーを撮ろうと決断した。

ベストセラー本で明かした、衝撃の「難病」告白

小松成美氏が著した『熱狂宣言』は、2015年8月に発売され、文庫も含めて累計10万部を売ったベストセラーである。本作によって、松村氏は自身が若年性パーキンソン病であると告白。パーキンソン病は現状、原因が不明で脳から神経伝達物質のドーパミンの分泌が減少するため身体の動きに障害が出る、治療が確立されていない難病である。

熱狂宣言』(小松成美・著、幻冬舎・刊)

日本には15万人のパーキンソン病患者がいると言われ、高齢者ではそれほど珍しくないが、30代以下で発症する若年性はである。有名人では、俳優のマイケル・J・フォックス氏、元プロボクサーのモハメッド・アリ氏らがパーキンソン病を患っている。

ただし、症状を抑える薬の開発は進んでいて、映画でも確認できるが、薬が効いて調子のよい時は病をあまり感じさせないほど健常に戻り、講演もできれば、歌も歌える、踊りも踊れる、習字も書ける、パソコンも打てる。知能に影響がなく、経営に全く支障がない

しかし、薬が切れると言語不明瞭手足も動かず人に背負ってもらってようやく動けるくらいになってしまう。甚だしくは植物人間にしか見えないほど、寝たきりになる。しかし、松村氏によれば、外見でどう思われようが頭は冴えているので、考える時間が増え、むしろ集中力が高まったという。

縁深いドキュメンタリー映画の聖地・六本木で上映

映画熱狂宣言』は2日、東京国際映画祭にて特別招待作品として上映された。鑑賞した人からは、「何があっても諦めない元気をもらった」、「壮絶な生き方に心打たれた」、「パーキンソン病がどういうものかわかってきた」、「株主総会のような社長業の裏面が見えた」など、さまざまな感想が寄せられており、主演・松村氏をあらゆる角度からプリズムのように照射した、全員一致の答えを導き出せない内容となっている。

映画『熱狂宣言』のワンシーン。(C)映画「熱狂宣言」公式サイト

TOHOシネマズ・六本木ヒルズでのみの単館で、1日6回上映。上映時間は75分で、仕事の合間、仕事が終わってからも鑑賞できるスケジュール。公開期間は2週間を予定しているが、更新されてロングランとなる可能性もある。

● TOHOシネマズ・六本木ヒルズ上映スケジュール

なお「TOHOシネマズ・六本木ヒルズ」は、過去にアル・ゴア元米国副大統領が主演するドキュメンタリー映画不都合な真実」を日本で単館上映して、2007年1月の公開以来1年以上、異例のロングランを続けた、いわばドキュメンタリーの聖地である。

六本木DDホールディングスにとっても縁の深い地で、代表店である松村氏の故郷・高知の郷土料理、鰹やはちきん地鶏の藁焼きをメインとする「わらやき屋」などがあり、松村氏自身毎日のように界隈をよく飲み歩いている。

わらやき屋

そして、六本木駅前にある世界のビールやグリル料理を売りにしたラウンジ&バーグラスダンス」を10月19日より、「熱狂宣言のポップアップストア熱狂カフェとして営業中だ。

熱狂カフェ

六本木のど真中の人通りの多い場所にポップアップストアを出してしまう、外食企業ならではの宣伝手法が斬新だ。しかも、店内では、コーヒーマニアである奥山監督が監修し、UCCの鑑定士との共同作業でなめらかな舌触りと、豆とコクが最大限に引き立つ飲み味を追求したオリジナルブレンド朝の熱狂宣言」(500円、税抜以下同)及び、高知県産柚子と生姜に七味唐辛子の薬味・麻の実、蜂蜜、レモンをトッピングしたテキーラベースのエナジードリンク系カクテル夜の熱狂宣言」(900円)を発売した。

映画鑑賞の前後に、「熱狂カフェ」にてこのコーヒーやカクテルを飲めば、映画人や実業家になったような高揚した気分に浸れるというものだ。公開中、松村氏は「熱狂カフェ」に極力居るようにするそうなので、運が良ければ生の松村氏に会えるかもしれない。

「応援企業1000社集める」監督が発案した仰天目標

宣伝手法のユニークさは「熱狂カフェ」だけではない。奥山監督の発案で、映画の応援企業を1,000社集めるプロジェクトが立ち上がり、なんと半年間で目標達成。11月4日現在1,118社に上っている。

内訳は、外食関係、医療関係、高知県の企業など様々だ。

「応援企業が集まり過ぎてしまったくらいです。映画館も反響を知ってか、最初は1日に1回上映すると言っていたが、こないだ聞いたら6回上映に変わっていた。1日1回の予定が、一挙に6回。なかなかないこと」と奥山監督自身、期待以上の成果に驚いている。

奥山氏が今回、監督を務めるため、代ってプロデューサーに就任した江角早由里氏は、「最初、監督からこの企画を聞いた時は狂気の沙汰かと思いました(笑)。応援していただけそうな各社にお声掛けをし、協力していただける内容を一社一社ヒアリングして、ポスターの掲示協力や、社内外へのチラシなど宣伝物の配布、オリジナルグッズの作成など会社ごとに決めて行きました。気の遠くなるような地道な作業でした」と振り返る。

左から、近藤太香巳氏(出演者)、松村氏(主演)、江角早由里氏(プロデューサー)、奥山氏(監督)。写真提供: DDホールディングス

実は、江角氏はDDホールディングスの社員で、社長の広報担当者である。

さすがの松村氏も、応援企業1,000社を集めると聞いて、開いた口が塞がらず絶句したそうだ。なぜなら、奥山氏がプロデュースした、あの1987年邦画配給収入1位の『ハチ公物語』ですら、応援企業が20社ほどだったからである。

それでも奥山監督は「松村さんなら、みんな応援したがる。周りの社長たちも、社員たちも松村さんを懸命に支えようとしているじゃないですか。そこが素晴らしい。平成の怪物みたいな人だから集まる」と頑として譲らなかった。映画製作における奥山監督の熱狂ぶりがうかがえるエピソードだ。

隠し撮りに方針転換、実験的な手法で実像に迫る

奥山監督は、むしろ松村氏のパーキンソン病であること以外の面に本当の松村氏の魅力があると考え、撮り始めたが、撮ったものを点検してみると何も面白くなかった

松村氏は「監督の前では全てをさらけ出すつもりでしたから、何を撮影しても構わないという“松村厚久スタイル”で臨みました」と腹を括っていたが、いざカメラを向けるとDDホールディングス代表取締役社長の顔になってしまう。

素人さんですからね。やはり演技してしまいます。そこで、社員の方々にカメラを持ってもらって隠し撮りをする方針に変えました。僕の撮ったものはほとんど使い物にならなくて、江角さんの映像を多用しています。(奥山監督)

江角氏によると、社内のカメラマンのアドバイスで、一眼レフのデジタルカメラを機材として使ったとのこと。

映画『熱狂宣言』のワンシーン。(C)映画「熱狂宣言」公式サイト

車内、株主総会、オフィス、結婚式(再婚)など重要なシーンは江角氏によって撮影されている。ドキュメンタリーというと、監督がこだわりにこだわって自ら撮るイメージがあるが、監督不在、そこらの家電量販で売っているカメラによって撮影が進む、実験的な手法で松村氏の実像に迫っている。

アングルやピントなどいろいろ甘いと思いますが、素人なりに日常のさりげないありのままの風景を、そのまま撮影できたと思っています。ドキュメンタリーですし、機材のクオリティや映像表現の高さなどではなく“人”や“心” が伝わる場面やシーンをいかに切り取れるのかが勝負なのだと思います。(江角氏)

奥山監督はナレーションを入れず字幕もほとんどない、説明を排除したスタイルで編集した。音声が聞き取れないシーンもあり、何を撮っているのかわかりにくいという声もあるが、その代り自身で出演して、なぜこの映画を撮ったのかは説明している。ドキュメンタリー映画に、監督自ら出演するというのもユニークだが、自らを「熱狂」の渦に投企する強い意図を示している。

彼って、型にはまらないところに魅力を感じるんです。人に対してふと見せる細かい気遣いとか、やりたいことを何でもしようとする子供のような前につんのめる感じ、ちょっとテレ笑いした時の女の子のようなかわいらしさとか、これが魅力というには余りにも瑣末なものが集合体となって松村厚久ができています。(奥山監督)

主題歌の「LET YOUR LIGHT SHINE ON ME」は黒人霊歌で、“和製スティービー・ワンダー”の異名を持つ、盲目のアーティスト木下航志氏が担当。奥山監督は「明るいジャズ風に歌ってほしい」と注文を出し、ポジティブかつおしゃれな歌に仕上がった。

ユニークな店を次々開店も3.11で危機。その後、東証1部上場を果たした松村氏の経営手腕

最後に、若干だが松村氏の経営手腕について解説していこう。

松村氏は大学時代に「サイゼリヤでアルバイトとして働いていた時、食べに来た人に「安いね、おいしいね、また来るね」と感謝されたのを機に外食の魅力に開眼。ディスコに就職し、黒服として活躍していたが次第に下火となり、95年に池袋に日焼けサロンを開業して独立した。日焼けサロンで資金を貯めつつ、飲食店の企画を練り、2001年に外食1号店の「ヴァンパイアカフェを銀座にオープンした。

ヴァンパイアカフェ

メイドと執事がもてなす「ヴァンパイアカフェ」はゴシックロリータを愛用する女性など、オタク女子に大受けし、日本のメイドブームの起点の1つとなった。

迷宮の国のアリス

その後、今のDDホールディングスとなる前は、社名をダイヤモンドダイニングと名乗り、『不思議の国のアリスの世界観を表現したアリスシリーズのレストラン、『ベルサイユのばら』をもじった「ベルサイユの豚」、インバウンド人気が高い原宿「カワイイ モンスター カフェ」、前出の「わらやき屋」、「グラスダンス」などエンターテインメント性が高い多彩なレストランを東京の山手線内を中心に出店してきた。

カワイイ モンスター カフェ

松村氏が「外食のカリスマ」と言われ始めたのは、10年に100業種100業態を達成した頃からで、1つの業態でも確立させるのが困難な中での前人未到の偉業であった。松村氏はマーケティングを重視、1つの駅の駅前でも立地の違いで異なった業態を開発して、自社競合を回避するドミナント出店を可能にした。

現在、DDホールディングスはM&Aを主たる戦略としているが、不振の外食企業でも立地が良ければ培った100業態を超える業態開発のノウハウで、店を最適な業態にリニューアルできる強みを持つ。

M&Aによって、文化、ビジネスモデル、アセット、人材等が組み合わされることで、既存のビジネスモデルを超越する新たなビジネスを創出させる、世界に誇るオープンイノベーション企業を目指したいです。(松村氏)

また、現場に権限を委譲する一方、目標達成を厳しく問うやり方で、自ら考え行動する社員を育成。細かいことを社長、幹部が指示しなくても自律的に動ける組織を目指している。

DDホールディングス社長、松村厚久氏。(C)2018 TIFF

では、本作のタイトルでもある「熱狂宣言の由来は何だろうか。

東日本大震災の後、本当に会社が潰れるかと思い、会社を永続させるために捻り出した言葉でした。家賃交渉、預かり保証金の減額交渉などやれることは全てやり、それまで手をつけていなかった古い店のスクラップも実行しました。(松村氏)

ちょうどその頃から松村氏のパーキンソン病も急速に進行するのだが、東京都心部に店舗が集中する同社では、計画停電で夜、真っ暗になった中で居酒屋を経営するのは苦しかった。非日常的な記念日、パーティーなどに使うレストランを中心につくってきたが、東京では大震災が非日常をつくり出し、人知を超えた大災害の影響で一時期、日常が非日常になっていたことが不利に働いた。

やがて計画停電も終わり、平常の生活が戻ってくるが、なかなか消費が燃えなかった。松村氏は社員を守るため、多少体が動きづらくても、まず自ら熱狂し店に出没して店を街を盛り上げるパフォーマンスまで行った。松村氏のファッションも、スーツにネクタイの経営者然としたスタイルから、カジュアルでおしゃれな服装に変わった。

会社の行動指針も熱狂宣言」に定め、商品、サービスを徹底する経営に舵を切った。

そうした施策で、業績は回復し、15年には東証1部上場銘柄に指定された。

また、14年より高知のよさこい祭に参加し、踊る前に松村氏が「熱狂宣言」という言葉で踊り子たちを鼓舞し、今年は大賞に次ぐ金賞を受賞している。

高知の「よさこい祭」に参加、映画にも登場する。出典:DDホールディングス公式ツイッター

現在は17年9月に持株会社へ移行すると共に、「熱狂宣言は松村氏個人の行動指針となり、企業の新たな指針はDynamic & Dramatic(大胆かつ劇的に行動する)」に改めている。

最新の事業としては、ブライダルカプセルホテルにも進出しており、京都・河原町に9月28日オープンしたカプセルホテルGLANSIT」は、1階ロビーにラウンジ風のスペースを設け、個室風の空間もある1ランク上のこれまでなかったタイプの宿泊施設だ。
松村氏は、AIやロボットを活用したレストランや、1階にラウンジバーがあるようなデザインホテルに興味があるそうで、「世間があっと驚く非日常空間を演出したい」とのこと。

奥山監督によれば、「これから何年か掛けて撮り足して、『熱狂宣言』の本当の完成としたい」と、さらなるブラッシュアップを企図している。

松村さんのパーキンソン病がもしかしたら治っているかもしれないし、違うことをしているかもしれない。そこが楽しみ。(奥山氏)

今、ips細胞を活用したパーキンソン病治療は医学の最先端で、確実に人類はパーキンソン病を克服しつつある。近い将来、本作での松村氏の症状は歴史的な記録となって、もう見られなくなるのも時間の問題なのかもしれない。

photo by: 映画「熱狂宣言」公式サイト

長浜淳之介

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)

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兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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