いま、首都圏で「博多料理」をメインにした居酒屋が賑わっていることをご存じでしょうか? 日本全国に名物料理は数多くあれど、なぜ「博多」がいま東京のビジネスパーソンに熱視線を注がれているのか、その答えは各店舗の中にありました。フリー・エディター&ライターでビジネス分野のジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんが現場に直接足を運び、丁寧に取材を重ねた上で、その理由を探りました。
プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(
なぜ首都圏に次々と「博多料理」の居酒屋がオープンし、大繁盛しているのか?
博多料理居酒屋が人気を呼んでいる。首都圏では「屋台屋博多劇場」、「博多うどん酒場イチカバチカ」、「博多かわ屋」などといった博多料理をテーマに、博多の賑わいを再現した居酒屋が次々とオープン。屋台の気軽な雰囲気を醸し出し、仕事帰りのビジネスパーソンが一息つける憩いの場となっている。
「屋台屋博多劇場」41店を展開する、一家ダイニングプロジェクトは首都圏でこの店のチェーン化に成功し、昨年12月、東証マザーズに株式を上場した。
今年11月28日、東京・丸の内のJR線高架下にオープンした新店の「屋台屋博多劇場」丸の内店も、83席が連日満席となる盛況ぶりという。
同社は、97年千葉県市川市で創業。「こだわりもん一家」という第二の我が家にいるようなくつろぎ感をコンセプトとした、炉端、鮮魚などを提供する和風居酒屋を展開してきた。千葉県成田市内に2つ目の良好な居酒屋物件が見つかり、すぐ近くに同じ業態を出せば自社競合が起こるので、新しく強い業態を開発する必要に迫られて「博多劇場」は生まれた。
博多料理のコンセプトは、武長太郎社長がもつ鍋ブームの背景を探りに、福岡市を訪れた際に体験した、博多・中洲の屋台であった。武長氏は中洲の屋台の活気、フレンドリーさ、大衆をつかむ確かな味に感動、博多の屋台のエッセンスをなんとか首都圏でも再現できないかと考えた。
博多は「博多どんたく港祭」、「博多祇園山笠」、「放生会(ほうじょうえ)」などといった祭が多い。全国有数の初詣客数を誇る成田山新勝寺を擁し、「成田祇園祭」をはじめ、やはり祭も多い成田の風土には、博多料理がぴったりはまるのではないかとひらめいた。
狙いは的中し、2010年2月のオープンから「博多劇場」1号店の成田店は多くの顧客を集め、翌11年8月には都心部初出店の八重洲店を出店と順調な滑り出しを見せた。
「博多劇場」の外装は博多のお祭の雰囲気、内装は屋台村を大集結させたような賑やかな雰囲気を採り入れている。店名に“劇場”が付いているのは、「日本一のおもてなし集団」を目指し究めていく、人と人の出会いを大切にする企業姿勢の現れでもある。
「博多料理は、誰もが楽しめる、もつ鍋、一口餃子、豚骨ラーメンのようなわかりやすくシンプルな屋台料理が揃っています。地場にはサバ、イカ、地鶏、豚など通年味わえる食材があって日本の台所とも言うべき宝庫ですね。低単価で素材重視、お財布にもやさしいです」とアピールするのは、同社の博多業態 業態長・幸田翼氏だ。
博多でも近年の規制によって、屋台がどんどん撤去されている現状にあり、居酒屋に変わっている。なので、屋台をコンセプトとした居酒屋は、福岡で生まれ育った人でも懐かしさを覚えて足を運んでくれるのだという。
顧客単価は2530円ほど。顧客層は30~50代のビジネスパーソンで、男女比は7:3となっている。
「関東人に合わせた博多の味」という創意工夫
本場・博多ではそれぞれ細かく専門店が発達していて、「博多劇場」のように博多の名物を一堂に集めた店はほとんど見かけない。その点でユニークである。しかも幸田業態長によれば「味はそれぞれの料理で、特に名物は手づくりで専門店に負けないレベルを追求している」とのことだ。
ただし、そっくりそのまま博多の味を出しているわけでなく、関東の人の好みに合わせて若干の変更を行っている。
たとえば、看板メニューの「鉄鍋餃子」は博多にある繁盛店をベンチマークしているが、博多で一般的に売られているかというとそうでもない。しかし博多流の柚子胡椒で食べるのが珍しく、顧客たちから面白がられている。
「焼きラーメン」
「牛もつ鍋」は博多ではシンプルな味噌味、醤油味だが、同店では創作性を加えて、金(牛テールの塩スープ)、赤(ピリ辛もつチゲスープ)、黒(黒醤油スープ)と3つの味が選べるようにした。
また、もつ鍋に明太子を入れた「明太もつ鍋」が当たっているが、博多ではまず見ないメニューである。チーズリゾットで締めるのもユニークだ。
「おでん」はかつおダシの効いた、関東で一般的な、博多を感じる商品ではない。
一方で、本場・博多の味を追求した商品群もあり、明太子は名店「ふくや」監修の昆布ダシで味付けしたオリジナル商品を開発。
「博多串焼き」は博多にあるものを出しているが、つくねだけはこだわって大葉と柚子が入っており、さっぱりと食べられるのがウリだ。
「ごまさば」は博多から空輸で取り寄せた生サバを使っている。また、博多の料亭「稚加榮(ちかえ)」の「いわし明太子」を販売しているのも売りとなっている。
宣伝の面では、アプリに力を入れており、面白企画を連発している。たとえば、オフィスにある電卓や定規、セロテープなど文房具を1つ決めて、持ってきた数だけドリンクを無料にして、グループ客を集める(現在は上限5杯までに変更)。
また、年に2回「看板男子女子総選挙」を実施している。アプリ会員になると、1回の来店ごとにスタンプが押され、投票権1票を付与。最も輝いていた店舗スタッフを、顧客の投票で決め、上位7名を中心に28名がアプリ内で発表され、ポスターに掲示される。スタッフと顧客のコミュニケーションが促進される効果があるという。
こうした飽きさせない企画が当たって、約24万人がアプリをダウンロードしている。顧客の40%が会員になっていて、リピーターにより安定した収益基盤ができている。
今年前半はリピート率を増やすために値下げをしたが、
当面は一都三県を中心に店舗を増やしていく方針。今のところ神奈川県に1店もなく、埼玉県も3店しかないので、まだ攻める余地が残されている。将来的には、全国で300店を展開する計画である。
客の8割が2杯目に頼む「名物レモンサワー」がウリ
「豚バラ串にはじまり、うどんで〆る!」博多っ子の飲み方を提案する「博多うどん酒場イチカバチカ」は2016年8月2日、恵比寿駅西口にオープン。たちまち連日満席が続く評判店となり、現在では恵比寿にもう1店と、吉祥寺にも店舗がある。
福岡を本拠地とする2つの外食企業、ラーメン「一風堂」チェーンを展開する力の源グループと、博多を代表する焼とり店「焼とりの八兵衛」のセカンドブランド「BUTABARA TO THE WORLD」のコラボによって生まれた店だ。経営は力の源ホールディングスで、1号店の席数は48席ある。
博多うどんはコクのあるダシと、コシのないやわらかい麺が特徴。「イチカバチカ」ではダシはスルメイカ、アゴ、コンブなどから取る。それに合わせる麺は、小麦粉にうどんに適した福岡県産「ニシホナミ」を使用し、生地を練って1日熟成させてうどんを打っている。
一番人気のメニューは、ゴボウの天ぷらと牛バラ肉の醤油煮込みをトッピングした「肉ゴボ天うどん」(950円)。魚のすり身揚げをトッピングした「丸天うどん」(750円)や「ゴボウ天うどん」(700円)、「肉うどん」(800円)も人気だ。
博多うどん店として、ランチも営業している。
ところで、博多で焼とりというと、串に刺す串焼全般を指すもので、鶏肉のみならず豚肉も牛肉も、野菜も魚介も串焼にすれば焼とりである。皿にたっぷり盛られたキャベツの上に乗って提供される。
焼とりの中でも、メインとなっているのが豚バラだ。
「イチカバチカ」の焼とり「国産豚バラ串」は塩、タレ、味噌の3種類があり各1本120円。福岡出身の人ならば、塩で食べるがスタンダードだ。タレは「八兵衛」から伝授された甘めのタレを使い、カラシを付けて食べる。
焼とり以外も、博多を代表する料理が並んでおり、「ゴマカンパチ」、「酢モツ」、「おきゅうとポン酢」、「屋台の餃子巻」、「イワシ明太子」などがある。見るからに辛そうなてっぱん料理「激辛コンニャク」の人気も高い。
また、「イチカバチカ」は博多料理に、流行りのレモンサワーを合わせて成功している。
特にガチンゴチンに凍らせたレモンを氷の代わりに使う、「一八(イッパチ)レモンサワー」(600円)は同店の名物。ユニークなのは、中お代わり(300円)の制度があることで、レモンが入ったそのままで、焼酎やウォッカがお代わりできる。
2杯、3杯とお代わりしていくと、レモンの氷結が融け出す。レモンを潰して飲むと、味変化が楽しめるというものだ。
グラスの上部にアメリカ産のマルガリータソルトを塗り、ソルティ・ドッグのような仕様だ。ベースのお酒は焼酎とウォッカから選べる。レモンは食材の安全性、安心感を配慮して、国産ノンワックスを使用している。
若い世代にも気軽にお酒を楽しんでもらえるようにと、レモンサワーはメニュー化された。
そのため「イチカバチカ」の顧客は、1杯目にはビール、ハイボールを注文するが、2杯目以降は8割くらいの人がレモンサワーに切り替えるという。
何杯もお代わりする人には、たっぷり5杯分の焼酎やウォッカが入ったやかん(1500円)が用意されている。
この店も、博多の屋台からそのまま持ってきた料理が揃っているため、福岡出身者、福岡に転勤していたことがある人が顧客に多い。年齢層では男女を問わず30代、40代が中心で、男女比は6:4。週に4、5回来るリピーターも少なくないという。
顧客単価は2700~2800円で、ランチなら700~950円となっている。
全国に広めたい、手間暇かけた「とりかわ」の味
鶏の皮焼「とりかわ」、「かわ焼き」もまた、博多を代表する料理だ。
これを世に広めたのは「かわ屋」。創業者の京谷満幸氏は、とりかわを考案した名店「権兵衛」から独立。
福岡に2店ある「かわ屋」は、福岡市内のみならず、全国からとりかわを食べにやってくる顧客で、連日賑わう繁盛店になって久しい。
とりかわは柔らかい鶏の首の皮肉を1本1本、串に巻き付け、6日間掛けて7、8回も焼き込む。皮肉は臭みのもとになる余分な脂や血合いを取り除く下処理を丹念に施し、焼き、タレ漬け、寝かしの工程を6日間繰り返す。できたとりかわは、表面はパリっと中はモチっとした食感を持ち、深く染み込んだ甘いタレの旨味がとりかわの風味を引き立てている。
ビールなどのお酒も進み、1人10本、20本を平らげる顧客も珍しくない。
現在、このとりかわの味を全国に広めるため、九州を除くエリアの店舗を、大手外食企業ジェイグループホールディングス傘下のかわ屋インターナショナル(本社・名古屋市中区)という会社が経営し、「博多かわ屋」のFC展開を進めている。
かわ屋インターナショナルは2016年9月に設立された。店舗は、東京都、愛知県、静岡県、富山県、三重県、宮城県に19店あり、量産できるノウハウが完成。今年に入って10店を一挙にオープンするといったように、急成長モードに入っている。
同社では「福岡の出身者や、福岡に住んでいた人が懐かしがって、よく飲みに来てくれる」と手ごたえを感じており、博多料理の強さを実感している。
人口増の福岡パワーが料理人気に拍車
博多区をはじめ7つの行政区を持つ福岡市は人口約158万人、都市圏(10%雇用圏)人口約257万人を抱え、改めて言うまでもなく九州随一、日本でも6位の大都市である。しかも、2000年の人口約134万人から18%も増えている。
このような福岡市の持つ発展性とエネルギーも、博多料理の人気に拍車をかけている。
福岡市の発展と共に、1987年の「なんでんかんでん」オープンに始まる豚骨ラーメンブーム、1992年頃と2003年頃からの2回にわたるもつ鍋ブームが東京で起こり、全国に波及して、博多料理のうちの一部が既に人気になっていた。
今は、このような個別の料理のブームをベースに、博多は安くて旨いB級グルメの宝庫だというイメージが定着し、博多料理全般の愛好者が増えている。
千円で酔える“センベロ”大衆居酒屋のブームにも後押しされて、ワンランク上の屋台料理を集めた気楽に入れる博多料理の人気に波及しているのだろう。
image by: 長浜淳之介