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なぜホリプロのエレベーター前には大きな姿見が掲げてあるのか

芸能プロダクションがまだ社会的に認知されていなかった昭和30年代。そんな時代にホリプロを立ち上げたのが、創業者の堀威夫さんでした。その後は舟木一夫、和田アキ子らを皮切りに数々のタレントを育て、一世を風靡したのはご存知の通り。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、芸能界の荒波を乗り切ってきたホリプロは「運の良さ」をどうやって引き寄せたのか、その原点を堀さん自らが語っています。

人も運も寄ってくる、ちょっとした心掛け

数々の有力タレントを輩出してきたホリプロ。その創業者である堀威夫さんは、20代で大きな挫折を味わいながらも、「それでも自分は運がよかった」という思いで、一つの道を切り拓てこられました。

数々の試練を乗り越える中で、堀さんが忘れなかったことがあります。それはどんな心掛けだったのでしょうか?

二十代をどう生きるか 堀威夫(ホリプロ創業者)

忙しい日常は二十代を通して変わらなかったが、一つの節目となったのが27歳の時。子供が生まれたのを機に裏方に専念することにし、自分が見出したバンドや歌手をマネジメントする会社を立ち上げたのである。

しかし、二十代の若造が社長を名乗ることに気恥ずかしさもあり、お世話になっていた人に名目上の社長になっていただいたことが裏目に出た。出演依頼が重なって、抱えていた歌手をその人の営む店に回せなかったことでトラブルとなり、会社を乗っ取られてしまったのである。大学の商学部を出ていた私は、真面目に勉強をしておけばこんなことにはならなかったと悔やんだが、後の祭りである。

当時はまだ電話を引くのが大変な時代。会社を乗っ取られて仕事の連絡もままならなくなった私は、やむなく自分が売り出した歌手の電話を借りて仕事を再開した。ホリプロはそんな状況の中で誕生したのである。

事前に何の準備もなく立ち上げたために、資金繰りには随分苦労した。前の会社で一所懸命育てた歌手が自分についてこない現実も思い知らされた。それでも自分は運がよかったと思っている。

最初の会社では仕事も順調で、自分がやればスターなんかすぐ育てられると思い上がっていた。あのまま続けていたらきっとどこかで躓き、業界から姿を消していたことだろう。危ない橋に何度も遭遇しながらとうとう渡り切ることのできた自分は本当に幸運である。

そうした様々な試練を体験して学んだことは、どんな時もいい顔をつくれていなければ、人も運も寄ってこないということである。お通夜の晩のような顔をした人間には、勝利の女神が微笑むはずがない。

ホリプロ本社のエレベーターを降りると、大きな姿見が掲げてあるが、その端には「いい顔つくろう」と記されている。小さな文字なので見過ごしてしまいがちだが、極めて重要な示唆を与えてくれている。

社長を務めていた頃は、朝起きて身支度を整える時、それから会社に出社した時、必ず鏡で自分の顔をチェックするよう社員に説いていた。前日の嫌な気分を引きずっていては決してよい仕事などできないからである。

■『致知のキーワード

image by: ホリプロ / HoriPro Inc. - Home | Facebook

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【著者】 致知出版社 【発行周期】 日刊

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