北方領土問題をめぐって、ロシアから発信されてくる姿勢が強硬なものとなっています。返還交渉を絶望視する向きもあるようですが、メルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さんは、ロシアの強硬姿勢にこそ希望を見出しています。小川さんが見るロシアの真意とは?
北方領土──ウラがある?ロシアの強硬姿勢
私は昨年9月12日の東方経済フォーラム総会(ウラジオストク)での光景を忘れることができません。
安倍首相、中国の習近平国家主席、プーチン大統領の順で座っている席で、プーチン大統領は習主席にも伝えようとするかのように、安倍首相に「70年間、我々は交渉を行ってきています。シンゾウ(安倍首相)は『アプローチを変えましょう』と言った。そこで私も次のようなアイデアを思いつきました。平和条約を結ぼうではありませんか。今すぐではなく、年末までに。一切の前提条件を設けずに」と唐突に提案してきたのです。
ご存じのように、ロシアは中国との領土問題を面積等分の形で決着させています。そればかりか、バレンツ海でのノルウェーとの問題も面積等分で着地させました。
日本にも北方領土問題を面積等分の形で解決すべきという考えがあります。安倍政権の外交の司令塔・谷内正太郎国家安全保障局長の持論です。それを知っていて、プーチン大統領は領土問題解決の前例でもある中国の国家主席を横に置いて「謎をかけてきた」と、受け止めることも可能な展開だったのです。
面積等分なら、歯舞、色丹はもとより、国後の全部と択捉の5分の1ほどが日本に戻ってきます。これは、2島か4島かの議論の果てに「ゼロ島」になってしまう危険性と比べて、夢のような話です。そんなこと、あるわけないじゃないか、というのが、大方の意見でしょう。私も、そのように思っていないわけではありません。
でも、ロシアの立場で考えると、北方領土問題の解決が遅れることは、日本国民のロシアに対する感情が悪化し、それはロシアを睨んだ日米安保体制の強化につながるという、最も望ましくない結果に結びつきかねません。
それが、2島であれ3島であれ日本に返還し、平和条約を締結することになれば、前にお話ししたドイツ最終規定条約に倣って、返還した島々に米軍の駐留することを避けることも現実味を帯びてきます。
これは、日本国民の反ロ感情と向き合い続け、ヨーロッパ諸国との二正面作戦を余儀なくされることに比べれば、ロシアにとって安上がりな安全保障の選択肢とも言えるのです。日本国民の反ロ感情が好転すれば、日本の経済支援による極東の発展も加速されるでしょう。
それが実現するかどうかのカギを握るのは、プーチン大統領を支えてきたロシア国民のナショナリズムです。多くのロシア国民が納得するためには、ぎりぎりまで最大限の強硬姿勢を示し続け、土壇場でプーチン大統領が「苦渋の決断」で「名を捨てて実を取った」と、ロシア国民の前で涙を流すくらいの演出が必要でしょう。
そう考えると、ここにきてのロシアの強硬姿勢と、交渉の進展に言及することを避けている河野外相の姿勢には、なにやらウラがありそうな気がしてなりません。(小川和久)
image by: Aksabir, shutterstock.com