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なぜ日本のメディアは「重要な中東情勢」をちっとも報じないのか

現在、国際情勢関連でメディアが多くの時間を割くのは北東アジアの諸問題について。これにより他地域の重大事が見過ごされていると警鐘を鳴らすのは、数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さんです。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で島田さんは、中東で進行中のIS復活の兆しと、燻る戦争の火種について解説し、かの地域との経済的な関わりや親密な外交関係から、報道機関ももう少し関心を持つべきと指摘しています。

北東アジアSHOWの裏側で進む恐怖の連鎖?

日本のメディアを見ていると、国際情勢関連では、やはり米朝首脳会談の見通しや米中折衝の行方、日本と韓国の間で高まる一方の緊張といった北東アジア地域のニュースばかりが語られています。私も2月13日に生放送されたBS11「Inside Out」に出演し、米朝首脳会談の行方と手札についてお話させていただきました。

自国が位置する地域でのイベントですし、日本にとっても関心が高いイシューが多いため当然とも言えますが、その陰で、他の地域で進む恐怖の連鎖については、見事なまでにスルーされている気がします。そのイシューとは、中東および周辺地域におけるISとその仲間たちの“再興”と“復活”の兆しです。

シリアやイラクを主戦場としていたISの広がりは、米国をはじめとする“多国籍軍”やロシア、トルコ、そしてイランの“共同戦線”によって一気に衰退したと伝えられていました。

しかし、ロシア軍がシリアから撤退し、そしてトランプ大統領が米軍のシリアからの撤退を発表したという国際的な動きに加え、ISの衰退が確実視された後は、イラン+トルコ+シリア(+ロシア)vs.クルド人勢力+シリア国内の反政府組織+サウジアラビアを筆頭とするアラブ諸国(+イスラエルと米国)という対立構造が、シリアやレバノン、イラク、そしてイエメンなど中東地域全体で再登場し、協力して共通の脅威に対抗する“協調の図式”が一気に崩れ、力の空白が生まれてしまいました。

結果、北アフリカ諸国などに散らばっていたISの残留分子が再結集し、そこにISから抜けたが、彼らの出身国で再度孤立と罵りの対象となった元IS戦闘員たちも加わり、中東全土における勢力の奪還運動が活発化してきました。

米国は慌てて撤退のスピードを下げたり、曖昧にしたりして、力の空白を埋めようと努力したように見えましたが、それも後の祭りで、かつてISの支配下となった地域が、再度ISの手に落ちそうな気配です。恐怖から解放され、安心な日常を取り戻しかけた市民たちを思うと不憫でなりません。

アメリカやロシアも、INFの扱いなどについては表面的に対立していても、ISの再興を許さない!と対策を練りますが、他の問題への対応に追われ、ISに決定的な一撃を加えることが、リソース的にも時期的にも難しいように思われます。

ゆえに対策は、地域の大国の手に委ねられることになったのですが(注:本来は初めから米ロなどの外国の介入は避けて、そうあるべきだったのですが)、ISへの直接的な共同戦線を張るどころか、地域の大国として復活し、地域の運命を左右する能力を取り戻したトルコとイラン、そしてシリアのアサド政権を加えた勢力と、サウジアラビアやイスラエルというイランを敵視する勢力との争いが再燃し、激化し、結果としてISの再興を許す(後押しする)結果になってしまいました。それで何が起きていて、今後、何が起ころうとしているのか。

ISは再度大規模な攻勢をかけるために「戦闘員」を呼び戻す前に、hit and run戦略とでも呼びましょうか、テロ事件を拮抗する勢力群(トルコ+イラン組とサウジアラビア+イスラエル組)双方に仕掛けて、恐怖を拡大しています。

両陣営で自爆テロ事件や攻撃が相次ぎ、連日多くの死者が出るにつれ、ISの仕業ではないかとの疑いは囁かれる中、それよりは、相反するグループによる犯行ではないかとの非難合戦が激化してしまい、一触即発の緊張が高まってきているようです。

レバノンをはじめとする地域各国に散らばっている交渉チームのメンバーたちによると、ハンドリングを間違えて、両陣営の間に偶発的な衝突が発生した場合、全中東地域を巻き込んだ大戦争に発展する可能性があり、それは中東和平の終わりを示すだけではなく、じわじわと復活しているらしいIS勢力の拡大を助長する恐怖への後戻りに繋がる恐れが感じられるようになってきています。

そうなった場合、第1次世界大戦後に人為的にひかれた国境線はすべて消され、再びアラビア半島は混乱に陥ることになるでしょうし、過去と違い、過激なISによる支配に繋がる可能性が高まります。

ではどうすればいいのでしょうか?

過ちの始まりがアメリカやロシア、欧州各国など地域外の大国の介入であったことに鑑みると、それらの国々の再介入は問題の根本的な解決にはつながりません。大事なことは、今、反目しているアラブ・中東地域の両陣営が、一旦、互いへの攻撃と非難を止め、共通の敵であり、同時に世界の敵とも考えられるISとその仲間たちと対峙し、恐怖の再侵攻を食い止めるために協調して、漏れのない対応を取ることが必要となります。

現在の緊張関係を見ていると、非常に難問に見えますが、それを可能にするカギを握るのは、地域大国として復活してきたトルコでしょう。

軍事的なcapabilityを考えると、イランとイスラエルという反目しあう両国も挙げられますが、これまでにもISという共通の脅威を目の当たりにしても協力することが叶わなかったため、どちらもイニシアティブをとることはできないでしょう。

しかし、その両国をコミットさせることができるのは、イランともイスラエルとも良好な関係を保っているトルコです。カショギ氏の事件以降、サウジアラビアの首根っこを掴んでいるため、サウジアラビアもトルコのすることには口出しできなくなっていますし、何よりも、ISを掃討することについては、利益が一致するため、トルコのリーダーシップに対して反対することはないでしょう。

それは、永遠の流浪の民であるクルド人勢力にとっては、トルコの勢力の拡大と中東諸国が“トルコの方針”を受け入れることは、悲劇の拡大となりかねませんが、残念ながら、米国が地域からの撤退を進めようとする中、彼らの分は悪くなる一方と言えるでしょう。

もし、トルコを中心とした取り組みが頓挫してしまうようなことになったら。考えたくはないですが、第3次世界大戦の火種は、北東アジア地域ではなく、中東地域から上がるかもしれません。

中東各国とは、安部外交の成果もあり、非常に親密な関係を築いてきている日本ですが、その親密さにもかかわらず、中東で起きようとしている悲劇の連鎖については、報じられていません

経済的な権益、特に石油や天然ガスという権益の重要性に鑑みると、もう少し、かの地で何が起きているのかということに関心を持ち、できれば、トルコはもちろん、イスラエル、イラン、サウジアラビアなどとも良好な関係を持つ国として、この悲劇を食い止めるとてもとても大事な役割を担ってほしいと願っています。

image by: Orlok, shutterstoock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

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