今年1月の月例経済報告で、景気拡大期間が戦後最長となった可能性を示した政府に対して「実感がない」との声が各方面から上がっていましたが、私たち生活者の認識は誤っていなかったようです。内閣府は7日、景気動向指数の1月の基調判断を「下方への局面変化」に引き下げました。景気がすでに後退局面に入った可能性が示された形ですが、新聞各紙はどう伝えたのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが、自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で詳細に分析しています。
景気動向指数、1月の基調判断「下方への局面変化」を新聞各紙はどう伝えたか?
ラインナップ
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…「景気すでに後退の可能性」
《読売》…「子会社 社外取締役を増」
《毎日》…「透析行わず20人死亡」
《東京》…「景気 後退期入りか」
◆解説面の見出しから……。
《朝日》…「政権巻き込み ダブル選」
《読売》…「都構想 窮まり奇策」
《毎日》…「『仮設は2年』非現実的」
《東京》…「核温存 米朝心理戦」
ハドル
景気判断を巡って重要な変更がありました。各紙、大きく扱っていますので、これを取り上げましょう。
基本的な報道内容
内閣府発表の1月の景気動向指数の速報値は、前月より2.7ポイント低い97.9となり、3か月連続で低下した。また基調判断をこれまでの「足踏み」から「下方への局面変化」に引き下げた。景気がすでに後退局面に入った可能性を示している。中国経済の急減速の影響が日本に及んだ形だ。
政府はこれまで、景気拡大が「1月時点で戦後最長になった可能性が高い」との認識を示していたが、戦後最長は確定的ではなくなった。ただし、景気拡大が終わったかどうかは、山を越えてから1年ほど後までデータを分析した上で内閣府が行う。
「下方への局面変化」としたのは、基調判断の公表を始めた2008年以降5回目で、消費税率を8%に引き上げた後の14年8~11月以来、4年2か月ぶり。過去4回は、リーマンショックに東日本大震災、欧州債務危機、消費税増税といった特殊事情があった。今回の落ち込みは、後に、景気後退ではなく、一時的なものとみなされる可能性もある。
増税延期論が出る可能性
【朝日】は1面トップに3面の関連記事、9面にはエコノミスト2人による対照的な見方を紹介。見出しから。
1面
- 景気すでに後退の可能性
- 1月動向指数 判断引き下げ
- 「戦後最長の拡大」不確かに
3面
- 中国減速 日本を直撃
- 景気すでに後退の可能性
- 半導体 生産休止工場も
- 落ち込み 一時的か長期化か
- 官房長官 10月増税強調
uttiiの眼
《朝日》は3面記事で、国内の景気がすでに後退しつつある可能性が出てきたとして、“震源地”である中国経済の現状について書いている。
中国は過剰な債務を減らすために行ってきた引き締め策に加え、米国との対立で自動車やスマホが売れなくなり、日本企業もそのあおりを受けたという。パナソニックは昨年10~12月の売上高が7%減、シャープはテレビ販売が落ち込み、19年3月期の業績見通しを2度引き下げたという。東芝の19年3月期電子部品事業の営業利益は8割も減る見込みで、ルネサスは国内3工場で生産を休む計画だという。製品のだぶつきを押さえるためだ。
景気判断としては「一時的」とされる可能性もあるが、今回のように「下方への局面変化」という評価は5回目。過去いずれもリーマンショックや東日本大震災など、特殊事情があった。
《朝日》は最後に、官房長官が、景気が拡大基調にあるという認識に「変わりがない」と会見で発言していること、10月の増税は予定通りとアピールしたことを記している。と同時に、「春の統一地方選や夏の参院選を控え、経済対策の積み増しや増税延期を求める声が与党内からも強まる可能性がある」としている。
一時的か構造的か
【読売】は1面中央と11面経済面の関連記事。見出しから。
1面
- 景気「下方への局面変化」
- 1月指数 3か月連続低下
- 回復の認識「変わらず」 菅長官
11面
- 景気すでに後退局面か
- 3か月連続 指数低下
- 確定判断 2月の指標焦点
uttiiの眼
1面は影響が大きいと判断したのか、見出しもおとなしく、「後退」という表現を使っていない。反対に、11面は経済記者が遠慮なく書いていて、いきなり「景気すでに後退局面か」となっている。
中国経済の減速の影響と見る点で他紙と変わりはないが、「もっとも1月は特殊要因も重なっており、これから公表される2月以降の経済指標の内容が焦点となる」(リードより)と書いている。この「特殊事情」とは、「中華圏の春節が昨年よりも約10日早く始まり、春節前に中国の工場で操業停止が増え日本からの部品の輸出が減った事情」を指している。いずれにせよ、1~3月期は減産になるとの見方が出ているという。
記事後半に、景気判断に関する手順が細かく書かれていて有用だ。
まず、内閣府が出す「景気動向指数の基調判断」は、指数の推移から機械的に決まるもので、一時的な押し下げ要因などは考慮せず、5種類(実質6種類)ある基調判断(「改善」「足踏み」「上方・下方への局面変化」「悪化」「下げ止まり」)のどれかに決まってくる。政府としての基調判断は、そこに「指標の動きの背景にある経済環境や企業の景況感を総合的に勘案して判断する」(茂木経済再生相)のだそうで、今月中に公表する3月の月齢経済報告で示される。
さらに、景気の拡大、後退局面の判断は「景気動向指数研究会」に委ねられていて、この研究会では鉱工業生産指数や小売業・卸売業の商業販売額など景気に関係の深い9つの指標(「一致指数」のことのようだ)の月ごとの動向を分析。各指標の落ち込みが「広く普及している」「深く落ち込んでいる」「一定の期間続いている」という3要件が揃った場合、景気が後退していると判断することになっているという。
《読売》は、「一時的な落ちこみ」を強調しているようにも見えるが、「昨年末から景気後退が始まっていたとの結論に至る可能性」を指摘する専門家の見方(BNPパリパ証券の河野龍太郎氏)を引用したりしていて、悲観・楽観、両含みで書いていると見た方がよさそうだ。
8つの指標が悪化要因に
【毎日】は1面中央に本記のみ。見出しを以下に。
- 景気後退局面の可能性
- 1月動向指数 判断引き下げ
uttiiの眼
本記だけだが、本記としての内容は比較的充実している。《読売》のところに書いた「9つの指標」は「一致指数」と呼ばれるもので、今回の景気判断に関しては、8つの指標が悪化要因となったという。
ただし、これもすでに紹介したように、内閣府の発表は、この9つの指標について一定の基準に基づいて機械的に判断したものなので、「構造的な景気後退局面に入ったかどうかはまだ不透明だ」ということになる。
景気判断とアベノミクスと消費税増税
【東京】は1面トップのみだが、記者の解説が付いている。見出しを以下に。
- 景気 後退期入りか
- 1月動向 基調判断引き下げ
- 「戦後最長」に疑問符
- 消費増税に逆風も(解説)
uttiiの眼
1面記事の後段に注目すべき記述。「景気拡大は経済政策のアベノミクスをアピールする材料になることから、政権は神経質な反応を見せる」として、菅官房長官が会見で「景気は緩やかに回復している」という認識に変わりがないこと、また、消費税増税についてはリーマンショック級の問題が起こらない限りは予定通り実施するとの見解を繰り返したとする。
さらに、渥美龍太記者による解説は、このタイミングで景気に黄色信号が点ったことの意味を探っていて、「政権が予定する10月の消費税増税に逆風となる可能性も出てきた」と書いている。
景気がもし後退局面に入った場合、6年間も金融緩和を続けてきた政権には、景気を下支えする余力はなくなっている。金融緩和を続けても目標の物価上昇率2%には程遠く、財政問題も改善の兆しさえない現状では、支出の余地(財政出動のことだろう)は限られるからだ。また、春闘では経営側の賃上げ判断は厳しくなることが予想され、賃上げが不十分となれば内需にも悪影響が及ぶだろう。ますます、景気判断が悪化する可能性があるということだ。
思うに、その最中に、消費税が増税されると何が起こるのか。記者は、前回の「延期」があった2017年4月は世界経済が順調に拡大していた時期であり、安倍政権は増税の「最大の好機を逃した」と言われているらしい。与党の中から、今度も「延期論」が飛び出してくることだろう。
あとがき
以上、いかがでしたでしょうか。
どこも触れていないのですが、景気動向指数は、「統計不正問題」で揺れる例の厚労省「毎月勤労統計」から、一致指数には1つ(所定外労働時間指数)、遅行指数には2つ(「常用雇用指数」と「きまって支給する給与」)の指標を使っていたようです。その点はキチンと修正してもらわなければなりませんね。
image by: 首相官邸