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日本企業のムダな「出張」が、この国の発展を大幅に遅らせている

遅すぎたとの批判はあるものの、ようやく動き出した働き方改革。この春からもさまざまな制度が施行されることになっており、準備に追われる企業も少なくありません。しかしそこに大きな忘れ物があるとするのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、「出張問題」にこそメスを入れるべきとし、その理由と問題改善のための3つの提言を記しています。

働き方改革で忘れてならないのは「出張」改革

働き方改革については、残業や休日出勤の問題を中心に曲がりなりにも改善が動き始めたようです。勿論、「ノー残業デー」だとか「部下の代わりに実務を管理職が引き受け」などといった表面的な対応ではダメで、紙を減らす、決定スピードを早める、人に仕事をつけない、顧客に引きずられない、標準化と自動化をドンドン進めるなどの「本当の働き方」を目指してゆかねばいけません。

その一方で、見落とされがちなのが出張の問題だと思います。残業や休日出勤にはようやくメスが入ったわけですが、例えば「ワーク・ライフ・バランス」であるとか、仕事と子育ての両立を考える場合に、意外とネックになるのが出張」だからです。

出張の問題点は「見えない拘束時間」が発生することです。これは宿泊出張だけでなく、日帰り出張でも発生します。

例えば、埼玉から都心に通勤している社員が、千葉の取引先に朝一番に行く必要が発生したとします。都心にあるオフィスにいる上司や同僚からは「あの人は今日は取引先に直行だな」程度の認識で、「むしろ楽をしている」と考えるかもしれません。ですが、実際は1時間から1時間半はいつもより早く自宅を出ているはずです。

また「取引先からの直帰」もそうです。これも上司や同僚からは「残業なくていいな」的に思われるかもしれませんが、多くの場合は移動時間を考えると帰宅は遅くなります

勿論、この問題を「分かる」上司や、会社としてしっかり理解するようにしているケースも増えています。ですが、多くの会社や上司の場合は、何となく「会社に寄らないで帰れる」のは「自由時間」が発生するのだから、本人は「楽だろうと思ってしまうのです。

仮に、1時間とか2時間、家を早く出ないといけない、あるいは帰宅が遅れる場合に、家庭によっては「保育園の送迎はどうする?」「食事など家事は?」「介護している高齢者のケアは?」という問題が発生します。極めて深刻な問題ですが、まだ全ての職場、全ての管理職がそうした問題を認識しているわけではありません。

例えばですが、女性を中心に「能力があるのに管理職にはなりたくない」というケースが多く聞かれるのには、こうした問題もあるように思います。

更に問題となるのが宿泊出張です。これは、家事との「両立しない具合」としては直行直帰どころではありません。まして、海外出張となれば中国や韓国はともかく、東南アジアや南アジア、中東、欧米の場合は数日では済まないわけです。

例えば能力があり、将来的には国際業務を担当させたいとか、管理職の有力候補だというような場合に、その人材が「出張させると家庭との両立が難しい」場合に、上司としては「将来のことを考えて出張で経験を積ませようとしているのに」などと、屈折した失望感」を顔に出してしまい、本人との関係もぎくしゃくするようなことも起きるかもしれません。

特にその人材が優秀であればあるほど、上司や周囲は「そんなに出張をイヤそうにするのはと不快感を持ったりすることもあるでしょう。問題は極めて複雑です。

アメリカの場合は、出張の有無は採用時の契約で明確になっていることが多く、OKという条件の場合はシッター代なども払えるような高報酬になっている場合があります。とにかく本人も、雇用する方も「全部が回るように」一応制度としてできている感じです。

ですが、日本の場合は良くも悪くも、正社員の場合は「優秀なら管理職候補に」という思いがあり、それが出張の可能不可能とコンフリクトを起こすと、本人も周囲もモヤモヤするということになります。「子育て期間中だから出張なしで」という条件や制度を設ける会社も多いですが、これを申請すると「出世コースから降りる」ことを意味するなどという意味不明の運用もあり、労使共に疲弊する感じがあります。

ではどうしたらいいのでしょうか?

三つ提言したいと思います。

一つは、とにかく出張を減らすことです。ビデオ会議などはインフラがものすごく簡単になってきた時代ですし、動画やビジュアルなどを併用することで、リモートのコミュニケーションも可能になってきています。そうした技術を駆使して、「対面しないでも実態が見抜けるとか一体感ができると言った業務ノウハウを確立することは可能な時代です。

また、多くの出張が「社外対応」ではなく「社内対応」だということもあります。新企画は事前に本社に出張して役員に根回しとか、ネガティブ情報は本社に足を運んでその場で叱責に甘んじないと首が危ないといった「江戸時代の参勤交代のようなカルチャー」は、コスト的にも働き方という意味でも壮大な無駄です。

二つ目は、配偶者の出張時には仮に配偶者が他社の社員であってもワークライフ上の配慮をするという制度をきめ細かく実施するということです。例えば、妻が2泊3日の中国出張だという場合には、夫は仮に妻とは別の会社であっても、その上司が子育てや介護などの状況により、妻の出張期間については「残業させない」とか「遠距離の日帰り出張をさせない」といった対応をするのです。勿論、頻繁になる場合はもっとキッチリした話し合いをすべきですが、臨時の問題であれば融通を効かせるようにすべきです。

昭和的な発想法からすれば「他の会社の出張のしわ寄せがどうしてウチに来るんだ」といった反発が来るかもしれませんが、とにかく「お互いさま」ということで対応はできないでしょうか。

三つ目は、とにかく出張は「事前にしっかり計画して命令」するということです。配偶者に対応させるとか、シッターを雇うとか、子育て世代の場合は、色々な準備が必要です。ですから、直前に言われても対応できないことも、事前に計画されていれば対応できるわけです。

例えば世界各国では、様々な国際会議や見本市が開催されています。特に変化の激しい、IT、自動車、フィンテックといった分野では、最先端を走ろうと思うのであればマネジメント予備軍も、エンジニアも、そして男も女も、既婚者も子育て世代も、介護中の人も、そうした最先端に触れることは必要です。いくら「ワークライフバランス」が大事といっても、そうした人々に最先端を学び人脈を作るチャンスから遠ざけてはいけないと思います。

勿論、製品が大きなトラブルを起こして、緊急で現場に飛ばなくてはならないといった突発的な事態も排除はできません。その場合は、会社としては割増の日当等で子育てや家事に関する突発ケアの費用を出すとか、何らかの配慮が必要でしょう。

いずれにしても、働き方改革の中で、とかく見落とされがちな「出張」について、より働きやすい制度を導入すれば、優秀な人材の確保には大きな効果があるのではないでしょうか?

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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