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日本のメディアがちっとも報じない、中東トルコの「危険な賭け」

メディアがまだあまり関心を示さない中東でくすぶる問題を取り上げ、警鐘を鳴らし続けているのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんです。今回、島田さんは、中東から北アフリカ地域において絶妙な舵取りでバランサーの役割を果たしてきたトルコの求心力の低下について取り上げ、そうなってしまった背景と、トルコを取り巻く難しい情勢について解説しています。

トルコの危険な賭け?!―地域の脆いバランスの崩壊の危機

国際情勢をめぐる世の中のニュースは、日本でも欧州でも、米朝・米中の駆け引きの裏側や、導入部でもちょっといつもより詳しく書いたBrexitを巡る攻防などが主ですが、その裏で起こっている中東地域・北アフリカ地域の大変動の可能性については、まだあまり報じられていません。今回は、この問題についてお話させていただきます。

この騒動の夜明けの引き金を引いてしまうかもしれないのは、アラブ・イスラム地域のバランサーの役割を果たしてきたトルコです。トルコを巡る国内外、地域内外の状況次第では、トルコはその歴史的バランサーとしての立場を失うかもしれません。何が起きているのでしょうか?

1つ目は、トルコのエルドアン大統領が仕掛けている危険な賭けです。その最たる例が、エルドアン大統領が仕掛ける米ロを巻き込んだパワーゲームです。トランプ政権になるまでは、いろいろとあったにせよ、トルコは、NATO軍の戦略的な基地を提供するなど、アメリカと安全保障上のパートナーとして、地域の安定の要としての役割を果たしてきました。

中東地域でいがみ合うイスラエルとイランの攻防は、いつ核戦争に発展してもいいといわれるぐらい、緊張と緩和の繰り返しですが、トルコが地域の要という地政学的な位置に君臨し、両サイドに睨みを利かせていることで、小競り合いこそ起こっていますが、まだ劇的な紛争に発展する手前で止めてきました。

それがトランプ政権になり、アメリカ側で、このトライアングルのバランスを無視したような動きが多くなり(これは実はオバマ政権からスタートしている)、米トルコ関係がギクシャクし始めます。実際に、IS掃討作戦におけるクルド人勢力を巡る対立や、アメリカ人牧師の逮捕・勾留事件などのトリガーが何度も弾かれ、米トルコ関係は、以前のような蜜月とは言えなくなりました。

そこに入り込んできたのがロシア・プーチン大統領です。飛行機の撃墜を巡る緊張はありましたが、エルドアン大統領はロシアから最新鋭のミサイルS400を購入することに決めたり、シリア内戦や中東地域で激化する「イランvs. サウジアラビア他」の非難合戦や、トランプ政権が仕掛けたイラン包囲網では、ロシアとともにイランの側についたりと、一気にロシア寄りの姿勢を取り、アメリカや他のアラブ諸国を苛立たせる結果になっています。

地域による軍事的なバランスを保つという観点からは、形式は異なりますが、トルコはその歴史的なバランサーの役割を果たすことが出来ています。しかし、それを米ロという大国間での微妙なバランスにおいてキープするという危険な賭けに出たことから、非常に難しい舵取りを強いられています。

そのバランスを見るにあたり、一番面白いインディケーターは、トルコリラの対米ドルのレートでしょう。牧師の解放といったポジティブなニュースの後は、対米関係の緊張緩和が好材料とみなされて、トルコリラは盛り返すのですが、一時、アメリカが対トルコ経済制裁を仕掛けていた際に、大幅な利上げに踏みきるという大なたを振るった反動で、トルコリラは頻繁に暴落と上昇の波を経験し、新興国の安定通貨としての位置づけも危うくなってきています。

それに比例するかのように、地域のバランサー・フィクサーとしての立場も以前の様に安定とは言えなくなってきました。そこにカショギ氏をめぐる事件でトルコに弱みを握られているサウジアラビアに付け入ろうとして、トルコ、イスラエル、イランのいびつな安全保障のトライアングルに割って入り、状況はさらに混乱を極めています。

その混乱は思わぬところにも飛び火しています。それは2つ目の要因となり得る「ドイツ国内での移民問題の再燃」です。ご存知のように、トルコ国外で最もトルコ人人口が多いのはドイツですが、そのドイツで、政治的に移民問題を巡る対立が深まっています。メルケル首相がシリア難民を受け入れる決定をしたことで、国内での求心力の衰えに繋がり、その後、ドイツの政党は挙って、反移民の流れに傾きました。

トルコ人はもともとは移民ですが、すでにドイツ経済に同化しており、シリア難民の問題とは別問題として扱われてきましたが、エルドアン大統領が度々、トルコのEU加盟問題が前進しないことと、移民問題への協力を天秤にかけた“賭け”をメルケル首相とドイツに仕掛けるため、ついに昨年末ごろからでしょうか、この国内における移民問題のターゲットに“トルコ人人口”が加えられてしまいました。

トルコで、対米関係がうまくいっているように見える際には、エルドアン大統領もドイツ国内のトルコ人に働きかけて、ドイツ国内政治に圧力をかけるという政治行動をとる(注:ドイツがとても嫌う動き)ような賭けに出ていましたが、中東地域での立場の基礎が揺れる中で、ドイツ側がpush backする形になっており、それがついには長年ドイツで暮らし、経済的なコミュニティを形成しているトルコ人グループの立場を脅かす方向に流れかねない状況になってきています。

あくまでもドイツ国内のイシューではあるのですが、もしドイツのみならず、欧州内で緊張の度合いを高める移民問題と絡まって、混乱が広まることになると、大きなうねりとなって、すでにBrexitへの対応で揺れる欧州経済や安全保障問題に跳ね返ってくる可能性が高まってしまいます。

これまでは、エルドアン大統領による介入でドイツ国内のトルコ人たちの動きも制することができており、メルケル首相もそれを知って利用してきましたが、両者ともに今は求心力の衰えが見える中、うまく政治的な安定を保つための仕組みが機能しなくなってきています。

その政治的な調整力の衰えが、ドイツによる中東イシューへのシンパシーの衰えに繋がり、エルドアン大統領の中東地域における欧州からの外交的支持の衰えに繋がっています。ゆえにバランサーとしての基盤も少し脆弱化しているといえるでしょう。

3つ目の要因は、北アフリカ・中東で再燃する“アラブの春”の兆候です。それは、アルジェリア、スーダンなどの独裁国家での体制への反抗が高まっていることから、他国への混乱の波及が懸念されています。

例えば、アルジェリアでは、84歳で、もうすでにほとんど公務が執行できていないブテフィリカ大統領が4月の大統領選に出馬することを公言したことで、変化を訴える多くの国民が反対を表明し、学生たちが各地でデモを行い、それに国軍が出動して衝突を繰り返すなど緊張が一気に高まりました。「シリア内戦の次は、アルジェリアではないか?」という懸念が、紛争調停のコミュニティでは囁かれ始めるくらいです。

では、ブテフィリカ氏が出馬を諦めて引退すれば済むかと言えば、決してそうではなく、かつてのリビアのカダフィー氏のケースの様に、独裁の綻びは国家破綻の可能性をはらむため、非常にデリケートな調整が必要です。

これまで、実は、このようなデリケートな調整の影に、エルドアン大統領とトルコがいました。しかし、トルコ経済の低迷や中東地域でのデリケートなトライアングルへの対応、対シリア、対クルド人対応、そしてドイツ国内のトルコ人をめぐる欧州との攻防など、多方面での綱引きを行ない、自らの調整力に陰りが見える中、混乱の北アフリカの情勢まで調整できる余裕はないのが現状のようです。

もし、アルジェリアをこのまま放置していると、仮にブテフィリカ氏が強硬に出馬しても、引退を決めて後任を指名したとしても、恐らく混乱が沈静化することはなく、もしかしたら、シリアやイラクで衰退が報じられているISの残存分子が巣食うきっかけを与えてしまうかもしれません。それは、これまで機能してきた「トルコのグリップ」が効かなくなる危険性の一例と見て取れます。

ではどうするのか?正直、これ!という答えは見つからないのですが、エルドアン大統領としては、一旦表立った介入は控えてみるのも一案ではないかと考えています。安定を保つための水面下での調整などは継続すべきだと思いますが、アメリカやロシアを刺激するゲームや、ドイツ国内の政治への介入などは控え、まずはトルコの立ち位置を見直し、トルコがバランサーとして活躍するための戦略を、今一度再構築すべきでしょう。

もし、それに失敗したら、トルコも中東地域の混乱の渦の中で存続の危機に直面するかもしれません。そうなった場合の、国際情勢へのショックの度合いは、想像することもできません。

私たちにできることと言えば、関心を持ち続け、出来る限りの働きかけをすることでしょうか。トルコが絡む諸々のイシューは、決して他人事とは言えないのですから。

image by: Aleksandar Mijatovic, shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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