教養番組としては異例の総合視聴率12.6%を記録したNHK「人体 神秘の巨大ネットワーク」。そんなプログラムの司会を努めたノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏が人体について語り尽くす「番組スピンオフ」的一冊を、無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんが詳細にレビューしています。
偏屈BOOK案内:『山中伸弥』
NHKスペシャル「人体」取材班 編集/小学館
2017年9月から8回にわたって放映されたNHKスペシャル「人体 神秘の巨大ネットワーク」は、総合視聴率12.6%の大人気シリーズであった。司会者は山中伸弥教授。最先端の研究の現場をわかりやすく、しかもまだまだこれからであるということも含めた内容を、専門家ではなく一般の人々にできるだけ正確に伝えるのが使命と考え、毎回、難しいことを分かりやすく話してきたという。
iPS細胞とES細胞の違いは何か。人間を含む動物の受精卵が「胚盤胞」と呼ばれる状態になったときの、将来赤ちゃんになる細胞集団から取り出して、培養できるようにした細胞がES細胞で、まだ分化前だから、神経でも皮膚でも筋肉でも、どのような細胞にでもなれる能力を持つ。いわば万能な細胞である。
iPS細胞では受精卵は使わない。皮膚細胞や血液の細胞など、どのような細胞でもいい。細胞集団を取りだし「山中因子」と呼ばれる4つの遺伝子をくみ入れると、ところどころにiPS細胞が生じ、ほぼ無限に増殖することができる。今は3つの遺伝子だけでもiPS細胞はできる。いわば、分化した時間を巻き戻して(リプログラミング、初期化)まっさらな状態にしたのがiPS細胞である。
「初期化してiPS細胞にした細胞を使って、お母さんが赤ちゃんを産むまでに子宮の中で行われていること、未分化な状態の細胞から再び成長し、役割の決まった細胞に変化する様を再現することを目標とした研究が、京都大学iPS細胞研究所をはじめ、日本中、世界中でしのぎを削っている状態です」。山中伸弥とNHKの浅井健博プロデューサーの会話は、かなり難しいがわくわくする。
3Dプリンターで臓器をつくるという方法はにわかには信じがたいが、ベンチャー企業などが参入して開発が進められているという。iPS細胞を使った「人工血液の工場」の実現も夢ではない。山中が30歳頃に、米国のグラッドストーン研究所に留学して動脈硬化の防止を研究していたとき、当時のボスが呟いた。
「伸弥、僕達の研究を進めることによって心臓病で亡くなる人はきっと減るだろうね。そうすると平均寿命が延びるだろう。でもそれが、ほんとうに社会の幸せにつながるかどうかは自信がないな」。山中はボスが何を言っているのかまったく理解できなかった。しかし、今になってものすごくよく分かるという。医学の成果で人間の寿命が延びることが、本当にみんなの幸せにつながるのか。
「少子高齢化を加速させる結果になったとき、社会全体としてほんとうに幸せといえるのでしょうか。(略)誰がどうやってお年寄りを支えるのか、社会保障のお金はどうやって賄うのかというのは、とても重い問題です」。医学系の研究者は平均寿命、健康寿命を延ばすのが目標だったが、これからは違う。
いま研究者がやっていることは、社会全体の幸せにはつながらない可能性もある。科学技術はすべて、使い方によって人間を幸せにするし、不幸せにもする。人間には普遍的に大切なものがある。山中教授は「真っ白な目で見ようよ」に尽きるという。「予想とは正反対の結果にも興奮できるなら、研究者になるべきであり、がっかりするなら別の仕事についたほうがいい」。納得。
編集長 柴田忠男
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