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カネカ、阪急の大炎上。お粗末な「無自覚」が招いた最悪の結末

育休明けの社員に転勤命令を出したカネカ、あまりに時代にそぐわぬ中吊り広告を大規模に展開した阪急電鉄、ハイヒール・パンプス強制を容認するかのような答弁を行った根本厚労相の3者に対して批判が高まっています。一体何が彼らを「大炎上」の中心に据えてしまったのでしょうか。米国在住の作家・冷泉彰彦さんが自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』でその原因を探っています。

カネカ、阪急、厚労相、どうして広報対応に失敗したのか?

育休明けに「下の子がいる共働き家族であるのに転勤命令を出してそれが退職につながった、そんな一つのツイートから炎上したのが「カネカ」です。一部には、その退職した元社員が起業準備をしていたので、仕方のない話であるとか、企業側を擁護する報道もあるようです。

ですが、それはともかくカネカは、最終的に「育休明けの転勤命令」を認めるプレスリリースを出しましたし、社長の社内向けメールも流れることで、この問題に関する「公式見解を明らかにしました。ですが、その内容には合格点は与えられません。3点、ものすごいミスをしているからです。

1つは、問題が発覚した際に自社のサイトで「育休に関するページへのアクセスができなくなったという対応です。これは、どう考えても「都合が悪くなった」ので一旦削除してしまい、それが炎上したので「削除ではなくシステム障害という苦しい言い訳をしたことです。このような対応は、企業の信頼を著しく低下させます。

2つ目は、その後明らかになった社長メールや、見解発表において、「育休前に元社員の勤務状況に照らし異動が必要と判断していたという部分です。ここも大きな問題です。その社員の適性が合わないので、職種を変更するとか、管理職へのステップを考えて別のタスクに振るというのなら分かります。

ですが、その「勤務状況」というのは何を指すのでしょうか?仮に上の子が小さく、共働きの奥さんが第二子の臨月なので育休前から長時間労働が難しくなっていたとします。

そこで関西に転勤させて奥さんを専業主婦にさせるか本人を単身赴任させて仕事に専念させたい、そのために異動を検討していたというのであれば、これは真っ黒のブラックということになります。

もしかすると「起業を妨害する目的」という可能性もありますが、その場合も含めて、この「勤務状況に照らして異動が必要と判断」という部分は、詳細な説明が必要で、説明がなければブラックな印象は消えません

3点目はほとんど決定的と思える次のような表現です。

元社員の転勤及び退職に関して、当社の対応は適切であったと考えます。

当社は、今後とも、従前と変わらず、会社の要請と社員の事情を考慮して社員のワークライフバランスを実現して参ります。

この表現は深刻です。そしてもっと深刻なのは、カネカは、この表現がどう深刻かを恐らく分かっていないということです。

どういうことかというと、これは「起きたことを正当化」しているだけでなく、「ずっとやってきた、「これからもやるぞという宣言をしている、そう取られても仕方がないからです。これは大変です。新卒にしても中途にしても、これからは、この表現が一人歩きする中で、「過去に採用できていた優秀な人材はもう採用できなくなるでしょう。

それどころか、現在勤務している社員も、優秀な人間から順に流出の可能性もあると思います。恐ろしいほどの自己中心的で、恐ろしいほどに想像力の欠如した表現だと思います。

同じような事例として、阪急電鉄の問題があります。問題になったのは、車内広告のキャンペーンで、神戸線など3つの線で1編成の車両全部を一貫したメッセージ広告で埋めた「ハタコトレイン」というものです。

● 阪急の中吊りが大炎上。「月50万で生き甲斐ない生活」に批判殺到

企画をしたのは、パラドックスというコンサルティング会社でした。対象となったのは8両編成で、すべての車両の中づり広告に、「働き方」に関するメッセージを出したのです。パラドックスのサイトによれば、まず「働く言葉たち」という同社のプロジェクトがあり、要するに仕事に対するモチベーションを高めるような言葉を集めて社会に広めるということをしているようです。

具体的には、その「言葉」を本にしたり、サイトにアップしたりという活動で、今回は関西でその「言葉」をパブリックに拡散するためのプロジェクトであったようです。

問題は、例えば次のような事例です。

毎月50万円もらって毎日生きがいのない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか。
研究機関研究者80代」

私たちの目的は、お金を集めることじゃない。地球上で、いちばんたくさんのありがとうを集めることだ。
外食チェーン経営者40代

といった文章です。これに対しては、「給料よりやりがいを重視しようという趣旨のものが多い」とか、「30万円という金額が安い方の例として示してあるが、私の給料はそんなに高くない」とか「ありがとうを集めるというのは有名なブラック企業の創業者のスローガンではないか」「やりがいと生きがいを前面に出していて不愉快」「時代にそぐわない」といった批判が寄せられているようです。

一体何が問題だったのでしょうか?2つあると思います。

第1の問題は、どういうわけか、「ビジネス世界の内側向けのメッセージが、もっともっと多様であるはずの「個人消費者向けの媒体に大規模に露出してしまったということです。これは、コンサル側のミスだと思います。

第2の問題は、阪急の側のミスです。明らかにメッセージの発信ミスを行なっているのに、そして全車両の広告買い切りという派手なことになっているのに、「これはコンサルの問題で、内容については関係ないという逃げを打ったというのはマズいと思います。一枚の吊り広告ならともかく、全車両買い切りですから、当然そのメッセージには「阪急も賛同している」と思われる、これが自然です。

もっと言えば、コンサルのサイトには「阪急とのコラボ」だということがハッキリ表現されているのですから、阪急としては逃げられないと思います。

その一方で、職場でのハイヒール・パンプス強制問題について根本匠厚生労働相が国会で行なった答弁も炎上していますが、こちらはどう考えたらいいでしょうか?報道によれば、大臣の答弁は以下のようなものであったようです。

ハイヒールやパンプスの着用については、それぞれの業務の中でそれぞれの対応がなされていると思いますが、たとえば労働安全衛生の観点からは腰痛や転倒事故につながらないよう、服装や靴に配慮することは重要であって、各事業場の実情や作業に応じた対応が講じられるべきと考えております。それぞれの職場がどういう状況にあるのかということで、一般的にはそれぞれの職場での判断だろうと思います。

ハイヒールやパンプスの着用を強制する、指示する、これはいろんなケースがあると思いますが、社会通念に照らして、業務上必要かどうかということ、これは社会慣習に関わるものではないかなと思います。だからそういう動向は注視しながら、働きやすい職場づくりを推進していきたいと思います。

これは「言葉尻を捉えて炎上する」のを避けるために、巧妙に練られた答弁で、恐らくは厚労省官僚が夜ナベして書いたものだと思いますが、残念ながら全くダメです。

具体的には2つの問題があります。1つは「労働安全衛生の観点から」とカッコいいことを言っておきながら、「腰痛や転倒事故につながらないよう」「服装や靴に配慮することは重要」という巧妙な言い訳をしている点です。現在問題になっているのは、腰痛や転倒ではなく、ハイヒール特有の足の痛みという健康被害なのですが、「それを分かった上で無視している」のです。

2つ目は「社会通念社会慣習という言葉です。これはものすごく挑戦的で悪質な内容です。「#kutoo」つまり、ハイヒールという「靴が苦痛だ」という運動が起きていることを知っているくせに、そして健康被害があることも知っているくせに、「古い世代」の、具体的には「高齢者男性の思い込み自分は我慢したので甘えるな的な高齢者女性による虐待連鎖を半分肯定する側に立って逃げているからです。

報道の様子を見ていると、「強制を事実上容認した」とか、「強制がパワハラに当たり得る」というように、抽象的でボンヤリした批判が多いのですが、そうではありません。健康被害をゴマかした上で無反省な高齢世代の世論に媚びているという深刻な問題を抱えているのです。

だから炎上しているということを、大臣と厚労官僚は猛省しなくてはなりません。とにかく、カネカ、阪急(パラドックス)、そして厚労相と、広報のスキルが低すぎると思います。恐らく、この三者ともに「どうして炎上したのかをよく分かっていないだろうし、多少分かっていても「アンチ・ビジネスとか、批判のための批判をする野党根性」だという風に、軽く見ているのではないかと思うのです。

そんなことでは、それぞれの組織はどんどん困難に直面していくだけと思います。もっともっと、パブリックなメッセージ発信については、具体的に、誠実に準備して、こうしたトラブルを起こさないようにしていただきたいと思うのです。

image by: Phuong D. Nguyen / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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