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民放の地上波TV終焉か。Netflixの攻勢で加速する負のスパイラル

全世界で1億人以上の有料会員数を誇る動画配信サービスNetflixが、日本への攻勢を強めています。日本語コンテンツの質も高く、目の肥えた視聴者をすでに虜にしつつありますが、この流れを「外資による二重の意味での日本侵略」とするのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、そのように判断せざるを得ない理由を記すとともに、動画配信サービスのみならず、今やあらゆる産業分野で進む外資の収奪により、日本人全体が「無駄な不幸」を深めるのは問題だと指摘しています。

改革の遅れにつけ込む外資の攻勢、やや過剰では?

ここへ来て、ネットによるTV番組のストリーミング・サービスが拡大してきました。アメリカでは、ディズニーなどが猛烈な宣伝を行っていますが、やはり最初に大規模な成功を収めたNetflixに勢いがあるのは否定できないところです。

そのNetflixは、日本にも攻勢をかけています。アメリカ発のコンテンツを売り込むだけでなく、日本語によるコンテンツを制作して日本市場を席巻するだけでなく、良質な日本発のコンテンツについては、字幕や英語吹き替えを行ってアメリカをはじめとした世界市場に持っていくという方法です。

もっと言えば、日本発のコンテンツについてNetflixはビッグビジネスにしようとしている、そう評価しても過言ではないでしょう。例えば、「片付け評論家」の近藤麻理恵氏に関しては、その著書の英訳が大ベストセラーになっているわけですが、その近藤流の「片付けリアリティー・ショー」を立ち上げて、これは全米で評判になっています。

この「コンドー式」に関しては、メインのキャラクターやコンセプトが日本発であるだけで、映像コンテンツとしてはアメリカ的な作りですし、脚本や演出もアメリカの手法で作られていますから、Netflixの番組としては、厳密には日本発とは言えないのかもしれません。

ですが、例えば1980年代のアダルトビデオ業界を扱ったドラマ『全裸監督』とか、食文化を題材にしたドキュメンタリー風ドラマ『野武士のグルメ』などは、完全に日本発の日本語コンテンツになります。芥川賞を取った又吉直樹氏の『花火』のドラマシリーズ化などもそうです。

こうした作品は、よく言えば良質で面白く、評判になるのは当然のコンテンツだと言えます。では、素晴らしい動きとして賞賛するだけで良いのでしょうか?

とんでもありません

これは外資による日本侵略です。しかも二重の意味で侵略と言えます。一つは、日本の視聴市場への侵略ですし、もう一つは日本発のコンテンツ制作事業への侵略です。

本来であれば、日本のGDPを構成するべき、コンテンツ視聴ビジネスがアメリカのサーバーからの配信によってアメリカのGDPに計上されるのです。さすがに日本で会費を払って見ている分の売り上げには、日本の消費税がかかり、その部分は日本の税収になります。ですが、そもそもエコノミーとしては、日本のトータルには計上できません。

また、コンテンツが日本発であっても、その権利はアメリカの会社にありますから、アメリカや全世界で売れた分の収益はアメリカに入ってしまいます。確かに、国内水準よりは良い条件で、制作スタッフのギャラは入るわけで、その分は日本の国内消費に回るかもしれませんが、それはごく一部であって、収益のトータルはアメリカに行ってしまいます。

更にもっと問題なのは、このように「米国資本による日本コンテンツ」が面白いということになると、日本における国内コンテンツの視聴が押されてしまうということがあります。

まず直撃を受けるのは民放の地上波です。まず視聴者はストリーミングを視聴する時間が長くなれば、媒体の価値は低下します。媒体価値が低下すれば、広告出稿の売り上げは減り、制作費は更に切り詰められることになります。そうすると、番組の魅力は更に低下して、視聴数は更に低下するというマイナスのスパイラルが加速することになります。

制作側にしても、例えば『野武士のグルメ(Netflix)』と『孤独のグルメ(テレ東系)』は、原作者が同じで、制作スタッフも相当に重なっていると言われています。ですが、その制作費は全く違うと思います。そうなると、このような「グルメを題材にしたドキュメンタリー仕立てのドラマ」というニッチの場合は、完全に「流出」にはならないかもしれませんが、番組制作業界の全体としては、優秀な人は海外のストリーミングへ流れてしまうと思います。

要するに、日本にアメリカのメジャーリーグ球団ができて、相当数が日本人選手で、日本のファンが熱狂して見るようになる中で、元来の日本プロ野球はどんどん衰退して独立リーグのようになってしまう、そんな感じです。少々極端な例えですが、このまま状況が加速していけば、そのような事態もあり得ます。

何が間違っていたのでしょうか?

民放の地上波というビジネスは、そもそも媒体力という点でネット広告にシェアを奪われていったわけです。ということは、経営の改革が必要でした。少なくとも連合して課金ストリーミングに打って出るとか、人口減を受けて海外でも売れるコンテンツ制作にシフトするといった方向性です。

そのためには、「制作費を確保もしくは増額」する一方で「間接部門の経費は思い切りカットする」というリストラが必要でした。あえて言うのなら、「キー局が4、5あり、準キー局が4つあり、地方局は無数にある」という体制を、思い切ってタテヨコに連合させていって、経営力を強め、間接経費を思い切りカットし、制作の現場にヒトとカネの資源を集中する、そのようなダイナミックな動きが必要だったのです。

少なくともTV業界のビジネスパートナーである広告代理店は、合従連衡もリストラもやっています。変われないのはTVだけなのです。

外資の攻勢は、そのように「変われない日本の脆弱性につけ込んでくるのです。

例えば、ECがそうです。楽天だけが必死に頑張っていますが、これだけ特殊で要求の高いマーケットでありながら、結局はアマゾンに巨大なシェアを許してしまっています。

電子書籍もそうです。印刷、製本、用紙といった権益を気にして電子化が遅れる中で、こちらもキンドルに席巻されています。全く違う言語圏なのにです。

コンピュータがらみでは、もっと悲惨です。OSはここ30年100%外資、スマホのOSも「iモード」を過小評価して潰して以降は同様、オフィス・スイートも役所から何からみんなMS、SNSに至ってはほとんど全部が外資(LINEは韓国系)ということで、これだけ教育水準が高い人口を擁していながら、テック関係は全滅に等しいわけです。

日本というマーケットは、中国に抜かれたとは言え、GDPのグロスでは世界第3位の「巨大な経済圏」です。にも関わらず、産業界が変われないのであればその経済圏に触手を伸ばしてくるのは外資です。

その結果として、80年代までは世界一であったエレクトロニクス産業に見る影もなくなったり、日本文化と日本語という独自性のあるエリアからのコンテンツ制作・発信まで外資に奪われるというのは「行き過ぎ」です。

人口問題などもあって、日本経済の衰退というのはもはや避けられないのかもしれませんが、その衰退を「必要以上に加速する」ことで、日本人全体が「無駄な不幸を深めていくのは問題だと思います。

私は保護貿易論者ではありませんし、グローバル経済による価格や技術の「最適化という効果は重要だと思っています。

ですが、日本の場合は「グローバル経済の世界では戦えない」構造を放置しておきながら、政策としては「自由経済がいい」などという発信を行なっている、これは実におかしなことです。自由貿易がいいのなら、そこで勝てる体制少なくとも自国の市場ぐらいは外資に取られない最低限の改革はすべきではないでしょうか。

image by: Bogdan Glisik / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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