習近平国家主席が中国式民主主義について言及した際に発した「全過程の民主」という言葉の解釈を巡り、世界に混乱と憶測が広がっています。独裁や言論統制をエスカレートさせる中国において、そもそも「民主主義」は成立し得るのでしょうか。台湾出身の評論家・黄文雄さんはメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』で、「中国の民主化は絶対にして永遠に不可能」として、その理由を記しています。
※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2019年11月6日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【中国】習近平が口にした「民主」とは、習近平が「民の主」になるということ
● 中国の習近平国家主席、「中国式の民主主義」に言及 官製メディアが報道せず
中国の習近平主席は11月2日、上海市長寧区を視察した際に、「全過程の民主(全過程民主)」という言葉を用いて、中国式民主主義について言及しました。
記事によれば、「われわれは、中国の特色のある社会主義政治発展の路線を歩んでいる。人民の民主とは、ある種の全過程の民主である。すべての重要な立法の決定は手順に従い、民主的な下相談を経て、科学的な決断や民主的な決断を通して決められる」と述べたそうですが、これについてBBCなど海外メディアも大きく報じました。
この「全過程の民主」という言葉の解釈を巡って、各方面でその真意について憶測が飛び交っています。
上記の記事では、国営新華社通信が短い評論記事のなかで、この「全過程の民主」について、「みんなのことはみんなでよく話し合うということだ。十分に相談することによって、全国民の最大の望みと要求が分かるので、問題を有効に解決する方法が見つかる。したがって、人民が一家の主となることができ、国家や社会の各種の事柄を管理する民主的な権利を実現できる」と解説したと報じました。
そのような意味ならば、トウ小平時代以降の「集団指導体制」となんら変わりはありません。トウ小平は、毛沢東独裁時代に大躍進政策や文化大革命で中国が大混乱に陥ったことの反省から、集団指導体制を導入しました。
しかし、習近平が目指しているのは、まさに毛沢東独裁であり、そのために国家主席の定年を廃止し、自らの神格化、権力集中を進めてきたわけです。いまさら「みんなの話をよく聞く民主が必要」といっても空々しいだけでしょう。実際、新華社通信以外には、官製メディアはほとんどこの「民主」について報じなかったということです。
そもそも習近平は、香港の民主化要求にはまったく耳を貸さず、台湾に対しては武力行使も辞さないと宣言しているのみならず、国内では言論統制やネット検閲を強化して、危険分子を逮捕・拘束しています。
それだけに、習近平が口にした「民主」を巡って、「どういう意味なのか」世界的に混乱と憶測が広がっているわけです。民主主義国からすると、習近平の定義する「民主」の意味がまったく分からないのです。
近年、習近平は言葉の定義を変えようとしているのか、同様の事例をよく見かけます。たとえば、習近平が「自由経済を守る」と強調していることです。国有企業に補助金をつけ、赤字でも安価な製品を大量に生産して国際市場を独占してきた中国の、どこに「自由経済」を名乗る資格があるのか、不思議で仕方がありません。
あるネチズンは、中国ではすべての立法が中国共産党のプロセスに基づいて決定されており、決して民主的に決められていないことを指摘、この「全過程民主」について、「プロセス全体を通して政権によって監視される民主主義」のことだと批判しています。
ちなみに、「過程」も「民主」も、明治期に日本がつくった和製漢語です。その多くは、西洋の概念を和訳するためのものであり、その意味では民主も欧米のいうところの意味をそのまま負っているのであって、決して別の意味を含んでいるわけではありません。しかし、習近平はこの「民主」という言葉に、別の意味を持たせようとしているかのようです。
孔子は弟子の子路に「先生が政治をすることになったら、何をしますか?」と聞かれ、「まずは物事の名前を正す。物事の名前が正しくつけられていなければ、言葉の意味が混乱し、誰も何もできなくなってしまう」と述べています。言葉の定義がはっきりしないと、それぞれが勝手な言葉の解釈をしだして、世の中が混乱してしまうという意味です。
まさに習近平は、「民主」「自由経済」に自ら勝手な解釈をつけ始め、混乱をもたらしはじめています。いずれ「中国式民主」とは、「中国共産党の指導の下に行われる民主主義」といった、訳の分からないものになってしまうかもしれません。
2016年7月、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が、南シナ海で中国が主権を主張する「九段線」について、国際法上の根拠がないと認定しましたが、その裁定を中国は「紙くず」という暴言で批判しました。
中国にとっては、国際法というのは西側諸国が勝手に決めたことであり、これに中国は従う必要がないという考えなのです。そのため、中国は国際法を無視して、南シナ海での勢力拡大をやめようとしないわけです。
それと同様に、「民主」というのも西側諸国が勝手に定義したものであって、中国が決めたことではない、ということなのでしょう。だから新たな定義をつくろうとしているのかもしれませんが、それは同時に、独裁や思想弾圧、言論統制を正当化する「民主」になるということです。
「民主主義」とは何かということは、私がよく中国人の民主活動家たちと議論するテーマです。私はつねに「中国という国家が存在する限り、いくら民主化運動に献身的な努力をしても、絶対にして永遠に不可能だ」と主張していますが、その理由は民主主義とは小国主義のイデオロギーであり、政治制度だからです。異なる人種まで無理やり統合している状態で、民主主義は不可能です。
民主主義国家は、決して近現代の国民国家時代になってから現れたのではなく、古代ギリシャや古代ローマの共和制時代、中世の都市国家もそうでした。
人類史を見ると、およそ2つの政治制度に分けられます。小国主義としての民主制と、ローマ帝国になってからもはや民主制が不可能になって皇帝制度になったことです。中国歴代王朝の歩みは、ローマ帝国のタイプに似ています。
私のこのような人類史の説明なら、理解できるという民主活動家もいます。「いままで国家規模から民主主義との関係など考えたことがありませんでした」という方もいます。
もちろん納得できない人もいます。彼らは、「世界のさまざまな国ができていることが、中国だけできないはずがない。インドも世界の人口大国なのに、民主主義国家ではないか」と反論してきます。
しかし、インドもアメリカも連邦制か合衆国です。中国とはまったく政治制度が違います。
「08憲章」を起草し中国の民主化を訴えた劉暁波は、台湾のジャーナリスト林保華との対談後に逮捕され、獄死しました。私は台湾で林氏に、なぜ劉暁波たちが作成した「08憲章」にサインしなかったのかなどを質したのですが、林氏は、「08憲章に『自決』『民族自決』の項目を入れなければ賛成できない」と劉暁波にアドバイスしたそうです。すると劉は、そのような項目を入れると、みんな逃げてしまうと言ったといいます。
「中華民族」という言葉は、20世紀に入ってから維新派の梁啓超が革命派の民族主義との論争の中で新たに創出した造語で、現在もなお練成中ですが、これは中国にとって「神聖不可侵」の言葉でもあります。
ウイグル人、チベット人、香港人、台湾人もすべて「中華民族」とされ、これを否定すれば分裂主義者として攻撃対象となります。だから中国の民主活動家でも、拳拳服膺するしかなく、「民族自決」は中国ではタブーなのです。そこが「中国の民主の限界」なのです。
中国にとって「民主」というのは外来のものですから、民主主義を唱えた孫文さえ、頭の中には「王道か覇道か」しかなく、「民動」は存在しませんでした。
共産主義にしても、党としては「天命を受けて民を指導する」「天に代わって人民を指導する」という意識であり、いつでも英明な領袖がいないと、無知な人民は毛沢東の言うような「一窮二白」(すかんぴん)になってしまうのです。
こうした文化風土については、日本の朱子学者や戦後の中国学者ですらよく理解していません。
中国は「中国共産党の生存権」が「人権」以上に大事な国であり、独裁専制を捨てたら、自らの生存権も失ってしまいます。だから「党の生存権」か「人権」の二者択一では、まよわず前者を選ぶのです。
もちろん中国はずっと独裁専制を貫いてきたわけではありません。宋代以前の唐までは貴族社会であり、イギリスの貴族政治に似ていました。唐の時代には中書、門下、尚書といった三省制があり、これは現在の三権分立に近いものでした。
宋の時代になり、貴族や武人に代わって、中華復活の大義名分下で科挙制度が取り入れられ、貴族たちに代わって科挙官僚が力をつけるようになり、これによって皇帝という絶対権力者の下はみな同じ奴隷として、「一君万民」という独裁体制が完成したわけです。したがって、中国の独裁体制は約1,000年続いていることになるわけです。
そして習近平はその独裁制をさらに強化すべく、町中に監視カメラを設置し、全人民を統制しようとしています。習近平は「民主」を、習近平が「民の主」になるという意味に再定義しようとしているのかもしれません。
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