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新型コロナの逆境に抗う、オリエンタルランドの収益力と資金力

新型コロナウイルスの蔓延で、我々の生活や仕事が大きく狂わされてしまっています。特に、インバウンド需要の恩恵を受けていた観光事業、宿泊業を中心に、多くの業界で甚大な影響を受けています。テーマパーク業界最大手の東京ディズニーリゾートも、政府からのイベント自粛要請を受け、臨時休園を余儀なくされました。臨時休園によって、東京ディズニーリゾートを運営する「オリエンタルランド」の業績は、一体どの程度の影響が及んでしまうのでしょうか。通常営業ができない非常事態に、いつまで耐えうることができるのでしょうか。決算数値をもとに、オリエンタルランドの現状と今後について、詳しく分析してみたいと思います。

プロフィール:川口宏之(かわぐち・ひろゆき)
公認会計士。国内大手監査法人である監査法人トーマツにて、上場企業の会計監査業務に従事。その後、証券会社、ITベンチャー企業の取締役兼CFOを経て、会計専門のコンサルタントに転身。現在は、会計を分かりやすく伝える研修・セミナー講師として活動する。『経営や会計のことはよくわかりませんが、儲かっている会社を教えてください!』(ダイヤモンド社)など著書多数。

足元の業績は非常に堅調

まず、過去5年間の業績の推移を見てみましょう。売上高も営業利益も堅調に推移しており、オリエンタルランドの好調ぶりがうかがえます。特に2019年3月期はディズニー開園35周年という節目の年だったので、前の年と比べて売上高は109.7%、営業利益は117.2%という成長を見せました。2020年3月期は、35周年特需の反動で減収減益の業績予想をしていますが、押し並べて見れば順調な右肩上がり成長といえるでしょう。

オリエンタルランドは、テーマパーク事業とホテル事業にセグメント区分されており、テーマパーク事業の売上が全体の8割以上を占めるため、テーマパーク事業を中心に話を進めます。

売上高を構成するものは、単価と入園者数です。まず、単価については、徐々にチケット料金の値上げをしており、4月からは大人の1日チケット料金を7500円から8200円にまで値上げすることが決まっています。5年前と比べるとおよそ1.2倍ですので、デフレなどどこ吹く風です。

一方、年間入園者数については、安定して3000万人をキープしています。通常は、値上げをすれば人数が減少するという、負の相関関係になりますが、あまりそれが見られません。このような価格弾力性の低さは、オリエンタルランドのブランド力を維持向上させるための、たゆまぬ経営努力の賜物でしょう。

そのおかげで、収益力は右肩上がりで上昇しており、2019年3月期の粗利益率は37.9%、営業利益率も24.6%と高水準となっています。

臨時休園による業績への影響は?

ところが、新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、今年2月下旬に、政府からのイベント等の自粛要請が出ました。これを受けて、オリエンタルランドも、2月29日から3月15日まで、東京ディズニーリゾートを臨時休園すると発表しました。

その後、3月上旬になっても事態の収束が見えず、政府から10日程度の自粛延長の要請が出ました。「西武園ゆうえんち」や「八景島シーパラダイス」などは、いったん営業を再開するなど、何とか失われた売上高を取り戻そうと躍起になっている中、オリエンタルランドは4月20日までの休園期間延長の決断を下しました。この結果、オリエンタルランドの3月の売上高が丸々1か月分吹き飛んでしまったのです。

臨時休園によって売上高は減ってしまいますが、これによって利益に対するインパクトはどうなるのでしょうか。損益分岐点分析を使って、オリエンタルランドの臨時休園の影響度を試算してみたいと思います。

損益分岐点分析をするには、営業費用(売上原価+販売費及び一般管理費)を固定費と変動費に分ける必要があります。オリエンタルランドの固定費と変動費の割合は外部公表資料に載っていませんが、2019年3月期の有価証券報告書からおおよその割合が計算できます。

まず、売上原価については、売上原価明細書(単体ベース)をもとに計算すると、およそ44%が固定費、残り56%が変動費と推定できます。単体と連結では構成割合が異なりますが、オリエンタルランドの売上高連単倍率は1.2倍弱なので、単体の構成割合を連結にそのまま置き換えても、それほど大きな誤差は出ないものと考えられます。

そして、販売費及び一般管理費の内訳は、注記事項に主要項目しか載っていませんが、金額が最も大きい費目は人件費であり、それ以外も固定的な要素の費目が多いと考えられるため、簡便的にすべて固定費とみなして計算します。

この結果、オリエンタルランドの営業費用のうち、54%が固定費、46%が変動費という推算結果となりました。外部公表資料をもとにした、ざっくりとした試算ですが、大きく外れてはいないと思います。

このように、営業費用を固定費と変動費に分解すれば、売上高から変動費を差し引いた限界利益と、売上高に対する限界利益率の割合である限界利益率が算出できます。2019年3月期においては、オリエンタルランドの限界利益は3431億円、限界利益率は65.3%となります。

これを前提にすれば、オリエンタルランドの損益分岐点売上高は3276億円となります(固定費÷限界利益率で算出)。2019年3月期の売上実績が、5256億円なので、安全余裕率は37.7%(=(5256億円-3276億円)÷5256億円)ということが分かります。

安全余裕率37.7%とは、仮に売上高が37.7%減少したとしても黒字を維持できるということを意味しています。季節変動を考慮せず単純計算すれば、休園期間が4か月間(6月末まで)に及んでも、売上高は33.3%減なので黒字をキープできる計算となります。オリエンタルランドのように、安全余裕率が35%を超える会社はかなり優秀な部類に入り、今回のような非常事態においても事業を存続させることができる収益構造の会社と言えます。

装置産業でありながら変動費の割合が高い理由

このような結果に対し、意外に感じる方は多いのではないでしょうか。
オリエンタルランドが営むビジネスは、テーマパーク事業とホテル事業の2つで、どちらも装置産業です。鉄道、航空、スポーツクラブ、劇場などにも共通して言えますが、多額の設備投資が必要な分、固定費の割合が高いビジネスです。

固定費の割合が高いビジネスは、「稼働率」が重要なKPIとなります。稼働率が上がり、売上高の上昇トレンドになれば、利益の伸び率が高く、多額に稼ぐことができるという特徴があります。しかしその反面、売上高が下降トレンドになると、多額の固定費負担が重くのしかかり、利益に大きなマイナス影響を与えます。

オリエンタルランドは、広大な土地に巨大なアトラクション装置を豊富に取り揃える装置産業ビジネスの典型と言えます。そのため、固定費の割合が高く、不況耐性が低いというイメージがあります。

しかし、テーマパーク事業の売上高の内訳を見ると、装置産業的な姿が影を潜めます。なんと、商品販売と飲食販売の合計が全体の55%を占めるのです。

言われてみれば確かにそうで、ディズニーランドに行ったとき、チケット代よりも、お土産品やレストランなどの飲食に、多額にお金を使っている人が多いのではないでしょうか。

これらグッズや飲食の販売に対応する売上原価は、売上高の増減に比例的に発生するコスト、すなわち変動費です。もちろん、レストランの人件費や厨房設備などの減価償却費は固定費なので全額ではありませんが、グッズの仕入れ高や食材費など、売上原価の中の大部分が変動費といえます。

これら変動費は、この休園期間中は発生しないコストです。売上高がゼロであれば、変動費もゼロなので、売上減少による利益への影響はほぼありません。このように、オリエンタルランドは装置産業でありながら、変動費の要素を多く含んでいるコスト構造のため、安全余裕率が高く保たれているのです。

キャッシュ余力は大丈夫か?

それでは、オリエンタルランドのキャッシュ余力はどうでしょう。いくら利益がでても、キャッシュがなければ事業を存続させることはできません。

2019年3月期の連結財務諸表をもとに試算すると、固定費総額が年間2138億円程あり、このうち現金支出を伴わない固定費が382億円(減価償却費)です。これを前提に考えれば、オリエンタルランドの休園期間中の売上がゼロの場合、毎月の現金流出額は約146億円(=(2138億円-382億円)÷12ヶ月)と推定できます。

2019年12月末時点のオリエンタルランドのキャッシュ残高は、約3300億円もあります。単純計算すれば、約1年10カ月間(2021年10月頃まで)は、持ちこたえられるだけのキャッシュ余力があることを意味します。

振り返ってみれば、東京ディズニーリゾートが長期にわたって休園したのは、いまからさかのぼること9年前、2011年3月の東日本大震災の直後です。当時の休園期間は1ヶ月程度でしたが、復旧関連費用や商品廃棄損で44億円もの特別損失を計上しました。

しかし、今回の新型コロナウイルスによる休園は、前回のように物理的損害を発生させるものではありません。事態が収束すればほぼ無傷で再開することができます。再開すれば、これまでの自粛モードの反動で、来園者が急増することが予想されます。また、4月からのチケット値上げ効果も加わり、V字回復が大いに期待されます。

とは言え、新型コロナウイルスの収束時期が依然として見えないため、決して楽観視することはできません。一日でも早く本来の姿に戻り、また我々を「夢の国」へといざなって欲しいものです。

image by: Alina Zamogilnykh / shutterstock

川口宏之(かわぐち・ひろゆき)

公認会計士
1975年栃木県生まれ。2000年より監査法人トーマツにて、主に上場企業の会計監査業務に従事。2006年、みずほ証券(旧・みずほインベスターズ証券)にて、新規上場における引受審査業務に従事する。2008年、これまでの経験を活かし、ITベンチャー企業の取締役兼CFOに就任。ベンチャーキャピタルからの資金調達、株式交換による企業買収などで成果を上げた。現在は会計コンサルタントとして、上場企業の決算支援業務や、各種研修・セミナーの講師等で活躍する。「監査法人・証券会社・ベンチャー企業・会計コンサル」。4つの視点で会計に携わった数少ない公認会計士。

著書『経営や会計のことはよく分かりませんが、儲かっている会社を教えてください!』(ダイヤモンド社)など多数。 
筆者ホームページ:https://kawaguchihiroyuki.com/
書籍リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/4478109060/

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